幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
47 / 48
里見高校の文化祭

47.俺と一緒にいてほしい

しおりを挟む
 隣の棟に渡って屋上に続く階段を上った。屋上は危ないからと施錠されていて入れないが、階段の一番上は広い踊り場になっている。踊り場の窓からは外の光が入って明るく、床は白く輝いていた。まるでここだけが隔離された場所のように静かで誰もいなかった。
 清良はずっと俺の手を握っていたが、踊り場に来てようやく手を離した。はあはあ息をつきながら、俺たちはその場に座りこんだ。

「は……何で……はあ……いきなり」
「……に……げてきた」

 清良はついさっきまでいたA組の状況を話した。浴衣姿の清良登場と共に廊下に並んでいた列が崩れ、一目見ようとする人たちでごった返した。中には受付を待たずに強引に教室に入ろうとする者まで現れて混乱状態になったという。

「……よ……く……逃げら……たな」
「あおちゃんの……組の……委員と……何人か。……入口、開けてくれて」 

 どうやら清良をのぞきに行った持田たちが体を張ったらしい。俺は心の中で彼女たちに手を合わせた。
 ようやく息が整った頃、俺はまじまじと清良を見た。全力で走って着崩れた浴衣の清良はかっこいいだけじゃない。何だかすごく色っぽくて、胸の奥が急速にとくとくとくとく言ってる。

「でも……何で俺と来たの?」
「あおちゃんが……いたから」
「何だそれ」

 思わず笑うと、清良は俺の顔を覗きこんだ。栗色の髪が陽に光って、瞳は濃い琥珀色に見える。

「阿隅となんか……いないで、俺と一緒にいてほしいから」
「――……え」

 ふっと自分の顔の上に影ができて、唇に柔らかなものが触れた。すぐに離れたそれが俺の名を呼ぶ。
 何が起きたのか、いや、何が起きたかはわかっていても、俺の頭は混乱し続けていた。目の前でうっすらと染まる頬も、潤んだ瞳も、耳が真っ赤なことも。たった一つのことしか言っていないのに。

「あおちゃんに、ずっと触れたかった。……あの時もこうしたかったんだ」
「……あの時?」
「お盆の……あおちゃんが家に来た時」 
「あ、あれ! お前が『今の無し』って言った時!」

 清良は形のいい眉をぎゅっとひそめた。

「あおちゃんは……俺のことなんか何とも思ってないじゃん。だったら、幼馴染のままの方がいいって思った。幼馴染なら俺より長くあおちゃんの側にいる奴はいないんだから」

 浴衣姿で俺を見る清良はすごくかっこいいいのに、まるで迷子の幼い子どもみたいに心細くて悲しげな顔をしていた。

「あのさ……俺、お前のこと好きだよ」
「……それは幼馴染としてだろ。そんなの知ってるよ! そうじゃなくて!」

 俺は浴衣の袖がまくれ上がった清良の白い腕を取った。そして、自分の胸の上に乗せた。聞こえるかな、聞こえてほしいと思いながら。

「お盆のあの時からさ、時々変な動悸がするんだよ。何でかよくわかんなかったんだけど、お前を見てると起きるんだ」
「俺?」
「うん。清良が笑ったり、すごく綺麗だなと思う時に起きる。さっき、キスされた時からずっと……すごく早くなってる――これって、お前を好きだってことじゃないの?」

 清良の指先に力がこもる。その指先からはわずかな震えが伝わってきた。それから、清良は両手で自分の顔を覆ってうつむいた。

「……あおちゃん」
「うん」
「俺、あおちゃんが好きなんだ」
「うん」
「でも、俺すぐにあおちゃんを頼るし、あおちゃんにお願いばっかりしてるし」
「最近はしてないよ」
「……だって、商店街の夏祭りであおちゃん具合悪くなったじゃん。あれがもっとひどくなってたら、って思うと怖くて仕方なかった。俺が無理やり頼んだからあんなことになったんだ。だからもう、あおちゃんにお願いはしないって決めてた」

 そんなこと考えてたなんて全然知らなかった。水ヨーヨーぐらいじゃ、清良の不安な気持ちはどうにもなってなかった。

「……清良、あのさ」

 うつむいていた清良の肩がビクンと跳ねた。

「そんなの決めなくていいよ。お前のお願いなんか、いつでも聞いてやるし」
「……いつでも?」
「うん。子どもの時に出られなくなった秘密基地からだって助けたじゃん」

 笑うかと思ったら清良は黙り込んで、それから小さな小さな声で言った。

 ――じゃあ、俺を好きになって。それから、ずっと俺を好きでいて、と。

「わかった。でも、それはお願いされなくてもするよ」

 ようやく顔をあげた清良の顔は、転がり出てきたあの時みたいにぐしゃぐしゃだったけど、やっぱり誰よりも綺麗だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

殿堂入りした愛なのに

たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける) 今日からはれて高等部に進学する。 入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。 一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。 両片思いの一途すぎる話。BLです。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

【完結】後悔は再会の果てへ

関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。 その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。 数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。 小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。 そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。 末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

処理中です...