『さよなら、彼に依存していた私―30日間の失恋回復ストーリー』

月下花音

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Day 10:さよなら、「一人で座れなかった」私

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 部屋の空気を変えたことで、私は少しだけ外の世界へ出る勇気を持つことができた。

 目的地は決めていた。彼とよく行った、近所のカフェ。

 二人のお気に入りの場所だった。

 あえてその場所へ一人で行くことは、私にとって次のステージへ進むための、避けては通れない試練のように思えた。

 ◇

 店のドアを開けると、カラン、と軽やかなベルの音が鳴った。

 コーヒー豆の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。店内は午後の光で満たされている。

 何も変わっていない。マスターの「いらっしゃい」という低い声も、壁にかかった古い時計の音も、すべてが記憶のままだった。

 違うのは、私の隣に彼がいない、ということだけ。

「いつもの席、空いてますよ」

 マスターが、カウンターの奥から優しく声をかけてくれた。

 二人でいつも座っていた、窓際の二人掛けのテーブル席。

 そこだけ、スポットライトが当たっているように見えた。

 一瞬、ためらった。別の席にしようか。

 でも、それでは意味がない。私は小さく頷き、その席へと向かった。

 ◇

 椅子を引く。向かい合わせの席。

 いつも彼が座っていた側に、今は誰もいない。

 窓の外を歩く人々の姿が、空っぽの椅子に反射して映っている。

 メニューを開く。彼はいつもブレンドで、私はカフェラテだった。

 今日は、ブラックコーヒーを頼んでみよう、と思った。

「ブラック、お願いします」

 甘いミルクに逃げるのは、もうやめだ。

 運ばれてきた黒い液体が、湯気と共に豊かな香りを立てている。

 カップを口に運ぶ。

 苦い。でも、それは別れたばかりに感じたような、世界を拒絶する味ではなかった。

 豆本来の持つ、深いコクと酸味。それを、ちゃんと味わうことができた。

 ◇

 一人で飲むコーヒーは、不思議な味がした。

 会話がない分、自分の思考がクリアになる。

 窓の外を眺め、道行く人々を観察する。

 カップを持つ指先の感触、コーヒーの香り、店内のBGM、自分の五感が研ぎ澄まされていくのがわかった。

 二人でいた時は、彼の話を聞き、彼の表情を見ることに夢中で、周りの景色なんてほとんど目に入っていなかった。

 同じ席に座っているのに、見える景色が、全く違う。

 私は今まで、彼というフィルターを通してしか、世界を見ていなかったのかもしれない。

 ◇

 コーヒーを飲み終え、本を少しだけ読んだ。

 驚くほど、穏やかな時間だった。

 思い出の場所がもたらす痛みは、確かにあった。でも、その痛みを、今の私は正面から受け止めることができていた。

「大丈夫だ」と、誰に言うでもなく心の中で呟く。

 昨日よりも、ほんの少しだけ、強くなれた気がした。

 会計を済ませて店を出る。「またどうぞ」というマスターの声に、今度は笑顔で会釈を返すことができた。

 帰り道、夕日が私の影を長く伸ばしていた。

 一人の影が、くっきりと地面に映っていた。

 それはもう、誰かの隣にある影ではなく、私だけの影だった。
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