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第一章 捨てられた俺と、ポンコツ美少女の生活管理係
第9話:泥沼へのダイブ
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放課後のスーパーマーケット。
俺は買い物カゴに、スポーツドリンク、レトルトのお粥、冷却シート、そして食べやすそうなゼリーを次々と放り込んでいた。
緊急事態だ。
昼休みに玲奈から『死ぬ』という短文のLINEが来た。
慌てて電話したら、掠れた声で「熱……38度……」という報告。
あの頑丈(に見える)玲奈がダウンするなんて、よっぽどのことだ。
レジへ急ごうとした時だった。
「あれ、湊?」
聞き飽きた声。ミサだ。
彼女は俺のカゴの中身を見て、パァっと顔を明るくした。
「え、すごい偶然! 私もちょうど今、LINEしようと思ってたんだけど……なんで分かったの?」
「は?」
「昨日の夜からちょっと喉痛くてさー。え、これ私のために買ってきてくれたの? やっぱり湊ってエスパー?」
ミサは上機嫌で、自分の髪を弄った。
……なるほど。
彼女の中では、俺はまだ「ミサの体調を常に気遣う都合のいい幼馴染」のままらしい。
その自信過剰な思考回路には、ある種の感動すら覚える。
「……悪いけど、違う」
「え?」
「これ、人から頼まれた分だから。お前用じゃない」
俺は冷たく言い放ち、彼女の横を素通りした。
「は? ちょっと待ってよ! 人って誰よ! そんな必死な顔して……」
ミサの喚く声が背中に刺さるが、無視だ。
今の俺の脳内リソースは、マンションで唸っているポンコツ令嬢のことで埋まっている。
元カノの喉の痛みなんて、OSのアップデートログくらいどうでもいい。
*
『3502号室』。
合鍵で入ると、部屋はムッとした熱気に包まれていた。
暖房が効きすぎている上に、加湿器が最大出力で回っている。
甘いバニラの香りが、汗の酸っぱい匂いと混ざって、濃厚で少し不快な「他人の生活臭」になっていた。
「……玲奈?」
リビングにはいない。
俺は寝室へ向かった。
キングサイズのベッドの真ん中に、小さな塊があった。
「……みなとぉ……?」
布団から顔を出した玲奈は、ひどい有様だった。
銀髪は汗で額に張り付き、頬は林檎みたいに赤い。
目は虚ろで、呼吸が荒い。
いつもの冷徹な『氷の令嬢』の面影はゼロ。ただの「高熱にうなされる子供」だ。
「遅い……死ぬかと思った……」
「悪かったよ。ほら、水」
俺は彼女の上半身を起こし、スポーツドリンクを飲ませた。
彼女は震える手でペットボトルを掴み、貪るように飲んだ。
口の端から液体がこぼれて、パジャマの襟元を濡らす。
「……ふぅ……生き返った……」
「熱、何度だ?」
「わかんない……測ってない……」
「測れよ」
俺は体温計を彼女の脇にねじ込んだ。
数十秒後、電子音が鳴る。
『38.9℃』。
「うわ……結構いったな」
「んぅ……頭ガンガンする……湊、頭ちぎって変えて……」
「アンパンマンじゃないんだから無理だ」
俺は冷却シートを剥がし、彼女の熱い額に貼り付けた。
ひやりとした感触に、玲奈が「んんっ」と色っぽい声を漏らす。
「汗すごいな。着替えるか?」
「……動けない。湊がやって」
当然のように言われた。
……まあ、緊急事態だしな。
俺はタンスから新しいパジャマを取り出し、彼女の服に手を掛けた。
汗に濡れた肌。
熱を帯びた白い肢体。
ドキドキするというより、「こいつ、本当に無防備だな」という呆れの方が強かった。
俺が襲ったらどうするつもりなんだ。全く警戒していない。
着替えさせながら、蒸しタオルで背中を拭く。
「……ん、気持ちいい……」
玲奈は俺の腕に体重を預け、猫みたいに喉を鳴らした。
その重みと熱さが、俺に現実を突きつける。
学校のアイドル、ネットの歌姫、高嶺の花。
そんな肩書きの裏にある、この生々しい「人間」としての重み。
それを今、独占して支えているのは、俺しかいない。
「……ねえ、湊」
着替え終わり、再びベッドに横になった玲奈が、俺の袖を掴んだ。
握力が強い。爪が食い込むくらい必死だ。
「……帰らないで」
「粥作ったら帰るよ。明日も学校だし」
「やだ。ここにいて」
彼女は潤んだ瞳で俺を睨みつけた。
熱のせいで理性が飛んでいるのか、本音がダダ漏れだ。
「一人だと怖い……また、誰もいなくなっちゃう夢見るの……」
「……」
「美咲なんかに渡さない……湊は私のなの……私の方が、湊を必要としてるもん……!」
子供みたいな駄々捏ね。
でも、その言葉は俺の中の「空洞」にぴたりとハマった。
ミサは俺を「便利」だと言った。
でも玲奈は、俺を「必要」だと言う。
「便利」と「必要」。似ているようで、その意味は天と地ほど違う。
俺は観念して、ベッドの縁に座った。
「……分かった。今日はいるよ」
「本当?」
「ああ。粥食べて、薬飲んで寝るまでな」
玲奈は安心したように顔を緩め、俺の手を両手で包み込んだ。
彼女の手の熱さが、俺の手にも伝染してくる。
「……湊、だーいすき」
彼女はそのまま、俺の手を枕代わりにして目を閉じた。
すぐに安らかな寝息が聞こえてくる。
俺は動けなかった。
手を抜こうと思えば抜けるけど、そうしたら彼女が起きそうで。
……いや、違うな。
俺自身が、この熱い鎖から離れたくないんだ。
部屋には、加湿器の水蒸気の音だけが響いている。
この泥沼のような共依存の温もりが、今の俺には心地よかった。
外では、俺を待っているミサがいるかもしれない。
でも、俺が帰る場所は、もうここしかないような気がした。
(つづく)
俺は買い物カゴに、スポーツドリンク、レトルトのお粥、冷却シート、そして食べやすそうなゼリーを次々と放り込んでいた。
緊急事態だ。
昼休みに玲奈から『死ぬ』という短文のLINEが来た。
慌てて電話したら、掠れた声で「熱……38度……」という報告。
あの頑丈(に見える)玲奈がダウンするなんて、よっぽどのことだ。
レジへ急ごうとした時だった。
「あれ、湊?」
聞き飽きた声。ミサだ。
彼女は俺のカゴの中身を見て、パァっと顔を明るくした。
「え、すごい偶然! 私もちょうど今、LINEしようと思ってたんだけど……なんで分かったの?」
「は?」
「昨日の夜からちょっと喉痛くてさー。え、これ私のために買ってきてくれたの? やっぱり湊ってエスパー?」
ミサは上機嫌で、自分の髪を弄った。
……なるほど。
彼女の中では、俺はまだ「ミサの体調を常に気遣う都合のいい幼馴染」のままらしい。
その自信過剰な思考回路には、ある種の感動すら覚える。
「……悪いけど、違う」
「え?」
「これ、人から頼まれた分だから。お前用じゃない」
俺は冷たく言い放ち、彼女の横を素通りした。
「は? ちょっと待ってよ! 人って誰よ! そんな必死な顔して……」
ミサの喚く声が背中に刺さるが、無視だ。
今の俺の脳内リソースは、マンションで唸っているポンコツ令嬢のことで埋まっている。
元カノの喉の痛みなんて、OSのアップデートログくらいどうでもいい。
*
『3502号室』。
合鍵で入ると、部屋はムッとした熱気に包まれていた。
暖房が効きすぎている上に、加湿器が最大出力で回っている。
甘いバニラの香りが、汗の酸っぱい匂いと混ざって、濃厚で少し不快な「他人の生活臭」になっていた。
「……玲奈?」
リビングにはいない。
俺は寝室へ向かった。
キングサイズのベッドの真ん中に、小さな塊があった。
「……みなとぉ……?」
布団から顔を出した玲奈は、ひどい有様だった。
銀髪は汗で額に張り付き、頬は林檎みたいに赤い。
目は虚ろで、呼吸が荒い。
いつもの冷徹な『氷の令嬢』の面影はゼロ。ただの「高熱にうなされる子供」だ。
「遅い……死ぬかと思った……」
「悪かったよ。ほら、水」
俺は彼女の上半身を起こし、スポーツドリンクを飲ませた。
彼女は震える手でペットボトルを掴み、貪るように飲んだ。
口の端から液体がこぼれて、パジャマの襟元を濡らす。
「……ふぅ……生き返った……」
「熱、何度だ?」
「わかんない……測ってない……」
「測れよ」
俺は体温計を彼女の脇にねじ込んだ。
数十秒後、電子音が鳴る。
『38.9℃』。
「うわ……結構いったな」
「んぅ……頭ガンガンする……湊、頭ちぎって変えて……」
「アンパンマンじゃないんだから無理だ」
俺は冷却シートを剥がし、彼女の熱い額に貼り付けた。
ひやりとした感触に、玲奈が「んんっ」と色っぽい声を漏らす。
「汗すごいな。着替えるか?」
「……動けない。湊がやって」
当然のように言われた。
……まあ、緊急事態だしな。
俺はタンスから新しいパジャマを取り出し、彼女の服に手を掛けた。
汗に濡れた肌。
熱を帯びた白い肢体。
ドキドキするというより、「こいつ、本当に無防備だな」という呆れの方が強かった。
俺が襲ったらどうするつもりなんだ。全く警戒していない。
着替えさせながら、蒸しタオルで背中を拭く。
「……ん、気持ちいい……」
玲奈は俺の腕に体重を預け、猫みたいに喉を鳴らした。
その重みと熱さが、俺に現実を突きつける。
学校のアイドル、ネットの歌姫、高嶺の花。
そんな肩書きの裏にある、この生々しい「人間」としての重み。
それを今、独占して支えているのは、俺しかいない。
「……ねえ、湊」
着替え終わり、再びベッドに横になった玲奈が、俺の袖を掴んだ。
握力が強い。爪が食い込むくらい必死だ。
「……帰らないで」
「粥作ったら帰るよ。明日も学校だし」
「やだ。ここにいて」
彼女は潤んだ瞳で俺を睨みつけた。
熱のせいで理性が飛んでいるのか、本音がダダ漏れだ。
「一人だと怖い……また、誰もいなくなっちゃう夢見るの……」
「……」
「美咲なんかに渡さない……湊は私のなの……私の方が、湊を必要としてるもん……!」
子供みたいな駄々捏ね。
でも、その言葉は俺の中の「空洞」にぴたりとハマった。
ミサは俺を「便利」だと言った。
でも玲奈は、俺を「必要」だと言う。
「便利」と「必要」。似ているようで、その意味は天と地ほど違う。
俺は観念して、ベッドの縁に座った。
「……分かった。今日はいるよ」
「本当?」
「ああ。粥食べて、薬飲んで寝るまでな」
玲奈は安心したように顔を緩め、俺の手を両手で包み込んだ。
彼女の手の熱さが、俺の手にも伝染してくる。
「……湊、だーいすき」
彼女はそのまま、俺の手を枕代わりにして目を閉じた。
すぐに安らかな寝息が聞こえてくる。
俺は動けなかった。
手を抜こうと思えば抜けるけど、そうしたら彼女が起きそうで。
……いや、違うな。
俺自身が、この熱い鎖から離れたくないんだ。
部屋には、加湿器の水蒸気の音だけが響いている。
この泥沼のような共依存の温もりが、今の俺には心地よかった。
外では、俺を待っているミサがいるかもしれない。
でも、俺が帰る場所は、もうここしかないような気がした。
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