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Day 23:さよなら、「追いかけてしまう」私
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その日、それは本当に偶然だった。
仕事の打ち合わせで訪れた、普段はあまり来ないエリア。駅に向かって雑踏の中を歩いていると、ふと、前方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
間違いない。少し猫背気味な歩き方、彼が好んで着ていたネイビーのジャケット、特徴的な髪の癖。
優也だった。
心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。全身の血が、逆流するような感覚。
身体が、反射的に動きかけた。
「優也!」
その名前を叫びそうになり、一歩、足を踏み出しかけた。
でも、その足は、アスファルトに縫い付けられたように、ぴたりと止まった。
追いかけて、どうする?
なんて声をかける?
どんな顔をすればいい?
彼の隣には、もしかしたら、あの女の子がいるかもしれない。
SNSで見た、笑顔の女性。
思考が、一瞬で頭の中を駆け巡る。
以前の私なら、きっと何も考えずに駆け寄っていただろう。泣いて、縋って、やり直したいと言ったかもしれない。
でも、今の私は、違った。
私は、ただ、その場に立ち尽くした。
彼が、ゆっくりと人混みの中に消えていくのを、最後まで見送った。
彼の背中は、もう私のものではない。私の知らない物語を、これから生きていく背中だ。
彼が完全に見えなくなった後も、私はしばらくその場から動けなかった。
胸が、痛くなかったわけではない。心臓はまだバクバクと鳴り、指先は冷たくなっていた。
でも、それ以上に、大きな安堵感と、ほんの少しの誇らしさが、私を包んでいた。
追いかけなかった。
自分の意志で、過去との接触を回避できた。
それは、彼を忘れたからではない。彼への気持ちが完全になくなったわけでもない。
ただ、私の人生の主導権が、完全に私自身に戻ってきた、という証だった。
彼に会うか会わないか、声をかけるかかけないか。その選択権は、今、この私にある。
駅のホームで電車を待ちながら、窓ガラスに映る自分の顔を見た。ショートボブの、知らない、でも力強い顔。
「よくやったね」
鏡の中の私が、そう言ってくれた。
電車が滑り込んでくる。乗り込んだ車両は、驚くほど空いていた。
まるで、私の新しい人生の始まりを、祝福してくれているみたいだった。
仕事の打ち合わせで訪れた、普段はあまり来ないエリア。駅に向かって雑踏の中を歩いていると、ふと、前方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
間違いない。少し猫背気味な歩き方、彼が好んで着ていたネイビーのジャケット、特徴的な髪の癖。
優也だった。
心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。全身の血が、逆流するような感覚。
身体が、反射的に動きかけた。
「優也!」
その名前を叫びそうになり、一歩、足を踏み出しかけた。
でも、その足は、アスファルトに縫い付けられたように、ぴたりと止まった。
追いかけて、どうする?
なんて声をかける?
どんな顔をすればいい?
彼の隣には、もしかしたら、あの女の子がいるかもしれない。
SNSで見た、笑顔の女性。
思考が、一瞬で頭の中を駆け巡る。
以前の私なら、きっと何も考えずに駆け寄っていただろう。泣いて、縋って、やり直したいと言ったかもしれない。
でも、今の私は、違った。
私は、ただ、その場に立ち尽くした。
彼が、ゆっくりと人混みの中に消えていくのを、最後まで見送った。
彼の背中は、もう私のものではない。私の知らない物語を、これから生きていく背中だ。
彼が完全に見えなくなった後も、私はしばらくその場から動けなかった。
胸が、痛くなかったわけではない。心臓はまだバクバクと鳴り、指先は冷たくなっていた。
でも、それ以上に、大きな安堵感と、ほんの少しの誇らしさが、私を包んでいた。
追いかけなかった。
自分の意志で、過去との接触を回避できた。
それは、彼を忘れたからではない。彼への気持ちが完全になくなったわけでもない。
ただ、私の人生の主導権が、完全に私自身に戻ってきた、という証だった。
彼に会うか会わないか、声をかけるかかけないか。その選択権は、今、この私にある。
駅のホームで電車を待ちながら、窓ガラスに映る自分の顔を見た。ショートボブの、知らない、でも力強い顔。
「よくやったね」
鏡の中の私が、そう言ってくれた。
電車が滑り込んでくる。乗り込んだ車両は、驚くほど空いていた。
まるで、私の新しい人生の始まりを、祝福してくれているみたいだった。
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2021/05/29 公開
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