幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

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里見高校の文化祭

34.新学期の始まり

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 夏休みが終わった。

 丸一か月あったのに、休みはあっという間だった。課題をこなすために最後はずっと家にこもりきり。阿隅くんへの返事もしていないし、清良からは何のメッセージも無いままだ。無いなら無いで自分から連絡すればいいのに、ずるずるとなにもしないでいた。

(それに、どうせ水曜になったら着ぐるみ同好会の打ち合わせがあるんだし……)

 そんな気持ちで登校した始業式の朝、驚くことが起きた。昇降口の前で阿隅くんが俺を待っていたのだ。
 1年と2年の教室は同じ棟にあるので、昇降口も同じ場所にある。だが、それぞれの学年で靴箱はちょうど半々。出入り口は分かれている。阿隅くんは2年の出入り口の横に立っていた。

「ちょ……あれ、黒王子じゃん」
「ぅわ。近くでまともに見たことなかったわ……イケメンすぎ」

 通り過ぎる2年の視線が彼を追い、ざわざわと話し声がする。俺が彼に気付くと、彼も俺に気付いた。「月宮先輩!」と片手を挙げ、まるでわんこが飼い主を見つけたように俺のところまで一直線に走ってきた。

「あ……阿隅くん、おはよう」
「おはようございます!」
「こんなところでどうしたの?」
「始業式だから、先輩に一番先に挨拶したくて来ました」

(――――!!)

 はにかむような笑顔が辺り一面を照らす。
 それまではさざ波のようだった騒めきが、一気にざわっっ! と大きくなった。

「先輩、E組ですよね。教室に行くと迷惑かと思ったので、ここで待ってたんです。顔を見られてよかった」
「そう……なんだ。わざわざありがとう」
「いえ。じゃあ、俺はこれで」

 笑顔の阿隅くんが去った後、ぽんと俺の肩が叩かれた。うちのクラスの文化祭実行委員、持田だ。

「……つっきー、黒王子と知り合いだったの?」
「いや、ごく最近知り合った」
「黒王子が笑ったって、今日一番のニュースになると思う」
「そんなに?」
「そんなにだよ。いや、それにしても眠気も覚めるぐらいの眩しさだったね」

 俺は頷き、持田と共に教室に向かった。あんなにクールに見えた阿隅くんは、実はわんこ系だったのだろうか。昔飼っていたジョンも、ああしてまっしぐらに走ってきたことを思い出した。

 そして、持田の言葉通り、その日のうちに阿隅くんの噂は校内を駆け巡った。緋鶴が帰宅した俺を見て言ったのだ。

「おにい、今朝黒王子に会った? 黒王子が笑顔で2年に挨拶に行ったって聞いたけど」
「情報はや……」
「……でも、目立ちすぎるとあんまりよくない気がする。おにいは女子じゃないから、変に絡んでくるのはいないと思うけどさ。続くようなら言った方がいいよ」

 清良で散々痛い目にあった緋鶴の言葉は重い。翌朝も阿隅くんは俺を待っていたので、俺は正直に昇降口は目立ちすぎると伝えた。阿隅くんは恐縮してしょんぼりしている。
 
「それに俺がいつ来るかわからないのに、毎朝待つのは大変じゃない?」
「俺は全然構わないです。朝がだめなら、今度、一緒に帰ってもいいですか?」
「……えっと、文化祭が終わるまでは準備があって遅くなるから」
「わかりました。じゃあ、文化祭が終わったら」

 意外に積極的なことにびっくりした。俺は頷いてスマホを取り出す。

「連絡先交換しよ」
「はい!」

 阿隅くんは、ぱああっと輝くオーラを振りまいた。俺も周囲の人々も黙って笑顔の光を浴びた。過去に俺の連絡先を聞いてこんなに喜んだ奴がいただろうか。「ありがとうございます」と礼を言う彼に手を振って教室に向かった。
 その後、阿隅くんから送られてきた最初の写真は自宅の愛犬だった。くりっとした目の黒のラブラドールレトリバー。その姿が彼に重なって笑ってしまった。
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