仮面の王子と優雅な従者

emanon

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後日談

帝国の日々⑤

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♢spoil♢



「少しは落ち着いたかしら?」
ナターシャの優しい声に、アルフォルトは泣き腫らした目で頷いた。
「すみません、ご迷惑おかけしてしまって」
 自嘲気味に微笑めば、ナターシャは首を振って優しく抱きしてめくれる。
 ライノラの執務室を出た後、涙が止まらなくなったアルフォルトが落ち着くまで、ナターシャはずっと傍で頭を撫でてくれていた。
 そして、涙で言葉を詰まらせるアルフォルトの話を、根気よく聞いてくれた。
 側室の提案なんて、本当は断りたい事。
 でも、自分は男だから子供を産めない事。
 ライノアの負担になりたくないのに、体調管理もろくに出来ない不甲斐なさ。
 結局一人では何も出来ない自分の無力さが悔しいと泣くアルフォルトに、ナターシャは微笑んだ。
「アルト様──いえ、今は誰もいませんのであえてアルフォルト様、とお呼びいたします。貴方は、なんでも一人で抱え込み過ぎだと、私は思うのですよ」
「しかし──」
「帝国に来てまだ日も浅く、身を守る為とはいえ今は本来のご身分すら秘匿としている訳でしょう?そんな中で何でも上手く行く、なんて事は難しいのですよ」
 泣き腫らして赤い目元に、ナターシャは濡らしたハンカチを添えてくれる。有難く受け取り、アルフォルトは目を冷やした。
 冷たい感触が気持ちいい。
「エルディオス様は一度でも子供が欲しい、と仰いましたか?」
 ナターシャの問に、アルフォルトはふるふると首を振った。
「僕に気を使って、言わないだけかもしれません」
 どこまでも卑屈になる気持ちは、一度そうだと思ってしまえば中々払拭できない。
 そんなアルフォルトに苦笑いしてナターシャは言った。
「そもそも、子供が欲しいと思うのであれば、はなからアルフォルト様を迎え入れようとはしないと思いますよ?······あと、これは言うべきか悩んだのですが」
 言葉を微妙に濁したナターシャに、アルフォルトは首を傾げた。
「エルディオス様がこちらに来たばかりの頃、あわよくば取り入ろうと、沢山のご令嬢があの手この手でエルディオス様を誘惑してた時期がありましたの」
 そこで言葉を区切ると、ナターシャは口元を抑えて、笑いを堪えながら言った。
「余程うんざりしたのでしょうね。エルドレッドに『私はアルフォルト以外には欲情できませんので、角が立たない断り方を教えて欲しい』と、すっごい真面目な顔で言うものだから······あの人ったら、暫く笑い転げてたのよ」
 ふふふ、と可笑しそうに笑うナターシャに、アルフォルトは額を抑えた。
 どんな顔で言ったのか、簡単に想像出来てしまう。
「すみません······」
 恥ずかしいやら照れくさいやらで、アルフォルトは唸った。
「謝る事は何も無いのですよ?──それから、彼は貴方を迎え入れるために死に物狂いで帝国について学んでいたの。帝国の法律なんて、何年もかけて学ぶものをエルディオス様はたった半年で覚えたのよ?その他にも本当に努力なさって──全部、貴方と結婚したい為だけに頑張っていらしたの」
 ライデンにアルフォルトを迎えに来た時のライノアは、確かに少し痩せていた。
 今はしっかり食べているようだが、寝食削って勉強していたのがわかり、アルフォルトは胸が熱くなったのを覚えている。
「だからね、今は少しすれ違ってしまっているけれど、ちゃんと二人でお話すれば、自ずと解決できるはずですのよ?」
 ナターシャは片目を瞑ってみせる。
「·····そうですね。ちゃんと話し合うべきですよね」
 嫌な事から目を逸らすクセは、もう辞めようと思ったのに、結局逃げていた自分を恥じた。確信には触れず、でも目移りして欲しくなくて、身体で繋ぎ止めようとしていた自分の浅はかさに苦笑いする。
 本当は、側室なんて持って欲しくない。ライノアが他の誰かとなんて、考えるだけで息が出来なくなる。
 それなら、やっぱりちゃんと伝えるべきなのだと、アルフォルトは思った。
「ありがとうございます、ナターシャ様。エルディオスとちゃんと話し合いたいと思います······それと、取り乱してしまってすみません。できれば、この事は皆には内緒にして欲しいのですが」
 チラ、とナターシャを見つめれば、ナターシャはとてもいい笑顔で頷いた。

「ええ、内緒にしますわ。でも、そのかわりお願いがありますの」



♢♢♢



 どうにか急ぎの案件を処理したライノアは、普段よりもだいぶ早い時間ではあるが屋敷に戻る事にした。
 せっかく会いに来てくれたアルフォルトを、傷つけてしまった事が気がかりで、ライノアはいても立ってもいられなかった。
 早く謝って誤解を解かないと、と急ぎ足で玄関ホールへ向かうと、シェーンが出迎えに来た。
「おかえりなさいませ、エルディオス様。······お早いお戻りですね」
「急ぎの業務が終わりましたので戻りました──ルトはどちらに?」
 外套を預け、アルフォルトの所在を尋ねると、少し間があったが、シェーンは淡々と答えた。
「今は応接室にてナターシャ様とご歓談中です」
 外に王室の馬車があったので、そうだろうな、とは思っていた。ナターシャはアルフォルトをいたく気に入っていて、何かとアルフォルトを気にかけてくれる。
 おそらく城での事を聞いて、心配して送ってくれたのだろう。
 応接室へ向かおうとするライノアに、シェーンは声を掛けた。
「エルディオス様」
 振り返ると、いつもの感情の読めない──いや、今日はわかりやすいほど顔で、シェーンは言った。
「──差し出がましい申し出と思いますが······アルト様との夜伽を、暫く控えては頂けないでしょうか」
 淡々とした声は、やはりどこか怒っているように聞こえる。
「──ルトに何か言われましたか?」
「いえ」
 なら、何故?と視線で問いかけるが、シェーンはあえて答えなかった。
「お察し下さい、とだけ。では失礼致します」
 そのまま、シェーンはライノアに背向けた。
 眉間に皺を寄せ、ライノアは応接室へ向かう。
(夜伽は控えろ、か。特に嫌がる素振りはなかったはず······むしろ最近はアルフォルトの方が積極的に誘ってきていたが······)
 何か引っかかる物言いだな、とライノアは思う。
 応接室の近くまでくると、何やら賑やかなようで、外まで声が聞こえていた。

「アルト様に本当にお似合いですわ」 
 ナターシャの楽しそうな声に、戸惑うアルフォルトの声。それから、複数の女性の声はメイド達だろうか。
 思ったよりも元気そうな声に、ライノアは無意識に胸を撫で下ろし──ふいに、応接室のドアが開くと、中から見知らぬ少女が出てきた。
 華奢な身体。萌葱色のドレス。ボンネットを目深に被った少女は、人間離れした美しさだった。
「······!?」
 目が合う。アルフォルトと同じ紫水晶の瞳が驚きで見開かれると、廊下を逃げるようにかけて行った。
「お待ちになって、まだ口紅が──あら、エルディオス様······随分とお早いお戻りですのね」
 応接室からでてきたナターシャは、しまった、という表情を浮かべた。
「早く業務を終えましたので。──それより、今の女性は······」
「エルディオス様!!」
 不意に、背後から呼ばれ振り返ると──侍従が、息を切らせて掛けてきた。
「······何事か?」
「申し訳ございませんが、至急城へお戻りになって頂きたいのです。西地区の川の氾濫を視察に行った者が戻って参り、急ぎの知らせ、との事です」
 何もこのタイミングで、とライノアは眉を寄せたが、ため息をついて侍従に向き直った。
「わかった、すぐに戻る──ナターシャ様、先程の女性は?」
 不機嫌さを隠さす問いかけるライノアに、ナターシャは微笑んだ。
「内緒ですわ」
 ざわり、と胸の奥が燻る。
しかし、これ以上は時間がない、とライノアは色々聞きたい事を飲み込んでまた城へと戻った。



「びっくりした~」
 アルフォルトは、ボンネットを外すと深く息を吐いた。
 まさかライノアがこんなに早く帰って来るとは思わず、驚いたアルフォルトはつい逃げてしまった。
「後でからかわれるかもしれない······」
 自分の身体を見下ろす。萌葱色の可愛らしいドレスは、驚く程アルフォルトにぴったりだった。
 泣いていた事を内緒にするかわりに、とナターシャが提案してきたのが、この「ドレス」だった。
 城の中だと誰に見られるかわからないので、ナターシャとアルフォルトは屋敷へと戻った。
 ナターシャが若い頃に着たくて作らせたドレスが、死ぬ程似合わなかったのでアルフォルトに是非着てみて欲しい、と言われた。着るだけなら······と思ったら、ナターシャの侍女が化粧を施してくれて、出来上がったのがこの姿だ。
 ナターシャも、様子を見に応接室へ来た屋敷のメイド達も、きゃぁきゃぁとはしゃぎ喜び──いたたまれなくて応接室を出た所、ライノアと会ってしまった。
 城であんなに気まずい思いをしたのに、さらに追い討ちをかけるようなこのドレス姿。アルフォルトが一人唸っていると──追いかけてきたナターシャが、困った顔をしていた。
「ナターシャ様、エルディオスは」
「それがねぇ、また呼ばれて城へ戻って行きましたわ」
 せっかく帰ってきたのに、また城へと戻されたライノアに少し同情したが、さすがにこの格好で真面目な話はできないよな、とアルフォルトは安堵した。
「後でからかわれるかも······」
 苦笑いすると、ナターシャは不安そうに呟いた。
「もしかすると、アルト様だと気づいてない可能性がありますわ」
「気づいてないならそれはそれで良い気がします」
 前にことある事に女装して欲しいと言われていたのを思い出す。
「そう?······悪い方に勘違いなさらなければ良いのだけど」
 頬をかいたアルフォルトに、ナターシャは申し訳なさそうな表情だった。
 
 

♢♢♢



 ちゃんと話し合おうと覚悟して、アルフォルトはライノアの帰りを待った。しかし、中々帰って来ず、ライノアが帰宅したのはアルフォルトが湯浴みを終えた後だった。
「おかえり、ライノア。ご飯は食べた?」
 どことなく気まずさを覚え、アルフォルトはあえて明るい声で尋ねた。
 問いにライノアは答えず、ソファで本を読んでいたアルフォルトの手首を掴んだ。
「さっき、応接室にいた女性は誰ですか?」
 心做しか声に怒気を孕んで、ライノアは詰問してくる。
「──別に、誰でもないよ」
 アルフォルトは思わず視線を逸らした。ナターシャの言う通り、どうやらアルフォルトだと気づいていないようだ。
「誰でもない訳ないでしょう?」
(ライノア、怒ってる······)
 忙しく仕事に追われている間、ドレスなんか着て遊んでいた、と思われても仕方がない。
 しかし、ナターシャに着させられた、と言えば、何故そうなったのかを話さなくてはいけない。アルフォルトはどうしたものか、とライノアをみつめると──ライノアはため息混じりに笑った。
「私には言えない人、ということですか?」
「なっ、そんな訳無いだろ!?」
 何か良くない方向に勘違している。
 訂正しようにも、あれは女装した自分です、なんてこの場で言ってもあきれられるだけな気がして、悩んでいると。
「私がいない時を見計らって呼んだんですか?綺麗な方でしたものね。綺麗な貴方に良くお似合いだ」
「違うんだって!聞いて、ライノア」
 必死に弁解しようとしているのに、ライノアは聞く耳を持たない。
「聞いてますよ。──私に側室を持って欲しいと言ったのは、その人と一緒になりたいからですか?」
 勘違いだとわかっていても、ライノアの言葉に憤りを感じた。
「違う!なんで、そうなるのさ!!」
 思わず怒鳴ったアルフォルトを、ライノアはソファに押し倒した。
 掴まれたままの手首が痛い。
「夜伽を控えて欲しいのも、その女性の方がいいからですか?私に抱かれるのはもう嫌だと?」
「何を言って·····ぅあっ」
 いきなり身体をうつ伏せにされ、アルフォルトは戸惑った。
 ライノアの指が下着の中に入り込み、アルフォルトの性器を握った。
 そのまま、痛いくらいの力で扱かれ、アルフォルトは身体を強ばらせる。
「いッ······」
「ねぇアルフォルト、答えて」
 優しさの欠片もない愛撫に、アルフォルトは身悶えた。しかしライノアに従順な身体は、かすかな痛みにすら快楽を拾いはじめ、アルフォルトは声を上げないように唇を噛み締めた。
「さっきの女性は誰なんですか?」
「ッ······、誰でも、ないっ」
 問いかけてくる間も、アルフォルトの性器を刺激し続ける手は止めず、アルフォルトは呼吸が浅くなる。
 うつ伏せにされている為、ライノアの表情が見えず、背後から覆い被さる大きな影が怖いと思った。
「!?っ、んぅッ」
 先端の窪みを刺激され、身体が跳ねる。
 刺激をやり過ごそうと、何かに縋りたくて指に力を込めるが、爪は虚しくソファを引っ掻いただけだった。
「アルフォルト······」
「ゃだ······ぃ、ぁあっ」
 こんな状況で、感じたくないのに。
 ライノアの指に翻弄され身体が熱を持ち、抵抗する力すら奪われる。浅ましく反応してしまう身体が恨めしくて──アルフォルトの唇から、嗚咽が漏れた。
「ぅ······っ、も······許し、て」
 普段は、絶対にアルフォルトを怖がらせないように気遣うライノアが、今はまるで別人のように感じる。目を瞑った途端、涙がとめどなく溢れ、身体が震えた。
「······」
 ライノアは息を飲み──それ以上触れてくる事は無かった。
 身体を開放され、恐る恐る目を開けて見上げたライノアは──酷く傷ついた顔で、アルフォルトを見つめていた。
「······もう、私に触れられるのも、嫌ですか?」
「ちが······」
 はっきり違う、と言いたいのに喉が引き攣れて上手く言葉が出ない。そんなアルフォルトから視線を逸らすと、ライノアはソファから立ち上がった。
 俯いた顔はよく見えなくて、でも、声が微かに震えていた。
「──怖がらせてすみません、頭を冷やして気ます」
 アルフォルトに背を向けると、ライノアはそのまま部屋から出ていく。
 引き止める事も声を出す事もできずに、アルフォルトは閉ざされたドアをただただ見つめていた。
(なんで、こうなっちゃうんだろう······)
 本当はちゃんと話し合わなくてはいけないのに。余計なプライドなんて捨てて、あの女性は自分だと素直に言えばよかった。
 なにより、ライノアを傷つけてしまった。
 振り返る事もなく出ていった背中。冷たい指先、冷たい声。
 愛想を尽かされてしまったかもしれない。
(ライノアに嫌われたら、僕はもう······どうしたらいいんだろう)
 強く掴まれた手首は赤く指の跡が残っていて、触れると痛みが走った。
 広い部屋に取り残されたアルフォルトは、世界に今一人だけのような孤独を感じる。涙がとめどなく溢れ、アルフォルトは声を殺して泣いた。

 その日、ライノアは帰って来なかった。
 
   
 

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