幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

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雀山商店街の夏祭り

6.心配すんな

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「どうしたんだろ?」
「わからん」 
 
 加瀬と二人で首を傾げた。
 少しして着替え終わった清良が出てきたが、まだうっすらと頬が赤い。俺はリュックに残っていた最後の麦茶を取り出した。

「清良、俺の麦茶やる。もう冷たくないけど」
「あ、あおちゃんの?」
「うん。今日は清良にたくさんもらったから」

 ペットボトルを差し出すと、清良は落ち着きなく何度も目を瞬いた。

「飲めよ。すげー汗かいてただろ」 
 
 ずいと胸に押し付けると、小さな声でありがとうと言う。それからキャップを回して眉を顰めた。

「ん?」
「どした?」
「……硬い」
「ああ、まだ開けてないからな」
「え?」
「え?」

 清良が俺を見てぐっと口を引き結んだ。それから割れそうな勢いでキャップを開け、一気に飲み干した。

(そんなに喉乾いてたのか)
  
 ぐいっと手の甲で口元を拭う清良は、なぜか怒っているように見える。
 呆気にとられていると「おーい」と声がした。花屋の伊藤さんだ。タオルで汗を拭きながら、せかせかと部屋の中に入ってくる。伊藤さんは俺を見た途端、ほっとしたように眉を下げた。
 パンダの子の具合が悪くなったと言う話はすぐに伝わって、俺が寝ている間も様子を見に来てくれたのだそうだ。
 伊藤さんは俺たちのことをすごく褒めてくれた。
 観客へのアピールもよかったし、しっかりお互いに連携がとれているところもすごい。それから、清良がストップをかけたことを、なかなかできることじゃないと言って微笑んだ。
 清良はちょっと困ったような顔をして、ぺこりと頭を下げた。

 着ぐるみ同好会の仕事は祭りの開始時の盛り上げ役だ。予想以上に気温が上がったこともあって、今日はこれで終了となった。着ぐるみは、清良の母さんが車で引き取りに来てくれる。

「また来年も来てくれよ。お客さんたちすごく喜んでたぞ」
「来られるように頑張ります」

 清良の微妙な答えに、あっと思った。
 来年の夏祭り、清良や加瀬はここにいない。着ぐるみ同好会を立ち上げた先輩たちは、大学受験のために引退してしまった。たぶん清良たちだってそうするだろう。1年が一人しかいない同好会はまさに存続の危機。来年来られるかどうかわからないのだ。 

 冷房のきいた自治会館から一歩出ると、太陽に目が眩んだ。

「うわ、これ真昼じゃん」
「あおちゃん、チャリ乗れる? それとも、これから母さん来るからうちの車に乗っていく?」

 心配そうに聞く清良にびっくりする。俺はもう全然平気だと思っていたのに、清良はそう思ってなかったんだ。

「チャリで帰るよ。それに俺、まだ祭り見たいんだけど」
「……は?」

 普段の清良からは聞いたこともないような重低音の「は」だった。見る間に眉が吊り上がって怖い。それでも、ここで帰るのは惜しいと思ってしまう。
 だって、俺は祭りが好きなのだ。
 特設舞台のある会場には、値段の高い屋台とは違う、地元の子ども会や自治会が出している店が並ぶ。夜店で光ってるキラキラしたやつや水ヨーヨーを売ってるんだ。あれを見ないで帰るなんて考えられない。
 何となく緊迫している俺たちを見て、加瀬がのんびりした声を出す。

「少しならいいんじゃね? 月宮、もう調子よさそうだし。ダメなら清良の母さんが来た時に乗せてもらえばいいし」
「加瀬!」

 俺は心の中で百回ぐらい加瀬に感謝を繰り返した。ぶんぶん頷いていると、清良はため息をつく。

「……わかった。行こ」
「やった!」
「ほんとに平気?」

 その声からは不安が拭えないのがわかる。俺は清良の心配を吹き飛ばしたくなった。奴の耳元に口を寄せてとある言葉を囁くと、さっと顔色が変わった。
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