幼馴染に「つまらない」と捨てられた俺、実は学校一のクール美少女(正体は超人気覆面配信者)の「生活管理係」でした。

月下花音

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第8話:賞味期限切れのプライド

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 翌日。
 学校は、妙な熱気に包まれていた。
 『レイ・スカイウォーカー』の昨夜の放送事故。
 ネットニュースにもなり、SNSのトレンドも独占。
 「相手は誰だ!?」「通ってる高校はどこだ!?」と特定班が動き回っているらしい。

 だが、灯台下暗し。
 まさかその相手が、クラスの隅で死んだ目をしている俺だとは、誰も思うまい。

 俺は極力気配を消して、移動教室へ向かっていた。
 その時だ。

「……ねえ、湊」

 階段の踊り場で、行く手を阻まれた。
 朝比奈美咲だ。
 昨日の調理実習以来、目が合うのを避けていたはずなのに、今日は真正面から待ち伏せしていた。

「……何?」
「ちょっと、話聞いてよ」

 ミサは、さも当然のように俺の袖を掴んだ。
 その慣れ親しんだ手つきに、俺は違和感を覚えた。
 ……軽い。
 玲奈が掴んでくる時の、あの「重力」みたいな必死さが全くない。

「拓海先輩ってば、マジありえないの。昨日もデートでさ、私の足が痛いのに全然気づかないし、自分の話ばっかだし」

 彼女はため息をついて、上目遣いに俺を見た。

「やっぱり、湊じゃないとダメかも。……私のこと、一番わかってくれるの、湊じゃん?」

 出た。
 彼女の得意技、「不幸自慢からの甘え」。
 昔の俺なら、これを聞いて「可哀想に」「俺が慰めてやるよ」とチョロく絆されていた。

 でも今は。

「……で? それがどうした」
「え?」

 俺の口から出たのは、冷え切った言葉だった。
 
 冷たいんじゃない。
 興味がないんだ。
 彼女の声が、妙に薄っぺらく聞こえる。
 まるで、圧縮率を間違えた低音質の音声ファイルみたいに、心に響かない。

「ど、どうしたって……友達でしょ? 相談くらい乗ってくれても……」
「友達?」

 俺は笑いそうになった。
 一方的に振っておいて、都合が悪くなったら友達枠で再利用か。
 リサイクルショップじゃないんだぞ、俺の人生は。

「俺、忙しいんだ。お前の彼氏の愚痴を聞いてる暇はない」

 俺は彼女の手を振り払おうとした。
 その時。

 ヒュッ、と空気が凍った。

 階段の上から、誰かが降りてくる気配。
 足音はない。
 ただ、絶対零度の冷気だけが漂ってくる。

「……どいて」

 玲奈だった。
 抱えていた資料を胸に押し当て、階段の上からミサを見下ろしている。
 その目は、完全に「汚物」を見る目だった。

「て、天道さん……?」
「邪魔。そこ通れない」
「あ、ご、ごめんなさい……」

 ミサが慌てて道を空ける。
 クラスカースト最上位の『氷の令嬢』には、さすがのミサも逆らえない。

 玲奈はゆっくりと階段を降りてきた。
 俺とミサの間を通り過ぎる。
 その瞬間。

 ピタリ、と足を止めた。

 彼女はミサには目もくれず、俺の方だけを見て言った。

「……湊。今日の夕飯、グラタンがいい」
「え?」
「ホワイトソース、ダマにならないようにしてね。……楽しみにしてる」

 それだけ言い残して、彼女は去っていった。
 
 グラタン。
 それはただの夕飯のリクエストだ。
 でも、このタイミングでの発言は、明確な「マウント」だった。

 『こいつの胃袋を握ってるのは私だ』
 『こいつの夜の時間を支配してるのは私だ』
 
 そう宣言したに等しい。

 ミサが、ポカンとして俺を見ている。

「……え? 湊、今の何? 天道さんと……知り合いなの?」
「……さあな」

 俺は肩をすくめた。
 
「ただ、俺は忙しいってことだ。誰かさんの世話をする時間なんてもうない」

 俺は呆然とするミサを残して、階段を降りた。
 
 背中で、ミサの小さな声が聞こえた気がした。
 「なんで……?」という、悔しさと困惑が入り混じった声が。

 でも、俺の足取りは軽かった。
 重たいヒロインに振り回されているはずなのに、どうしてこんなに足が軽いんだろうな。
 
 ポケットの中でスマホが震えた。
 
 『LINE:玲奈』
 『今撃退した。褒めて』
 『スタンプ(ドヤ顔の猫)』

 俺は吹き出しそうになるのを堪えて、画面を閉じた。
 
 ……ああ、グラタンか。
 マカロニ買って帰らないとな。

(つづく)
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