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里見高校の文化祭
47.俺と一緒にいてほしい
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隣の棟に渡って屋上に続く階段を上った。屋上は危ないからと施錠されていて入れないが、階段の一番上は広い踊り場になっている。踊り場の窓からは外の光が入って明るく、床は白く輝いていた。まるでここだけが隔離された場所のように静かで誰もいなかった。
清良はずっと俺の手を握っていたが、踊り場に来てようやく手を離した。はあはあ息をつきながら、俺たちはその場に座りこんだ。
「は……何で……はあ……いきなり」
「……に……げてきた」
清良はついさっきまでいたA組の状況を話した。浴衣姿の清良登場と共に廊下に並んでいた列が崩れ、一目見ようとする人たちでごった返した。中には受付を待たずに強引に教室に入ろうとする者まで現れて混乱状態になったという。
「……よ……く……逃げら……たな」
「あおちゃんの……組の……委員と……何人か。……入口、開けてくれて」
どうやら清良をのぞきに行った持田たちが体を張ったらしい。俺は心の中で彼女たちに手を合わせた。
ようやく息が整った頃、俺はまじまじと清良を見た。全力で走って着崩れた浴衣の清良はかっこいいだけじゃない。何だかすごく色っぽくて、胸の奥が急速にとくとくとくとく言ってる。
「でも……何で俺と来たの?」
「あおちゃんが……いたから」
「何だそれ」
思わず笑うと、清良は俺の顔を覗きこんだ。栗色の髪が陽に光って、瞳は濃い琥珀色に見える。
「阿隅となんか……いないで、俺と一緒にいてほしいから」
「――……え」
ふっと自分の顔の上に影ができて、唇に柔らかなものが触れた。すぐに離れたそれが俺の名を呼ぶ。
何が起きたのか、いや、何が起きたかはわかっていても、俺の頭は混乱し続けていた。目の前でうっすらと染まる頬も、潤んだ瞳も、耳が真っ赤なことも。たった一つのことしか言っていないのに。
「あおちゃんに、ずっと触れたかった。……あの時もこうしたかったんだ」
「……あの時?」
「お盆の……あおちゃんが家に来た時」
「あ、あれ! お前が『今の無し』って言った時!」
清良は形のいい眉をぎゅっとひそめた。
「あおちゃんは……俺のことなんか何とも思ってないじゃん。だったら、幼馴染のままの方がいいって思った。幼馴染なら俺より長くあおちゃんの側にいる奴はいないんだから」
浴衣姿で俺を見る清良はすごくかっこいいいのに、まるで迷子の幼い子どもみたいに心細くて悲しげな顔をしていた。
「あのさ……俺、お前のこと好きだよ」
「……それは幼馴染としてだろ。そんなの知ってるよ! そうじゃなくて!」
俺は浴衣の袖がまくれ上がった清良の白い腕を取った。そして、自分の胸の上に乗せた。聞こえるかな、聞こえてほしいと思いながら。
「お盆のあの時からさ、時々変な動悸がするんだよ。何でかよくわかんなかったんだけど、お前を見てると起きるんだ」
「俺?」
「うん。清良が笑ったり、すごく綺麗だなと思う時に起きる。さっき、キスされた時からずっと……すごく早くなってる――これって、お前を好きだってことじゃないの?」
清良の指先に力がこもる。その指先からはわずかな震えが伝わってきた。それから、清良は両手で自分の顔を覆ってうつむいた。
「……あおちゃん」
「うん」
「俺、あおちゃんが好きなんだ」
「うん」
「でも、俺すぐにあおちゃんを頼るし、あおちゃんにお願いばっかりしてるし」
「最近はしてないよ」
「……だって、商店街の夏祭りであおちゃん具合悪くなったじゃん。あれがもっとひどくなってたら、って思うと怖くて仕方なかった。俺が無理やり頼んだからあんなことになったんだ。だからもう、あおちゃんにお願いはしないって決めてた」
そんなこと考えてたなんて全然知らなかった。水ヨーヨーぐらいじゃ、清良の不安な気持ちはどうにもなってなかった。
「……清良、あのさ」
うつむいていた清良の肩がビクンと跳ねた。
「そんなの決めなくていいよ。お前のお願いなんか、いつでも聞いてやるし」
「……いつでも?」
「うん。子どもの時に出られなくなった秘密基地からだって助けたじゃん」
笑うかと思ったら清良は黙り込んで、それから小さな小さな声で言った。
――じゃあ、俺を好きになって。それから、ずっと俺を好きでいて、と。
「わかった。でも、それはお願いされなくてもするよ」
ようやく顔をあげた清良の顔は、転がり出てきたあの時みたいにぐしゃぐしゃだったけど、やっぱり誰よりも綺麗だった。
清良はずっと俺の手を握っていたが、踊り場に来てようやく手を離した。はあはあ息をつきながら、俺たちはその場に座りこんだ。
「は……何で……はあ……いきなり」
「……に……げてきた」
清良はついさっきまでいたA組の状況を話した。浴衣姿の清良登場と共に廊下に並んでいた列が崩れ、一目見ようとする人たちでごった返した。中には受付を待たずに強引に教室に入ろうとする者まで現れて混乱状態になったという。
「……よ……く……逃げら……たな」
「あおちゃんの……組の……委員と……何人か。……入口、開けてくれて」
どうやら清良をのぞきに行った持田たちが体を張ったらしい。俺は心の中で彼女たちに手を合わせた。
ようやく息が整った頃、俺はまじまじと清良を見た。全力で走って着崩れた浴衣の清良はかっこいいだけじゃない。何だかすごく色っぽくて、胸の奥が急速にとくとくとくとく言ってる。
「でも……何で俺と来たの?」
「あおちゃんが……いたから」
「何だそれ」
思わず笑うと、清良は俺の顔を覗きこんだ。栗色の髪が陽に光って、瞳は濃い琥珀色に見える。
「阿隅となんか……いないで、俺と一緒にいてほしいから」
「――……え」
ふっと自分の顔の上に影ができて、唇に柔らかなものが触れた。すぐに離れたそれが俺の名を呼ぶ。
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「……あの時?」
「お盆の……あおちゃんが家に来た時」
「あ、あれ! お前が『今の無し』って言った時!」
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浴衣姿で俺を見る清良はすごくかっこいいいのに、まるで迷子の幼い子どもみたいに心細くて悲しげな顔をしていた。
「あのさ……俺、お前のこと好きだよ」
「……それは幼馴染としてだろ。そんなの知ってるよ! そうじゃなくて!」
俺は浴衣の袖がまくれ上がった清良の白い腕を取った。そして、自分の胸の上に乗せた。聞こえるかな、聞こえてほしいと思いながら。
「お盆のあの時からさ、時々変な動悸がするんだよ。何でかよくわかんなかったんだけど、お前を見てると起きるんだ」
「俺?」
「うん。清良が笑ったり、すごく綺麗だなと思う時に起きる。さっき、キスされた時からずっと……すごく早くなってる――これって、お前を好きだってことじゃないの?」
清良の指先に力がこもる。その指先からはわずかな震えが伝わってきた。それから、清良は両手で自分の顔を覆ってうつむいた。
「……あおちゃん」
「うん」
「俺、あおちゃんが好きなんだ」
「うん」
「でも、俺すぐにあおちゃんを頼るし、あおちゃんにお願いばっかりしてるし」
「最近はしてないよ」
「……だって、商店街の夏祭りであおちゃん具合悪くなったじゃん。あれがもっとひどくなってたら、って思うと怖くて仕方なかった。俺が無理やり頼んだからあんなことになったんだ。だからもう、あおちゃんにお願いはしないって決めてた」
そんなこと考えてたなんて全然知らなかった。水ヨーヨーぐらいじゃ、清良の不安な気持ちはどうにもなってなかった。
「……清良、あのさ」
うつむいていた清良の肩がビクンと跳ねた。
「そんなの決めなくていいよ。お前のお願いなんか、いつでも聞いてやるし」
「……いつでも?」
「うん。子どもの時に出られなくなった秘密基地からだって助けたじゃん」
笑うかと思ったら清良は黙り込んで、それから小さな小さな声で言った。
――じゃあ、俺を好きになって。それから、ずっと俺を好きでいて、と。
「わかった。でも、それはお願いされなくてもするよ」
ようやく顔をあげた清良の顔は、転がり出てきたあの時みたいにぐしゃぐしゃだったけど、やっぱり誰よりも綺麗だった。
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