幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
48 / 48
里見高校の文化祭

48.【最終話】文化祭のその後で

しおりを挟む
 文化祭が終わった後、俺は阿隅くんと話をした。
 阿隅くんの気持ちには応えられない。俺には好きな人がいるからと。

 阿隅くんは綺麗な黒い瞳を逸らさずに俺の話を聞いてくれた。それから、自分の話もしてくれた。

 祖父がサックスが好きで、楽しそうに奏でる音をずっと聴いて育った。自分にサックスを教えてくれたのも祖父だけれど、小学生の時に亡くなってしまった。中学では吹奏楽部に誘われ、一旦は入ったものの先輩たちから目立ちすぎだと非難されてやめた。成績が良かったから家族からは県内でも屈指と言われる進学校を勧められた。でも、全然興味がもてなかった。
 ……勉強は嫌いじゃないけど、もっと自由にサックスを吹きたい。
 勉強の為にサックスを吹く時間が減るのは嫌だった。でも、家族の期待を無視することもできない。

 完全に詰んでいた阿隅くんは、ラブの散歩か河川敷でサックスを吹くことしか息抜きがなかった。サックスケースを抱えて土手に座っていた時。通りかかった俺にたまたま声をかけられて、あれこれ話をした。知らない相手の方が話しやすかったんだそうだ。

『えらいな。でも、そんなに頑張らなくたっていい。自分が楽しいだけでいいだろ』
『楽しいだけで……いいんですか」
『いいよ。それが一番大事だろ。俺は楽しくなくなった場所からは、さよならするから』

 阿隅くんの話を聞いて、ああ、あれはバド部から離れようと決めた時だったと思い出す。でも、そんな話をした中学生がいただろうか。半年以上前とはいえ、阿隅くんの顔を忘れるとは思えない。
 俺の言いたいことが伝わったのか、阿隅くんはふふっと笑った。

「その頃の俺、外見には全然気を遣ってなかったんです。前髪も長くてもさもさしてたし、服装もどうでもよかったし。でも、先輩が里見の制服着てたので、里見を受けよう、受かったら絶対会いに行こうって決めてました」
「それで……髪を切った?」
「はい。でも、合格して先輩を見つけた時には、隣に上橋先輩がいたんです」

 ずっと会いたかった人には、いつも傍にいる相手がいた。
 自分が髪や服を変えるぐらいじゃどうにもならない相手だった。顔も成績も身体能力もよくて、同い年で、ずっと一緒に育ってきた相手になんて勝てるわけがない。
 でも、神様はチャンスをくれた。祖母に頼まれて花屋に行ったら、会いたかった人が笑っていた。

「花屋では緊張して……態度が悪くて、すみませんでした」
「いや、俺こそごめん。ぼんやりとだけど河川敷でのこと思い出したよ。コートやマフラーをすごい着込んでなかった?」
「はい! 俺、暑いのは平気だけど寒いのは苦手なんです」

 一月でもわりと暖かい日だったのに、もこもこ着込んでしょんぼりしていた子がいたのだ。あの子がこんなにイケメンになって会いに来てくれるなんて……思いもしなかった。

「高校に入ってからはクラスに吉井がいて、二人で演奏ができて楽しかったし、里見に来てよかったと思いました。でも、上橋先輩を見ると何だかむしゃくしゃして、つい当たりたくなっちゃって」
「……だから、だったのか」
「はい。ステージの会議では申し訳なかったと思っています」

 同好会に文句を言いたかったわけではなく、清良本人に言いたかったのだと言う。

「月宮先輩は、上橋先輩が好きなんですか?」
「うん」
「……あの、俺が月宮先輩を好きでいるのは……いいですか?」
「うん。それは自由だから。……それから、花と演奏をありがとう。すごく嬉しかった」

 阿隅くんは少し恥ずかしそうに、そして、とても綺麗に笑った。




 水曜日は着ぐるみ同好会の活動日だ。

 清良と先に社会科準備室に来ていたので、俺は少しだけ阿隅くんのことを話した。清良はつまらなさそうに話を聞いた後、ぼそりと言った。

「……あおちゃんに告白するのは、俺だけでいいんだよ」

 あれ、どこかで聞いたような言葉だと思ったけれど、思い出せない。清良が「あいつ、最近俺に敬語を使うようになった」と言うので驚いた。

 着ぐるみ同好会にも大きな変化がある。りんりんと同じ1年の男子が入会したいと言ってくれたのだ。ずっと同好会が気になっていたのだが、文化祭でサンバのステージを見たのが決め手だったという。

「今日、田野倉が連れて来るんだけど、フューチャーランドの着ぐるみショーでも俺たちのことを見かけたらしいんだ」

 清良の言葉にあっと思った。俺たちと同じぐらいの男子が一人で見に来ていた気がする。もしかして、あの時の子だろうか。

「これで本当に入ってくれたら、俺のサンバの苦労も報われるよな……」

 ちらっと見ると、清良が困ったように眉を下げる。清良はお盆のあの時が原因で、変にこじらせたまま連絡しなかったことを気にしているのだ。でも、あれがなかったら、俺はずっと清良への気持ちを意識しないままだったかもしれない。

「なあ、清良」
「ん?」
「俺、お前のこと、ちゃんと好きだよ」
「……あおちゃん」

 お互いの顔が少しずつ近づいた時。

「せんぱーい! 連れて来ましたよ!!」

 りんりんの声が響いて、1年生たちが顔を出した。緊張した新顔の後ろから加瀬もやってきた。清良が後ろで俺の手を握りながら、にっこり笑う。

「着ぐるみ同好会にようこそ!」

 夏の陽射しよりちょっぴり和らいだ秋の陽射しが、窓から明るく差し込んでいた。

             【 完 】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

殿堂入りした愛なのに

たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける) 今日からはれて高等部に進学する。 入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。 一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。 両片思いの一途すぎる話。BLです。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

僕らのトライアングル

竜鳴躍
BL
工藤ユウキには好きな人がいる。 隣の家に住んでいる大学生のお兄さん。 頭が良くて、優しくて、憧れのお兄さん。 斎藤久遠さん。 工藤ユウキには幼馴染がいる。ちょっとやんちゃでみんなの人気者、結城神蔵はいつもいっしょ。 久遠さんも神蔵が可愛いのかな。 二人はとても仲良しで、ちょっとお胸がくるし。 神蔵のお父さんと僕のお父さんがカップルになったから、神蔵も僕のお家にお引越し。 神蔵のことは好きだけど、苦しいなぁ。 えっ、神蔵は僕のことが好きだったの!? 久遠さんは神蔵が好きで神蔵は僕が好きで、僕は…… 僕らの青春スクランブル。 元学級委員長パパ☓元ヤンパパもあるよ。 ※長編といえるほどではなさそうなので、短編に変更→意外と長いかもと長編変更。2025.9.15

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

【完結】後悔は再会の果てへ

関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。 その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。 数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。 小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。 そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。 末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前

なぜかピアス男子に溺愛される話

光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった! 「夏希、俺のこと好きになってよ――」 突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。 ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!

処理中です...