幼馴染に「つまらない」と捨てられた俺、実は学校一のクール美少女(正体は超人気覆面配信者)の「生活管理係」でした。

月下花音

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第2話:俺しか知らない彼女の素顔

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 翌日。
 学校はいつものように、気だるい空気に包まれていた。

 俺は昨日の失恋を引きずり……たいところだったが、そんな暇はなかった。
 朝5時に起きて玲奈の朝食(和食セット)を作り、ゴミ出しをし、洗濯機を回してから登校したからだ。
 感傷に浸るエネルギーすら残っていない。

 教室に入ると、空気が少し冷たかった。
 窓際の席に、天道玲奈が座っているからだ。

 背筋をピンと伸ばし、文庫本を読んでいるその姿は、まさに『氷の令嬢』。
 銀髪が朝日で透き通り、近寄りがたいオーラを放っている。
 クラスの男子たちが「今日も綺麗だな……」「話しかけるなよ、氷漬けにされるぞ」とヒソヒソ噂している。

 ……あいつ、さっきまでヨダレ垂らして二度寝しようとしてたくせに。
 俺が無理やり引っ剥がして洗面所に放り込んだのを、もう忘れているのか。

 俺が席に着くと、少し離れた席の玲奈と一瞬だけ目が合った。
 彼女は全く表情を変えず、また本に視線を戻した。
 完璧な「赤の他人」ムーブだ。

 これが俺たちの契約条件の一つ。
 『学校では一切関わらないこと』。
 当然だ。学校一の有名人と、地味な俺が繋がっているなんてバレたら、俺の平穏な高校生活が終わる。

 昼休み。
 俺は購買で買ったパンを齧りながら、スマホを見た。
 『CINEベンチ』の結果みたいな無機質な通知画面に、一件のメッセージが入ってくる。

 『LINE:玲奈』
 『(画像添付)』

 開くと、空っぽになった弁当箱の写真だった。
 米の一粒も残っていない。

 『生き返った。これがないと午後の授業で干からびて死んでた。湊は私の生命維持装置』

 ……重い。
 そして「美味しい」とかじゃなくて「生存報告」なのがこいつらしい。

 俺はふと、窓際を見た。
 玲奈は一人で優雅に昼食を終え、また読書に戻っている。
 周りの女子たちが「天道さん、今日のお弁当も素敵なお店のですか?」と話しかけているのが聞こえた。

「……ええ。シェフの気まぐれランチよ」

 玲奈は涼しい顔で嘘をついた。
 シェフって俺のことかよ。しかも気まぐれじゃねえよ、栄養バランス計算し尽くしたアスリート並みの管理食だよ。

 でも、その横顔を見て、俺は少しだけニヤけてしまった。
 学校中の誰も知らない。
 あの完璧な美少女の胃袋を満たしているのが、この冴えない俺だということを。

 それは、失った自尊心を埋めるには十分すぎる優越感だった。
 ……俺も大概、性格悪いな。

 その時。
 教室の入り口が騒がしくなった。

「湊ー! ちょっといい?」

 聞き覚えのある声。
 幼馴染のミサだ。
 隣には、サッカー部の拓海先輩もいる。

 教室の空気が凍った。
 俺が昨日振られたことは、もうクラス中に知れ渡っているらしい。

「……なんだよ」
「あのさ、教科書貸してくれない? 次の授業で忘れたの気づいて」

 悪びれもせず言ってきた。
 昨日あれだけ酷い振り方をしておいて、よく平気で頼み事ができるな。
 昔からそうだ。こいつは俺を「便利な道具」としか思っていない。

 断ろうとした、その時。

 ガタッ。

 窓際で大きな音がした。
 玲奈が席を立った音だ。

 彼女は無表情のまま、真っ直ぐにこちらへ歩いてくる。
 カツ、カツ、とローファーの音が響く。
 教室が静まり返る。
 『氷の令嬢』が、なんの用だ?

 玲奈は俺たちの前で立ち止まると、氷のような視線をミサに向けた。

「……うるさい」

「え?」
「読書の邪魔。教科書くらい自分で管理したら? ……みっともない」

 低い、絶対零度の声。
 ミサが威圧されて後ずさる。
 拓海先輩も「な、なんだよ天道……」とビビっている。

 玲奈はミサを一瞥もせず、俺の方を向いた。
 一瞬だけ。
 本当に一瞬だけ、その瞳が「よく我慢したね」と褒められた気がした。

 そして彼女は、何事もなかったかのように教室を出て行った。
 残されたのは、真っ赤な顔で震えるミサと、呆然とする俺たちだけ。

 ポケットの中で、スマホが震えた。

 『LINE:玲奈』
 『あの女、嫌い。私の生命維持装置に気軽に触らないでほしい』

 ……独占欲が凄い。
 でも、その重さが、今の俺には心地よかった。
 俺はスマホを握りしめ、小さく息を吐いた。

(つづく)
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