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第7話:世界が聞いた氷の令嬢の「独占宣言」
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その夜の配信は、長時間に及ぶホラーゲーム実況だった。
『レイ・スカイウォーカー』の人気の秘訣は、クールな声質と、幽霊が出ても全く動じない鉄の心臓だ。
今日も彼女は、絶叫する視聴者を尻目に、淡々とクリア画面まで辿り着いた。
『……ふぅ。というわけで、今夜は見回りお疲れ様でした。今日はここまで。おやすみなさい』
彼女は慣れた手つきでエンディングトークを締め、配信停止ボタンをクリックした。
……はずだった。
クリック音が響き、彼女はヘッドセットを外して、大きく背伸びをした。
防音室の重い空気が、ふっと緩む瞬間だ。
「……あー、疲れた。肩凝った……」
玲奈は椅子をくるりと回転させ、後ろに控えていた俺の方を向いた。
その顔には、もう「レイ」の面影はない。
完全に甘えモードに入った、俺だけの玲奈だ。
「湊ぉ……充電してぇ……」
「はいはい、お疲れさん」
俺は苦笑しながら、彼女にホットミルクを差し出した。
玲奈はそれを受け取らず、俺の腰に抱きついてきた。
座ったままの彼女の顔が、俺の腹のあたりに埋まる。
「……ねえ、湊」
「ん?」
「今日、学校でさ。……あの元カノ、湊のこと見てた」
ドキッとした。
あの調理実習のことか。
「……見てただけだろ」
「ううん、違う。あれは『後悔』の目。……捨てたくせに、他の人が美味しそうに食べてると欲しくなる、卑しい目」
玲奈の声は、くぐもっていたけれど、はっきりとした怒気を孕んでいた。
彼女の指が、俺の服の裾を強く握りしめる。
「……ムカつく。湊のご飯の味も知らないくせに。湊のシャツの匂いも、寝癖のついた前髪の可愛さも、なんにも知らないくせに」
彼女は顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見上げた。
その距離、わずか数センチ。
甘いバニラの香りが、俺の理性を揺さぶる。
「……凑は、私のものだよね?」
「……契約上はな」
「契約なんて紙切れどうでもいい。……心臓も、胃袋も、全部私のでしょ?」
重い。
最高に重くて、甘美な独占欲。
俺はその重圧に心地よさを感じながら、彼女の髪を撫でた。
「ああ。……今はお前だけのものだよ」
その言葉を聞いた瞬間、玲奈は蕩けるような笑顔を見せた。
そして、俺の首に手を回し、耳元で囁いた。
「……大好き。愛してるよ、湊。……一生、私のお世話係でいてね」
チュッ。
リップ音が、静かな防音室に響いた。
頬に柔らかい感触が残る。
「……バカ。……早く寝ろ」
「えへへ……」
俺たちは、二人だけの秘密の時間を満喫していた。
そう、二人だけだと思っていた。
その時。
俺の視線の端で、サブモニターのコメント欄が、異常な速度で流れているのが見えた。
滝?
いや、濁流だ。
文字が読めないほどのスピードで、何かが流れている。
俺は背筋が凍るのを感じた。
恐る恐る、メインモニターを見る。
『LIVE』
赤いインジケーターが、点灯していた。
ボタンの接触不良か、クリックが浅かったのか。
配信は、終わっていなかった。
「……え」
俺の口から、乾いた音が漏れた。
玲奈が不思議そうに俺を見る。
俺は震える指で、モニターを指差した。
コメント欄が、爆発していた。
『!?!?!?!?』
『おい今の聞いたか!?』
『「大好き」って言ったぞおおおおおお!』
『「湊」って誰だ!?』
『キスした!? 今リップ音したよな!?』
『「一生私のお世話係」……プロポーズかよ!』
『てか、あのクールなレイちゃんが、こんなデレデレな声出すの!?』
『ギャップ萌えで死んだ』
『横に男いるの確定演出wwww』
『終わった……俺たちのアイドルが終わった……いや、むしろ始まった!?』
数万人の視聴者が、目撃していた。
氷の令嬢が溶けて、一人の男に「愛してる」と囁く瞬間を。
あの重たい独占欲剥き出しのセリフを。
「……れ、玲奈」
「なぁに?」
「……配信、切れてない」
玲奈の顔から、血の気が引いていくのが分かった。
彼女はゆっくりと、自分の背後にあるモニターを振り返り――。
そして、硬直した。
『あ、気づいたw』
『顔面蒼白で草』
『レイちゃん、僕たち全部聞いてたよ……』
絶望的な静寂。
だが、その静寂を破ったのは、玲奈の悲鳴ではなかった。
彼女は、真っ赤な顔で、カメラを睨みつけたのだ。
そして、開き直ったように、マイクに向かって言い放った。
「……そ、そうよ! 悪い!?」
『!?』
『キレたwww』
「湊は私のなの! 誰にも渡さないんだから! ……文句あるなら言いなさいよ!」
ブチッ。
今度こそ、彼女は電源ケーブルを引き抜く勢いで配信を切った。
プツンという音と共に、部屋に本当の静寂が戻った。
俺たちは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
終わった。
俺の平穏な「裏方生活」が、音を立てて崩れ去った。
明日から、世界が変わる。
玲奈は、沸騰しそうなほど赤い顔で、俺の胸に顔を埋めた。
「……もう、お嫁に行けない」
「……行かなくていいよ。俺が責任取るしかねえだろ、これ」
俺は溜息をつき、彼女を強く抱きしめ返した。
もう、隠すことなんてできない。
なら、いっそ堂々と、この重たい愛を受け止めるしかない。
これが、俺と彼女の「公開交際」の始まりだった。
(つづく)
『レイ・スカイウォーカー』の人気の秘訣は、クールな声質と、幽霊が出ても全く動じない鉄の心臓だ。
今日も彼女は、絶叫する視聴者を尻目に、淡々とクリア画面まで辿り着いた。
『……ふぅ。というわけで、今夜は見回りお疲れ様でした。今日はここまで。おやすみなさい』
彼女は慣れた手つきでエンディングトークを締め、配信停止ボタンをクリックした。
……はずだった。
クリック音が響き、彼女はヘッドセットを外して、大きく背伸びをした。
防音室の重い空気が、ふっと緩む瞬間だ。
「……あー、疲れた。肩凝った……」
玲奈は椅子をくるりと回転させ、後ろに控えていた俺の方を向いた。
その顔には、もう「レイ」の面影はない。
完全に甘えモードに入った、俺だけの玲奈だ。
「湊ぉ……充電してぇ……」
「はいはい、お疲れさん」
俺は苦笑しながら、彼女にホットミルクを差し出した。
玲奈はそれを受け取らず、俺の腰に抱きついてきた。
座ったままの彼女の顔が、俺の腹のあたりに埋まる。
「……ねえ、湊」
「ん?」
「今日、学校でさ。……あの元カノ、湊のこと見てた」
ドキッとした。
あの調理実習のことか。
「……見てただけだろ」
「ううん、違う。あれは『後悔』の目。……捨てたくせに、他の人が美味しそうに食べてると欲しくなる、卑しい目」
玲奈の声は、くぐもっていたけれど、はっきりとした怒気を孕んでいた。
彼女の指が、俺の服の裾を強く握りしめる。
「……ムカつく。湊のご飯の味も知らないくせに。湊のシャツの匂いも、寝癖のついた前髪の可愛さも、なんにも知らないくせに」
彼女は顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見上げた。
その距離、わずか数センチ。
甘いバニラの香りが、俺の理性を揺さぶる。
「……凑は、私のものだよね?」
「……契約上はな」
「契約なんて紙切れどうでもいい。……心臓も、胃袋も、全部私のでしょ?」
重い。
最高に重くて、甘美な独占欲。
俺はその重圧に心地よさを感じながら、彼女の髪を撫でた。
「ああ。……今はお前だけのものだよ」
その言葉を聞いた瞬間、玲奈は蕩けるような笑顔を見せた。
そして、俺の首に手を回し、耳元で囁いた。
「……大好き。愛してるよ、湊。……一生、私のお世話係でいてね」
チュッ。
リップ音が、静かな防音室に響いた。
頬に柔らかい感触が残る。
「……バカ。……早く寝ろ」
「えへへ……」
俺たちは、二人だけの秘密の時間を満喫していた。
そう、二人だけだと思っていた。
その時。
俺の視線の端で、サブモニターのコメント欄が、異常な速度で流れているのが見えた。
滝?
いや、濁流だ。
文字が読めないほどのスピードで、何かが流れている。
俺は背筋が凍るのを感じた。
恐る恐る、メインモニターを見る。
『LIVE』
赤いインジケーターが、点灯していた。
ボタンの接触不良か、クリックが浅かったのか。
配信は、終わっていなかった。
「……え」
俺の口から、乾いた音が漏れた。
玲奈が不思議そうに俺を見る。
俺は震える指で、モニターを指差した。
コメント欄が、爆発していた。
『!?!?!?!?』
『おい今の聞いたか!?』
『「大好き」って言ったぞおおおおおお!』
『「湊」って誰だ!?』
『キスした!? 今リップ音したよな!?』
『「一生私のお世話係」……プロポーズかよ!』
『てか、あのクールなレイちゃんが、こんなデレデレな声出すの!?』
『ギャップ萌えで死んだ』
『横に男いるの確定演出wwww』
『終わった……俺たちのアイドルが終わった……いや、むしろ始まった!?』
数万人の視聴者が、目撃していた。
氷の令嬢が溶けて、一人の男に「愛してる」と囁く瞬間を。
あの重たい独占欲剥き出しのセリフを。
「……れ、玲奈」
「なぁに?」
「……配信、切れてない」
玲奈の顔から、血の気が引いていくのが分かった。
彼女はゆっくりと、自分の背後にあるモニターを振り返り――。
そして、硬直した。
『あ、気づいたw』
『顔面蒼白で草』
『レイちゃん、僕たち全部聞いてたよ……』
絶望的な静寂。
だが、その静寂を破ったのは、玲奈の悲鳴ではなかった。
彼女は、真っ赤な顔で、カメラを睨みつけたのだ。
そして、開き直ったように、マイクに向かって言い放った。
「……そ、そうよ! 悪い!?」
『!?』
『キレたwww』
「湊は私のなの! 誰にも渡さないんだから! ……文句あるなら言いなさいよ!」
ブチッ。
今度こそ、彼女は電源ケーブルを引き抜く勢いで配信を切った。
プツンという音と共に、部屋に本当の静寂が戻った。
俺たちは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
終わった。
俺の平穏な「裏方生活」が、音を立てて崩れ去った。
明日から、世界が変わる。
玲奈は、沸騰しそうなほど赤い顔で、俺の胸に顔を埋めた。
「……もう、お嫁に行けない」
「……行かなくていいよ。俺が責任取るしかねえだろ、これ」
俺は溜息をつき、彼女を強く抱きしめ返した。
もう、隠すことなんてできない。
なら、いっそ堂々と、この重たい愛を受け止めるしかない。
これが、俺と彼女の「公開交際」の始まりだった。
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