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番外編 晴れた空に
1.
しおりを挟む☆リクエストいただいた友永目線の話です☆
「友永、お前に会わせたい方がいる」
父がそう言ったのは、自分が六歳の時だった。
「それは、芙蓉様の御子息のことですか?」
父は頷き、兄たちが良かったな、と微笑んだ。その晩は興奮してよく眠れなかった。
生まれ育った安井の家は昔から芙蓉家を主君と仰ぐ家だった。時代は変わっても主従の繋がりは途絶えず、父は当主に仕え、兄たちはその子息に仕えている。自分が母の腹に宿った後に、当主に三人目の御子が出来たと聞いた時、父は涙を流したそうだ。主家の繁栄を喜んだだけではない。
「これで我が子が三人とも芙蓉様にお仕えできる」
父の方針によって、自分の生きる道は生まれる前から決まっていた。幼い頃から武道と礼儀を叩きこまれ、お前は主の為に生きよと言い聞かされて育った。職業選択の自由なんて我が家には存在しない。
秋晴れの日に、父と共に訪れた芙蓉家は子どもの目には広すぎた。磨き抜かれた廊下を顔が映りそうだと思いながら歩いていると、父が言った。
「お前の主は千晴様と仰る。晴れ渡る空のように明るい方だ」
「空?」
ちょうど廊下から座敷に向かう縁側に折れたところで、ガラス越しに雲一つない空が見えた。抜けるような空はどこまでも青く……。足がぴたりと止まった。
「友永?」
「父様、あそこに何か」
見事な日本庭園の中にある大きなモミジの木は真っ赤に紅葉していた。その枝が、ざわざわと動いている。目を凝らせば、小さな体が枝の間を見え隠れしながら上へ上へと登っていく。
「ち、千晴様っ!」
──ちはる様? あれが?
父が叫ぶと、室内に人が行き交う。自分も父の後を追って走った。
外に出れば、モミジの木の下には、もう何人も人が立っていた。庭師が呼ばれ、脚立が運ばれた時には、するすると一人の子どもが降りて来た。
大きな瞳をした子だった。丸い頬にふわりと柔らかな髪が揺れる。
人々が息を飲んでいるうちに、子どもは一人で木の下まで降りた。そして、きょとんとした顔で辺りを見回して、真っ直ぐな目を向けてきた。
「やすい……。あれ、その子は?」
「友永です、千晴様。私の三番目の息子です」
千晴様は、すぐ目の前にやってきた。少しだけ自分より背が低く、とても可愛らしい顔をしている。大きな瞳は長い睫毛に縁どられているし、唇は桜色。一瞬、女子かと思ったが、目を逸らさずによく通る声で言った。
「ぼくは、芙蓉千晴だ。名は?」
「と、友永です」
「ともなが」
千晴様は確かめるようにもう一度、ゆっくりと名前を呼んだ。そして、にっこり笑った。
「うん! いい名だ!」
目の前に、太陽の光溢れる空が現れる。そんな眩しい微笑みだった。自分の主だと思うと、大きく胸が高鳴る。
それからすぐに、芙蓉家の当主夫妻の元に挨拶に行った。穏やかな優しい方々だったが、対面の挨拶が済んだ途端、千晴様はお説教をくらっていた。大人しくうつむいて聞いていたかと思えば、話が終わった途端にけろりとして立ち上がる。
「友永、行こう!」
「ど、どこへ?」
「おいで!」
一回り小さな手に引かれて、庭のモミジの木の真下まで来た。改めてじっくり見ると、モミジはこんなに大きくなるのかと思うぐらいの巨木だった。
「さっき千晴様が登ってらした木ですね。すごく大きい」
「うん。お前のことを主に報告してた」
「ぬし?」
「あれだ」
千晴様の指の先には、張り出した枝がある、枝からは何かがぶら下がっていた。真っ白で長い……。目を留めていると、するりと動く。
──白蛇?
背中がぞくっと震えた。白蛇と確かに目が合った気がして、すっと体から力が抜けていく。
「わ! 友永ッ!」
「へ、蛇、にがて……」
へなへなとその場に座りこんだ自分の背を、千晴様が一生懸命撫でてくれた。何度もごめん、と謝りながら。
「蛇が苦手だなんて思わなかった。このモミジの木のヌシは、庭を守っているって、いつも父さんたちが言うんだ。だから、ヌシに教えてた」
「おし、える?」
「今日は、ぼくの大事な従者が来るんだ、って」
「……だいじ」
胸の中が、ふわりと温かくなる。
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