幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

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雀山商店街の夏祭り

7.王様と呼ばれた男

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「ひっさびさ~!」

 加瀬が不思議そうな顔をする。
 俺は先に立って会場に入ると、きょろきょろと辺りを見回した。焼きそばやかき氷が並ぶ中に、目当てのものがあった。

『一回100円』 
『釣れなくても一個さしあげます』
 マジックで大きく書かれた紙がテントから垂れ下がっている。

「よし!」

 テントの中に入ると、目の前には大きな子ども用プールがあった。たっぷり水が張られ、赤や青、水玉に金や銀の線の入った球体がゆらゆら揺れる。

(ああ、陽の光の下ならもっと綺麗なのにな)

 しゃがみこんで眺める俺に向かって、店番の女性がにっこり笑った。

「お兄さんもやる? 釣れなくても1個はあげるからね」
「ありがとうございます。2個でいいです」
「あはは。お友達の分も取ってあげて~」

 100円渡すと、先にW型の金属が付いたが渡される。頑張ってね、と言われて頷いた。


 ――集中してから数分後。

「え、すっごい!」
「今、何個?」

 俺の周りにはちょっとした人だかりができていた。隣に座る清良が山になった水ヨーヨーを抱えている。小学生らしい男子二人がちゃっかりその横で、1、2と数を数えていた。
 俺がひょいと透明なヨーヨーを釣り上げると、男子二人が声を揃えて「じゅうご!」と叫んだ。丁度こよりが切れて、ヨーヨーが水の中にぱしゃんと落ちた。

 あ~! と残念そうな声が聞こえる。14個か。まあいいかなと思う。

「び……っくりしたぁ。こんなに釣れる人はじめて見た」

 店番の女性に続いて、立って眺めていた加瀬が「俺も」と呟く。清良は動くと水ヨーヨーが腕から落ちるので、じっとしている。俺は加瀬に向かってどれがいいか聞いた。加瀬が赤と答えたので、赤いヨーヨーと透明な地に水玉の付いたヨーヨーをもらうことにした。
 残りは全部返すと言うと、小学生の男子たちが目を丸くした。

「返すの?」
「何で! あんなに釣れたのに」

 そう言いたい気持ちはよくわかる。でも、俺の家は水ヨーヨー持ち込み禁止なのだ。

 小学生の頃、俺は水ヨーヨーにはまった。祭りがあればヨーヨー釣りばかりしていた。ところが、何度やってもうまく釣れない。しょんぼりする我が子を見かねたのだろう。ある日、父親が何本も手製のこよりを作ってくれた。俺はそれを使って練習に練習を重ねた。
 バケツに水を張り、ヨーヨーを浮かべて釣る。
 たったそれだけのことを毎日続けた。何しろヨーヨーは時間が経つにつれしぼんでしまう。ゴム風船だから当たり前だが、短命なのだ。他のことをしている暇なんかない。やたら萎まないのがあるなと思ったら、父がこっそり膨らませていたと知ったのは後のことだ。
 どうやったら、こよりが切れる前に素早く釣り上げられるのか。うまく釣れた時と失敗した時はどう違うのか。比べた結果を日記にもつけた。そんな地道な努力が実を結び、祭りで何個も釣り上げられるようになった頃。
 家にあふれるヨーヨーに母親の怒りが爆発した……。
 
「いや、びっくりしたわ。水ヨーヨー見たのも久しぶりだけど、こんなに釣れる奴いるんだ」
 
 はっとした。つい思い出にひたるうちに、加瀬が赤い水ヨーヨーをバンバン鳴らしていた。あんまり強く突くと割れるってわかってんのかな。

「ま、俺は水ヨーヨーの王様と呼ばれた男だからな」
「……誰が言うんだって」

 ちらっと視線を投げると、素早く清良が顔を背けた。
 
「え?」

 目を丸くする加瀬に俺は黙って頷く。
 そう、山のように水ヨーヨーを釣った俺に、小学生の清良はきらきらした瞳で言ったのだ。

『すごいね。あおちゃんは水ヨーヨーの王様だねえ』と。

 俺はあの時から、自分が釣った水ヨーヨーで一番いいやつを清良に渡すことにしている。水玉の付いた水ヨーヨーを受け取った清良は、ふっと笑顔を浮かべた。俺の気持ちもぐぐっと上がる。

「な、ヨーヨー釣りもできるし、もう元気だって」
「……ん」

 それから俺たちは、あちこちのテントを覗いた。
 加瀬がキラキラ光るおもちゃを真剣に眺めるのに引き、シロップ全種がけのかき氷を試してみる。予想よりすごいことになって、清良のブルーハワイの方がいいなと勝手にスプーンを入れた時だった。

「ぱん!」
「うん、パンダちゃんもういないのよ。また今度ね」
 
 思わず振り返ると、特設舞台を見る親子連れがいた。舞台はちょうど休憩時間に入って誰もいない。母親の腕に抱かれたちびっこは、商店街のロゴ入り団扇を握っている。
 
(あれ、俺が渡したやつかな)

 あんな少しの時間だったのに覚えててくれるんだと思うと、じわじわくる。

「俺、清良が言ったことわかった気がする」
「え?」
「ほら、また来てね、って去年言われたって話。たしかに何とかしたいって思うよな」
「あおちゃん……」

 清良がじっと俺を見る。手にしたブルーハワイに突き刺したスプーンが傾いている。

「なあ、それ、食べていい?」
「う、うん」

 鮮やかな青のかき氷をすくい、ぱくりと口に入れる。シャリッと氷の粒が広がり、たちまちさっぱりした甘さに変わる。
 清良からもらったかき氷は、するすると喉を通っていった。
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