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雀山商店街の夏祭り
1.お願いって言われても
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夏だ。
もくもくと湧く入道雲、どこまでも続く青い空。
放課後だっていうのに、太陽の光は真昼並みの強さで目に刺さる。おまけに、暑くて暑くて暑い。
「あおちゃん!」
ここは校舎の四階。半ば倉庫と化した社会科準備室だ。部屋にはたくさんの教材や資料が置かれているが、一部だけがロッカーで区切られて全く別の目的に使われている。目の前の黒板には、大きくチョークで描かれたパンダとウサギ。薄くなった『歓迎 着ぐるみ同好会』の文字も見える。
そう、ここは着ぐるみ同好会に与えられた貴重な(仮)部室スペースなのだ。
「あおちゃん、聞いて! お願い!」
教室や部室棟は冷暖房完備なのに、準備室には何もない。窓を開けてもせいぜい生温い風が通り抜けていくだけだ。半袖シャツが肌に張り付くし、この部屋にいるだけでアイスみたいに溶けそう。
「あ・お・と! 月宮蒼斗くんッ!」
「ぐぁっ!」
バフッと頬にふかふかな物体が押し付けられた。全身から一気に汗が噴き出す。
「何すんだよ!」
「ようやくこっち向いた!」
目が覚めるようなイケメンが、目の前で仁王立ちをしている。
こいつは幼稚園から続く腐れ縁のような幼馴染、上橋清良。幼い時はあまりの可愛さに女子だと勘違いされ、成長してからは人々の注目を一身に集めてきた男。
その美しい顔には絶妙なバランスでそれぞれのパーツが収まっている。すっと筆で描いたような眉に睫毛バシバシの大きな瞳、通った鼻筋に少し薄目の唇。髪は緩いウエーブがかった栗色だ。顔は小さく手足は長く、中学まで小柄だった体は170センチを越えた。
そんな男が、俺が押しのけたものをずいっと差し出した。
奴の手にあったのは……見るだけで体温が上がりそうな、ふっかふかのパンダの頭部。
「……嫌なんですけど」
「わかってる。でも、もうあおちゃんしか頼れる人がいないんだ」
机の上にパンダの着ぐるみを置いた清良は、一生のお願いと言いながら両手を合わせて頭を下げた。こいつの『一生のお願い』ってやつを、俺は子どもの頃からどれだけ聞いてきたんだろう。
「あのさ、俺、お前に腐るほど言ってると思うんだけど。一生のお願いって何度も言うもんじゃないんだよ。ここぞって時に言うもんなの!」
「じゃあ、今じゃん!」
横から声が飛ぶ。俺は思わず声のした方を睨み付けた。頭部だけのキツネの着ぐるみを被った男が陽気に手を振っている。
「黙ってろ、加瀬! お前は頭だけ、これは全身ふっかふかなんだぞ! 冬でもないのに誰がこんなもの着たいんだよ!」
「その言い方、着ぐるみラブな俺らに失礼じゃね? それに表面はふかふかだけど、中身はそうでもないって。まあ、どうにも暑いのは事実だけどな」
「加瀬、もう黙って! あおちゃん、お願い! 去年からの約束なんだよぉ」
暑さで気が狂いそうな俺とキツネ男、加瀬の間に清良が割って入った。こいつが俺に泣きついてきたのには理由がある。イベントへの参加目前だと言うのに、着ぐるみ同好会の1年生が発熱したのだ。
現在、着ぐるみ同好会にはメンバーが三人しかいない。2年の清良と加瀬に1年が一人だけ。同好会を立ち上げた3年の先輩二人は、受験のために引退してしまった。
昨夜、寝ようとしていた俺のスマホに突然、パンダの着ぐるみが現れた。
『あおちゃん、助けて! 明後日の雀山商店街の夏祭りに応援頼まれてるんだけど、パンダを着る人がいないんだよ。あおちゃんなら大丈夫だと思うから』
清良からのメッセージをそこまで読んで、俺はスマホの電源を切った。さっさとベッドに入って見なかったことにしたのだ。
もくもくと湧く入道雲、どこまでも続く青い空。
放課後だっていうのに、太陽の光は真昼並みの強さで目に刺さる。おまけに、暑くて暑くて暑い。
「あおちゃん!」
ここは校舎の四階。半ば倉庫と化した社会科準備室だ。部屋にはたくさんの教材や資料が置かれているが、一部だけがロッカーで区切られて全く別の目的に使われている。目の前の黒板には、大きくチョークで描かれたパンダとウサギ。薄くなった『歓迎 着ぐるみ同好会』の文字も見える。
そう、ここは着ぐるみ同好会に与えられた貴重な(仮)部室スペースなのだ。
「あおちゃん、聞いて! お願い!」
教室や部室棟は冷暖房完備なのに、準備室には何もない。窓を開けてもせいぜい生温い風が通り抜けていくだけだ。半袖シャツが肌に張り付くし、この部屋にいるだけでアイスみたいに溶けそう。
「あ・お・と! 月宮蒼斗くんッ!」
「ぐぁっ!」
バフッと頬にふかふかな物体が押し付けられた。全身から一気に汗が噴き出す。
「何すんだよ!」
「ようやくこっち向いた!」
目が覚めるようなイケメンが、目の前で仁王立ちをしている。
こいつは幼稚園から続く腐れ縁のような幼馴染、上橋清良。幼い時はあまりの可愛さに女子だと勘違いされ、成長してからは人々の注目を一身に集めてきた男。
その美しい顔には絶妙なバランスでそれぞれのパーツが収まっている。すっと筆で描いたような眉に睫毛バシバシの大きな瞳、通った鼻筋に少し薄目の唇。髪は緩いウエーブがかった栗色だ。顔は小さく手足は長く、中学まで小柄だった体は170センチを越えた。
そんな男が、俺が押しのけたものをずいっと差し出した。
奴の手にあったのは……見るだけで体温が上がりそうな、ふっかふかのパンダの頭部。
「……嫌なんですけど」
「わかってる。でも、もうあおちゃんしか頼れる人がいないんだ」
机の上にパンダの着ぐるみを置いた清良は、一生のお願いと言いながら両手を合わせて頭を下げた。こいつの『一生のお願い』ってやつを、俺は子どもの頃からどれだけ聞いてきたんだろう。
「あのさ、俺、お前に腐るほど言ってると思うんだけど。一生のお願いって何度も言うもんじゃないんだよ。ここぞって時に言うもんなの!」
「じゃあ、今じゃん!」
横から声が飛ぶ。俺は思わず声のした方を睨み付けた。頭部だけのキツネの着ぐるみを被った男が陽気に手を振っている。
「黙ってろ、加瀬! お前は頭だけ、これは全身ふっかふかなんだぞ! 冬でもないのに誰がこんなもの着たいんだよ!」
「その言い方、着ぐるみラブな俺らに失礼じゃね? それに表面はふかふかだけど、中身はそうでもないって。まあ、どうにも暑いのは事実だけどな」
「加瀬、もう黙って! あおちゃん、お願い! 去年からの約束なんだよぉ」
暑さで気が狂いそうな俺とキツネ男、加瀬の間に清良が割って入った。こいつが俺に泣きついてきたのには理由がある。イベントへの参加目前だと言うのに、着ぐるみ同好会の1年生が発熱したのだ。
現在、着ぐるみ同好会にはメンバーが三人しかいない。2年の清良と加瀬に1年が一人だけ。同好会を立ち上げた3年の先輩二人は、受験のために引退してしまった。
昨夜、寝ようとしていた俺のスマホに突然、パンダの着ぐるみが現れた。
『あおちゃん、助けて! 明後日の雀山商店街の夏祭りに応援頼まれてるんだけど、パンダを着る人がいないんだよ。あおちゃんなら大丈夫だと思うから』
清良からのメッセージをそこまで読んで、俺はスマホの電源を切った。さっさとベッドに入って見なかったことにしたのだ。
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