幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
35 / 48
里見高校の文化祭

35.放っておけない

しおりを挟む
 黒王子こと阿隅くんの昇降口登場は二日で終わった。
 三日目の朝、何となく人が多いなと思いつつ靴を履き替えたのだが、どうやら阿隅くんの笑顔を見たい人々が張り込んでいたらしい。後から教室に入ってきた持田が、昨日までの登場は『朝の幻影』と呼ばれて惜しまれていると教えてくれた。

「文化祭まであと十日! 朝と放課後に装飾班へのご協力お願いします!」
「料理班は話し合いあるんで、忘れずに残って~!」

 クラスの中は文化祭が近いとあって、皆どこか浮足立っている。でも、このそわそわした雰囲気が俺は好きだ。いかにも祭りが近いって感じがする。美術部員の堀さんは、黒板の脇の掲示スペースに自作のタコ型カウントダウンカレンダーを貼り付けた。タコは皆のやる気を倍増させている。

 放課後、俺と加瀬は着ぐるみ同好会の打ち合わせに向かった。社会科準備室に向かって廊下を歩いていると、加瀬が声を潜める。

「……月宮、お前あの1年と仲が良いのか?」

 すぐに阿隅くんのことだと気付いた。

「仲が良いってほどでもないけど、話すとそんなに悪い子じゃないよ」
「そうなのか?」
「うん。可愛い犬も飼ってるんだよ。写真見る?」
「おお」

 俺と加瀬は犬好きなので、犬飼いには寛大なのだ。
 写真を見せようとしたちょうどその時、女子たちのきゃあーー! という歓声が前方から聞こえた。あれは清良のクラスだ。何だろうと思っていると、教室の戸が開いて清良本人が飛び出てきた。

「……もう時間だから!」
「上橋くん、そう言わないで少しだけっ!」 

 鞄を片手に持った清良と反対側の腕に無理やりしがみつく女子。俺と加瀬がびっくりして立ち止まると、はっとしたように清良がこちらを見た。

「あおちゃん……!」

 縋りつくような顔に、胸の奥が変な動きをする。清良、と呼ぼうとすると女子が叫んだ。
 
「ねぇ! 同好会の打ち合わせなんて、少しぐらい遅れてもいいでしょ!」
「いや、ずっと今日はだめだって言ってるよね? さっきのでサイズも合ってるし、後はまた今度」

 清良が一生懸命言っている言葉を女子は聞きそうにない。細い腕が清良の腕をぎゅっと掴んでいるのを見て、急に腹が立ってきた。
 俺はその女子の前にずかずかと歩いていった。

「さっさとその手を放してやって。俺たち、これから話し合いだからさ」
「えっ?」
「着ぐるみ同好会だよ。文化祭の話は清良がいないと始まらないんだ。少しぐらい遅れてもいいなんて、勝手なこと言うな!」

 思ったよりも低い声が出て、女子の肩がビクンと跳ねる。力が緩んだところを清良がさっと振り払った。女子は清良と俺を交互に見て眉を釣り上げる。

「な、なによ……! こっちだって準備があるんだからっ」
「今日はだめだって清良は言ってたんだろ? じゃあ、俺たちが先だ」

 長い睫毛をカールさせた目で思いきり睨まれたが、どうってこともない。こいつより断然目が細い緋鶴の方が、睨まれたらずっと怖いんだから。
 俺が「行こう」と言うと、清良がうなずいて歩き出す。加瀬も慌てたように付いてくる。教室の戸がバン! と大きな音を立てて後ろで閉まった。ちょっとまずかっただろうか。

「……言い過ぎたかな」
「そんなことないよ。ずっとしつこくて困ってたんだ。あおちゃんが言ってくれて助かった」

 清良がふうと息をつく。それから、掴まれていた左手をそっとさすった。

「うちのクラス、文化祭の衣装で浴衣を集めてるんだ。さっき、似合いそうなのを借りたから着てって急に言われてさ。一枚着たらもう十分だと思ったのに」

 衣装係の女子たちが盛り上がって、次々に着せられそうになったらしい。廊下に聞こえた歓声はそのせいだったのか。

「俺は月宮が急に出て行ったから、びっくりしたわ」
「清良が困ってるのに放っておけないだろ。いきなり同好会のこと馬鹿にされるし」
「……ありがと、あおちゃん」
「いいって。それよりお前、腕大丈夫だった?」
「え?」
「掴まれて痛そうだったから」
「ああ。あの子、ネイルが好きみたいで爪が長いんだよね」

 清良が少しだけ眉をひそめた。そういえば髪も唇もしっかり手入れしているタイプだった。俺は清良の左腕を取り、どこにも傷がないかを確かめた。

「どうしたの?」
「いや……。怪我してなくてよかったなって。爪だって引っかけたりするじゃん」
 
 清良がすごく嬉しそうに笑うから、胸がまた一つ変な動きをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

殿堂入りした愛なのに

たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける) 今日からはれて高等部に進学する。 入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。 一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。 両片思いの一途すぎる話。BLです。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

【完結】後悔は再会の果てへ

関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。 その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。 数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。 小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。 そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。 末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

処理中です...