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番外編 二人のバレンタイン
3.🍫🍫🍫
しおりを挟むちょっと待ってね、と言われてリビングのソファーに腰かけていた。
一星のマンションはいつも、とても綺麗に片付いている。出しっぱなしの本も、ソファーに散らかっている服もない。生徒会役員だし、成績だっていつも学年で上位なのに。誰か本宅から人が来て掃除や料理をしているのかと思ったら、いや、自分でやってるよと笑う。
(アルファだから出来るって言うより、元々の人間の器の違いなんだよなあ……)
ぼくはクッションを抱えて、ふかふかのソファーに深くもたれかかった。自分だったらゴロゴロしてるうちに友永に世話を焼かれてることだろう。
「千晴、ごめんね。待たせちゃって」
制服から部屋着に着替えた一星が部屋から出てきた。ブルーのシャツにざっくりしたダークブラウンのニットを着て、下は黒のデニムだ。制服姿とはまた違ってかっこいい。勝手に頬が緩んでしまう。一星は、すっかりくつろいでいるぼくを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。今日、千晴に用があると言われたらどうしようと思ってたんだ。先に誘わなきゃいけなかったのに、すっかり忘れてて」
「珍しいね。一星はいつも、真っ先に予定を聞いてくるのに」
「……ああ。今回は自分でも驚いた」
一星は少し目を伏せて瞳を瞬いた。最近気がついたんだけど、一星は何か思うことがあると、微かに瞳を瞬くんだ。そんな時は大抵、言いたいことを飲み込んでる。ぼくは喜怒哀楽がはっきりしてる方だけれど、一星はあまり自分の気持ちを表に出さない。
じっと見つめたら、一星は困ったように笑う。食事が出来てるけど、一緒にどう? と言われて、すぐに頷いた。一星はキッチンに向かうと、冷蔵庫から次々に料理を出した。
スモークサーモンとレタスのサラダに、ほうれん草とハムと茸のキッシュ。お鍋にはビーフシチュー。
「こ、こここれは……」
「千晴が気に入ってくれたら嬉しいんだけど」
「大好き!」
「うん。そうだと思った」
冷蔵庫脇のカウンターに並んでいるのは、ぼくの好物ばかりだ。一星の嬉しそうな顔を見ながら、はっと気がついた。
「もしかして、これ全部……、ぼくの為に作ってくれたの?」
「……うん」
はにかんだ綺麗な顔に、くらっと眩暈がしそうになる。
(こ、これは反則なんじゃないだろうか)
自分の好物を恋人が愛情込めて作ってくれる。ぼくがじわじわと幸せを嚙みしめていると、一星がぽつりと呟いた。
「……夢中になりすぎたから、一番大事なことを忘れたんだ」
「へ?」
「少し前から、千晴の好きなものピックアップして何度か試作してたんだ。つい夢中になってしまって、全部作った後に気がついた。肝心のバレンタインに、千晴と約束してないって」
一星はきっちり計画をたてて綿密に準備するタイプだ。連絡を忘れることなんて滅多にない。しゅんとしているのは、かなりショックだったんだろう。
「もしかして、何日も前から今日のことを考えてくれてた?」
頷く一星の頬は、うっすらと赤い。
自分を振り返って、何とも言えない気持ちになった。突貫工事のようにチョコを作って満足しているぼくとは大違いだ。何しろぼくには友永という優秀な現場監督がいる。彼の指示の元に何とか目の前のことをこなすぼくと一星では雲泥の差だ……。お気楽に生きているようで情けないが、もう、仕方がない。
「ありがと、一星。すごく嬉しい!」
一星の手を握って真っ直ぐに目を見た。一星はまるで宝物に触れるみたいにぼくの体を引き寄せてぎゅっと抱きしめる。
辺りに爽やかなレモンの香りが漂って、頭の中がふわふわしてきた。
(ああ、これは一星の香りだ。好き……大好き……)
「ご、ごめん!」
体から力が抜けそうになったところを、一星がそっと離してくれる。ふわふわした頭のまま、ぼくは自分から一星に抱きついた。
「千晴、ちょっと待って。ご飯」
「……一星がいい」
「ちはる……」
(だって、こんなにいい匂いがする。温かくて広い胸がここにある)
ぼくは一星の背中に手を回して力を込めた。ぼくの力なんかたいしたことないのに、一星は振り払うことが出来ない。胸に顔を埋めていたら、髪にキスをされた。
「食事、後でもいいの?」
「一星がいい」
「……うん」
一星はぼくをひょいと抱き上げた。体が大きくないとはいえ、高校生男子を軽々と抱えていく。一星の部屋のベッドに横にされると、ぼくは慌ててしがみついた。少しも離れたくない。
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