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Day 21:さよなら、「動けなかった」私
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「大丈夫」という確信を得た翌朝、私は衝動的にランニングシューズの紐を結んでいた。
模様替えで部屋の空気は変わった。ヨガで呼吸も変わった。
でも、もっと根本的な何かが、身体の奥深くで疼いていた。
停滞していたエネルギーを、外へ、前へ、爆発させたい。
玄関のドアを開けると、ひんやりとした早朝の空気が肌を刺す。
まだ眠っている街。ヘッドフォンからは、昨日見つけた、私だけのためのサウンドトラックが流れ始めた。
ゆっくりと走り出す。
◇
最初は、身体が鉛のように重かった。
数メートル進むだけで息が切れる。足が、アスファルトに張り付くようだ。
やめようか。何度も思った。
でも、音楽が私を前へ、前へと押し出す。
ギターのストロークが心臓の鼓動と重なり、彼女の歌声が「まだ行ける」と囁く。
5分が過ぎ、10分が過ぎる頃。身体に、変化が訪れた。
苦しさのピークを越えた先で、ふっと、身体が軽くなる瞬間。
ランナーズハイ、というものだろうか。
足が勝手に前に進み、呼吸がリズムを取り戻す。
◇
流れていく景色。
いつもは車で通り過ぎるだけの道が、全く違う表情を見せる。
道端に咲く小さな花、古いアパートのベランダに干された洗濯物、新聞配達のバイクの音。
世界のディテールが、五感に直接流れ込んでくる。
生きている。
その実感が、足の裏から、太ももへ、そして全身へと駆け巡った。
汗が、額から流れ落ちる。塩辛い。
それは、悲しみや悔しさの涙とは全く違う、身体が生きている証だった
心臓が、ドクン、ドクンと力強く脈打っている。
この鼓動は、誰のためでもない、私自身が生きるための音だ。
◇
彼といた頃は、隣を歩く彼の歩幅に合わせていた。
でも今、私は私だけのリズムで、私だけのペースで、この地面を蹴っている。
公園を抜け、川沿いの道を走る。
朝焼けが、空と川面を同じオレンジ色に染め上げていた。
あまりの美しさに、思わず足が止まる。
ヘッドフォンを外し、大きく息を吸い込んだ。
身体中が、新しい空気で満たされていく。
もう、大丈夫だ。
昨日、鏡の前で得た確信が、今、全身の細胞レベルで肯定された。
私は、走れる。自分の足で、どこまでも。
◇
帰り道、足はもう限界だったけれど、心は信じられないほど軽かった。
部屋に戻り、シャワーを浴びる。
鏡に映ったのは、汗と紅潮でぐちゃぐちゃの顔。
でも、その瞳は、今までで一番強く輝いていた。
この身体的な疲労感と、精神的な高揚感。
私は、新しい中毒を見つけてしまったのかもしれない。
明日もまた、走ろう。昨日までの私を追い越すために。
模様替えで部屋の空気は変わった。ヨガで呼吸も変わった。
でも、もっと根本的な何かが、身体の奥深くで疼いていた。
停滞していたエネルギーを、外へ、前へ、爆発させたい。
玄関のドアを開けると、ひんやりとした早朝の空気が肌を刺す。
まだ眠っている街。ヘッドフォンからは、昨日見つけた、私だけのためのサウンドトラックが流れ始めた。
ゆっくりと走り出す。
◇
最初は、身体が鉛のように重かった。
数メートル進むだけで息が切れる。足が、アスファルトに張り付くようだ。
やめようか。何度も思った。
でも、音楽が私を前へ、前へと押し出す。
ギターのストロークが心臓の鼓動と重なり、彼女の歌声が「まだ行ける」と囁く。
5分が過ぎ、10分が過ぎる頃。身体に、変化が訪れた。
苦しさのピークを越えた先で、ふっと、身体が軽くなる瞬間。
ランナーズハイ、というものだろうか。
足が勝手に前に進み、呼吸がリズムを取り戻す。
◇
流れていく景色。
いつもは車で通り過ぎるだけの道が、全く違う表情を見せる。
道端に咲く小さな花、古いアパートのベランダに干された洗濯物、新聞配達のバイクの音。
世界のディテールが、五感に直接流れ込んでくる。
生きている。
その実感が、足の裏から、太ももへ、そして全身へと駆け巡った。
汗が、額から流れ落ちる。塩辛い。
それは、悲しみや悔しさの涙とは全く違う、身体が生きている証だった
心臓が、ドクン、ドクンと力強く脈打っている。
この鼓動は、誰のためでもない、私自身が生きるための音だ。
◇
彼といた頃は、隣を歩く彼の歩幅に合わせていた。
でも今、私は私だけのリズムで、私だけのペースで、この地面を蹴っている。
公園を抜け、川沿いの道を走る。
朝焼けが、空と川面を同じオレンジ色に染め上げていた。
あまりの美しさに、思わず足が止まる。
ヘッドフォンを外し、大きく息を吸い込んだ。
身体中が、新しい空気で満たされていく。
もう、大丈夫だ。
昨日、鏡の前で得た確信が、今、全身の細胞レベルで肯定された。
私は、走れる。自分の足で、どこまでも。
◇
帰り道、足はもう限界だったけれど、心は信じられないほど軽かった。
部屋に戻り、シャワーを浴びる。
鏡に映ったのは、汗と紅潮でぐちゃぐちゃの顔。
でも、その瞳は、今までで一番強く輝いていた。
この身体的な疲労感と、精神的な高揚感。
私は、新しい中毒を見つけてしまったのかもしれない。
明日もまた、走ろう。昨日までの私を追い越すために。
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2021/05/29 公開
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