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第1話:捨てられた俺と、拾われた俺
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「……ごめん、湊(みなと)。私たち、もう終わりにしよ?」
放課後の教室。
西日が差し込んで、舞い上がっている埃がキラキラと光る中で、幼馴染の朝比奈(あさひな)美咲(みさき)はそう切り出した。
唐突すぎて、俺――相沢(あいざわ)湊(みなと)は、間の抜けた声を上げるしかない。
「え……終わりって、別れるってことか? なんで急に」
「急じゃないよ。ずっと考えてたの」
美咲は窓枠に肘をついて、退屈そうに俺を見た。
「湊ってさ、優しすぎるんだよね」
「え?」
「私の言うこと何でも聞いてくれるし、荷物は持ってくれるし、お弁当まで作ってくれる。……正直、お母さんみたい」
その言葉が、ボディブローみたいに遅れて効いてくる。
ズン、と胃のあたりが重くなる。
「彼氏っていうか、便利屋? 一緒にいてもドキドキしないの。はっきり言って、つまらないんだよね」
つまらない。
その一言が、決定打だった。
俺が毎朝起こしに行ったのも、模試の時にお守り渡したのも、風邪引いた時にポカリ買って走ったのも。
全部、「刺激がない」「都合がいい」で処理されたわけだ。
「そういうことだから。あ、私もうサッカー部の拓海(たくみ)先輩と帰るから。じゃあね」
美咲は一方的に告げると、カバンを持って教室を出て行った。
残酷なほど軽い足取りだった。
残されたのは、俺と、美咲のために早起きして作った空のお弁当箱だけ。
「……つまらない、か」
誰もいない教室で、俺は力なく呟いた。
尽くすことが重いと言われ、優しさがつまらないと断じられた。
俺の価値って、何なんだろうか。
ズキズキと痛む胸を押さえながら、俺はふと時計を見る。
『18:00 仕事』
「……やば、もうこんな時間か」
感傷に浸っている暇はなかった。
俺にはこの後、どうしても外せない「仕事」がある。
これこそが、俺が「お母さん」になってしまった元凶であり、今の俺を社会的に繋ぎ止めている唯一の蜘蛛の糸。
俺は自分の頬をパチンと叩いた。
「行こう」
*
電車に揺られること二十分。
俺がたどり着いたのは、街の中心部にある高級タワーマンションだった。
オートロックを慣れた手つきで解除し、エレベーターで最上階へ向かう。
気圧の変化で耳がキーンとなる。
この浮遊感が、俺を少しだけ現実から切り離してくれる気がした。
『3502号室』。
インターホンは押さない。合鍵を持ってるから。
ガチャリ、と重厚なドアを開ける。
途端に、甘いバニラの匂いと、少し饐えたような生活臭が混ざった空気が流れ出してきた。
「お邪魔します……」
広い玄関。大理石の床。
その先に広がるリビングへ向かうと――。
「……遅い」
ソファーから何かがずり落ちていた。
いや、落ちているんじゃない。這いつくばっている生物がいる。
床に広がる長い銀髪。
毛玉だらけのグレーのジャージ。
そして、死んだ魚のような目。
「湊ぉ……死ぬ……餓死するぅ……」
その生物が、俺の足首を弱々しく掴んできた。
「……3分遅刻しただけだろ」
「その3分が命取りなの……私のライフはもうゼロよ……」
彼女の名前は、天道(てんどう)玲奈(れいな)。
学校では『氷の令嬢』と呼ばれ恐れられている高嶺の花だ。
だが、この部屋に入った瞬間、彼女はただの「介護が必要な幼児」に退化する。
「冷蔵庫にプリンありましたよね? とりあえずそれ食べてればよかったのに」
「やだ。湊のご飯じゃなきゃやだ。スプーン持つのもめんどくさい」
床をごろごろと転がり、俺の足元にすり寄ってくる姿は、まるで飼い主に甘える猫だ。
いや、猫の方がもっと自立してるな。
「飯、何がいい?」
「オムライス……とろとろのやつ……ケチャップでハート描いて……」
「はいはい」
俺はエプロンをつけ、キッチンに立った。
慣れた手つきで卵を割る。
コンコン、ジュワーッ。
バターの香りが、部屋の空気を上書きしていく。
この単純作業だけが、俺の無心になれる時間だった。
15分後。
完成したオムライスを前に、玲奈の死んだ目に光が戻った。
「いただきまぁす……! んん~っ! これこれぇ……!」
彼女は頬を膨らませて、恍惚の表情を浮かべた。
学校じゃ絶対に見せない、だらしない笑顔。
口の端にケチャップついてるし。
「……美味いか?」
「うんっ、世界一! 湊は天才だよ、国民栄誉賞もらえるよ!」
……単純なやつ。
でも、さっきミサに「つまらない」と切り捨てられた俺のスキルを、こいつは「世界一」と言って貪り食う。
その事実が、今の俺のスカスカな心に、少しだけ染みた。
「……ありがとな」
「ん? なんか言った?」
「別に」
俺はソファに沈み込んだ。疲れがどっと出た。
今日くらい、サボってもよかったかもしれない。
でも、こいつに餌付けしてる時だけは、自分が「必要な人間」だと思える気がしたんだ。
玲奈はオムライスを完食すると、満足げに腹をさすった。
そして、俺の顔をじっと覗き込んできた。
「……湊、なんか元気ないね?」
「そうか?」
「分かるよ。私の目は誤魔化せない。……なんかあった?」
鋭い。
配信でアンチコメを捌いてる時の、あの冷徹な観察眼だ。
俺は観念して、ボソッと言った。
「……振られたんだよ。ミサに」
「え」
時が止まった。
玲奈は目を見開いて、ポカンと口を開けた。
「……あのお母さん気取りの幼馴染に?」
「……お母さん気取りって言うな。まあ、それが理由で振られたんだけど」
「ふーん……」
玲奈は興味なさそうに視線を逸らした。
……慰めてくれるわけないか。こいつは他人に興味がないもんな。
俺は目を閉じた。
もう帰ろうかな。今日は疲れた。
だから、聞こえなかった。
玲奈が、クッションに顔を埋めながら、微かに口元を歪めて呟いた言葉を。
「……そっか。フリーになったんだ。……チャンスじゃん」
その声は、甘えてる時の猫なで声じゃなくて。
獲物を狙う、捕食者の響きを含んでいた。
(つづく)
放課後の教室。
西日が差し込んで、舞い上がっている埃がキラキラと光る中で、幼馴染の朝比奈(あさひな)美咲(みさき)はそう切り出した。
唐突すぎて、俺――相沢(あいざわ)湊(みなと)は、間の抜けた声を上げるしかない。
「え……終わりって、別れるってことか? なんで急に」
「急じゃないよ。ずっと考えてたの」
美咲は窓枠に肘をついて、退屈そうに俺を見た。
「湊ってさ、優しすぎるんだよね」
「え?」
「私の言うこと何でも聞いてくれるし、荷物は持ってくれるし、お弁当まで作ってくれる。……正直、お母さんみたい」
その言葉が、ボディブローみたいに遅れて効いてくる。
ズン、と胃のあたりが重くなる。
「彼氏っていうか、便利屋? 一緒にいてもドキドキしないの。はっきり言って、つまらないんだよね」
つまらない。
その一言が、決定打だった。
俺が毎朝起こしに行ったのも、模試の時にお守り渡したのも、風邪引いた時にポカリ買って走ったのも。
全部、「刺激がない」「都合がいい」で処理されたわけだ。
「そういうことだから。あ、私もうサッカー部の拓海(たくみ)先輩と帰るから。じゃあね」
美咲は一方的に告げると、カバンを持って教室を出て行った。
残酷なほど軽い足取りだった。
残されたのは、俺と、美咲のために早起きして作った空のお弁当箱だけ。
「……つまらない、か」
誰もいない教室で、俺は力なく呟いた。
尽くすことが重いと言われ、優しさがつまらないと断じられた。
俺の価値って、何なんだろうか。
ズキズキと痛む胸を押さえながら、俺はふと時計を見る。
『18:00 仕事』
「……やば、もうこんな時間か」
感傷に浸っている暇はなかった。
俺にはこの後、どうしても外せない「仕事」がある。
これこそが、俺が「お母さん」になってしまった元凶であり、今の俺を社会的に繋ぎ止めている唯一の蜘蛛の糸。
俺は自分の頬をパチンと叩いた。
「行こう」
*
電車に揺られること二十分。
俺がたどり着いたのは、街の中心部にある高級タワーマンションだった。
オートロックを慣れた手つきで解除し、エレベーターで最上階へ向かう。
気圧の変化で耳がキーンとなる。
この浮遊感が、俺を少しだけ現実から切り離してくれる気がした。
『3502号室』。
インターホンは押さない。合鍵を持ってるから。
ガチャリ、と重厚なドアを開ける。
途端に、甘いバニラの匂いと、少し饐えたような生活臭が混ざった空気が流れ出してきた。
「お邪魔します……」
広い玄関。大理石の床。
その先に広がるリビングへ向かうと――。
「……遅い」
ソファーから何かがずり落ちていた。
いや、落ちているんじゃない。這いつくばっている生物がいる。
床に広がる長い銀髪。
毛玉だらけのグレーのジャージ。
そして、死んだ魚のような目。
「湊ぉ……死ぬ……餓死するぅ……」
その生物が、俺の足首を弱々しく掴んできた。
「……3分遅刻しただけだろ」
「その3分が命取りなの……私のライフはもうゼロよ……」
彼女の名前は、天道(てんどう)玲奈(れいな)。
学校では『氷の令嬢』と呼ばれ恐れられている高嶺の花だ。
だが、この部屋に入った瞬間、彼女はただの「介護が必要な幼児」に退化する。
「冷蔵庫にプリンありましたよね? とりあえずそれ食べてればよかったのに」
「やだ。湊のご飯じゃなきゃやだ。スプーン持つのもめんどくさい」
床をごろごろと転がり、俺の足元にすり寄ってくる姿は、まるで飼い主に甘える猫だ。
いや、猫の方がもっと自立してるな。
「飯、何がいい?」
「オムライス……とろとろのやつ……ケチャップでハート描いて……」
「はいはい」
俺はエプロンをつけ、キッチンに立った。
慣れた手つきで卵を割る。
コンコン、ジュワーッ。
バターの香りが、部屋の空気を上書きしていく。
この単純作業だけが、俺の無心になれる時間だった。
15分後。
完成したオムライスを前に、玲奈の死んだ目に光が戻った。
「いただきまぁす……! んん~っ! これこれぇ……!」
彼女は頬を膨らませて、恍惚の表情を浮かべた。
学校じゃ絶対に見せない、だらしない笑顔。
口の端にケチャップついてるし。
「……美味いか?」
「うんっ、世界一! 湊は天才だよ、国民栄誉賞もらえるよ!」
……単純なやつ。
でも、さっきミサに「つまらない」と切り捨てられた俺のスキルを、こいつは「世界一」と言って貪り食う。
その事実が、今の俺のスカスカな心に、少しだけ染みた。
「……ありがとな」
「ん? なんか言った?」
「別に」
俺はソファに沈み込んだ。疲れがどっと出た。
今日くらい、サボってもよかったかもしれない。
でも、こいつに餌付けしてる時だけは、自分が「必要な人間」だと思える気がしたんだ。
玲奈はオムライスを完食すると、満足げに腹をさすった。
そして、俺の顔をじっと覗き込んできた。
「……湊、なんか元気ないね?」
「そうか?」
「分かるよ。私の目は誤魔化せない。……なんかあった?」
鋭い。
配信でアンチコメを捌いてる時の、あの冷徹な観察眼だ。
俺は観念して、ボソッと言った。
「……振られたんだよ。ミサに」
「え」
時が止まった。
玲奈は目を見開いて、ポカンと口を開けた。
「……あのお母さん気取りの幼馴染に?」
「……お母さん気取りって言うな。まあ、それが理由で振られたんだけど」
「ふーん……」
玲奈は興味なさそうに視線を逸らした。
……慰めてくれるわけないか。こいつは他人に興味がないもんな。
俺は目を閉じた。
もう帰ろうかな。今日は疲れた。
だから、聞こえなかった。
玲奈が、クッションに顔を埋めながら、微かに口元を歪めて呟いた言葉を。
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