幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

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雀山商店街の夏祭り

3.パンダになった

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 翌日の11時、清良が家に迎えに来た。二階から階段を下りていくと、母と清良の話し声が聞こえる。

「清良くん、今日は頑張ってね。後で見に行くわ」

 げっ! と叫びそうになったところに清良の涼やかな声。

「はい、1時からなのでぜひいらしてください。あおちゃんのおかげで無事に参加できます」
「やだ、あの子で役に立つのかしら~」
「あおちゃんは、いつだって頼りになりますよ!」
「うふふ、清良くんは優しいわね」

 礼儀正しい清良と清良大好きな母が、玄関で和やかな会話を繰り広げている。俺は外に出る前にもう、げっそりしていた。

「はよ。清良」
「あおちゃん、もうすぐお昼だよ」

 俺を見た清良は、にっこにこの笑顔だ。思わず眩し、と叫びそうになる。

「清良はウサギ着るの?」
「今日は加瀬が着るよ。俺はあおちゃんのサポート」
「ふーん。そういえば、着ぐるみは?」
「朝のうちに学校から自治会館に運んである。母さんに車出してもらった」
「そっか。ほんとに着るだけでいい? あれ着て踊れって言われても無理だからな」
「もちろん! 着てくれるだけで十分!」

 清良はすこぶる見た目がいいが、音感や運動神経も優れている。音楽に合わせて踊ることが、何の苦も無くできてしまうのだ。昨年俺が商店街の夏祭りに行った時には、清良パンダが雀山音頭に合わせて元気よく踊っていた。ちなみに雀山音頭はこの地域のローカル曲だ。

(まあ、何とかなるだろ。20分でいいって言ってたしな)

「二人とも、飲み物持って行きなさい」

 母が冷蔵庫で冷やしていた麦茶とスポドリを渡してくれる。俺たちは二本ずつリュックに入れて家を出た。

「うっわ、あっつ」

 空は雲一つない快晴。
 真夏のアスファルトがじりじりと太陽に焼かれている。
 走り出した清良のクロスバイクを追って、俺はチャリのペダルに力を込めた。

 俺たちの家からちょうど1キロ先に私鉄の雀山駅がある。雀山商店街はその雀山駅の前にある商店街だ。通り沿いに店が立ち並び、私鉄チェーンのスーパーやファストフードもある。ちなみに高校は駅の反対側だ。
 商店街から一本裏手にある自治会館は、祭り直前とあってごった返していた。揃いの法被はっぴを着て、皆忙しそうに動き回っている。自治会館の前では加瀬が待っていて、チャリをとめて三人で会館の中に入った。

「お! 来たな」

 短髪でタオルを首に巻いた男性が片手を上げた。その場にいた大人の目が集まり、清良が深々とお辞儀をする。

里見さとみ高校着ぐるみ同好会です。今日はよろしくお願いします!」

 清良を見て、俺と加瀬も慌てて頭を下げた。

「こっちこそよろしくな」
「暑い中、ご苦労さん」
「里見高校さん、お昼のお弁当とお茶です。あと、法被もどうぞ!」

 おにぎり弁当に冷えたお茶、そして雀山商店街の名がばっちり襟に入った法被が渡される。ありがたく受け取ると、短髪の男性に呼ばれた。

「荷物運んどいたよ。狭いけど、着替えもここを使ってくれる?」

 そこは自治会館の中にある小部屋だった。コピー機と色々な資料が入ったスチール棚が置かれている。そして、着ぐるみの入った段ボールが積まれていた。

「わかりました。あおちゃん、こちらは伊藤いとうさん。商店街の花屋さんで、うちの高校の卒業生。去年、夏祭りに出ないかって声をかけてくれたのは伊藤さんなんだよ」
「里見高校には園芸部の配達でよく行くんだ。『フラワー伊藤』の車、見たことない?」
「フラワーって……あっ! 俺、店でカーネーション買ったことある」

 母の日だけだけど、と言った途端、伊藤さんが大笑いした。

「まいど! たまにはカーネーション以外の花も買ってくれよ」

 自治会館でお昼をすませて、一通りスケジュール確認もした。いよいよ支度だ。
 Tシャツにジャージの半パン姿になって、清良からパーツごとになったパンダを受け取る。足になっている靴を履き、ずんぐりむっくりな体を着て、手袋をつける。最後に頭を被った。目はメッシュになっているので見えないわけじゃないが、思ったよりもずっと暗くて視界が狭い。何よりも閉塞感がある。

「……」
「あおちゃん? 大丈夫?」
「いけると……思う」

 不安な気持ちが伝わったのか、清良がふかふかな俺の手を握った。

「あおちゃんは初めてだし、俺がすぐ隣にいるからね。不安だったら腕にしっかりつかまって。気分が悪くなったらすぐに言ってね」

 俺は重たい頭で、こくりと頷いた。
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