10 / 14
第10話:元カノの決意
しおりを挟む
翌日の昼休み。
俺はミサに呼び出され、屋上の金網の前に立っていた。
風が強い。
セットした髪が乱れるし、埃が目に入る。
玲奈との快適な空調管理された部屋に慣れきった体には、この「青春の舞台」は環境が悪すぎる。
「……別れたよ、拓海先輩と」
ミサは、ドラマのヒロインみたいな角度で振り返り、そう宣言した。
期待している目だ。
「えっ、本当!?」「大丈夫?」という心配と、「じゃあ俺にもチャンスが?」という期待。
その両方を、俺が向けると思っている。
「……そうか。お疲れ」
俺の反応は、コンビニでお釣りを渡された時くらい淡白だった。
「ちょ、それだけ? もっとあるでしょ、何か」
「何がだよ」
「だから……私がフリーになったんだよ? 湊にとって、これ以上ないニュースじゃないの?」
ミサは腕を組み、不満げに口を尖らせた。
その仕草も、昔は可愛いと思っていた気がする。
でも今は、「安っぽいな」としか思えない。
玲奈の、あの命を削るような必死な上目遣いを知ってしまった後では、ミサのこれはただの「演技」に見える。
解像度が低すぎるんだ。
「あのね、湊。私、考え直してあげたの」
彼女は一歩近づいてきた。
香水の匂いがキツい。玲奈の自然なバニラの香りとは違う、人工的なフローラルの香り。
「やっぱり、あんたには私が必要だと思うの。あんた地味だし、私みたいな華やかな彼女がいないとパッとしないでしょ?」
「……」
「だから、特別にやり直してあげてもいいよ。またお弁当作らせてあげるし、荷物も持たせてあげる。……嬉しいでしょ?」
彼女はニッコリと笑った。
完全に、俺が喜ぶと信じて疑っていない。
俺は溜息をついた。
哀れだ、と思った。
彼女は俺を「便利な道具」として再評価したつもりなんだろう。
でも、彼女は分かっていない。
俺はもう、誰にでも機能を提供する「フリーソフト」じゃない。
特定のユーザーと独占契約を結んだ、専用アプリケーションなんだ。
「……ミサ」
「な、なに? 照れなくていいよ?」
「断る」
風が止まった気がした。
ミサの笑顔が凍りつく。
「……え? 今、なんて?」
「断るって言ったんだ。俺はもう、お前と付き合うつもりはない」
はっきりと告げた。
ミサの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
羞恥と、怒りで。
「は、はぁ!? 意味わかんない! あんた、自分の立場分かってる? 私が『戻ってあげる』って言ってるんだよ!?」
「ありがたい提案だけど、需要がない。在庫過多だ」
「なっ……!」
ミサが俺の胸倉を掴もうと手を伸ばしてきた。
俺はそれを半歩下がって避けた。
「それにさ。……『お弁当作らせてあげる』なんて、レベルの低い報酬じゃ、俺は動かないよ」
俺は、昨夜の玲奈の言葉を思い出していた。
『心臓も、胃袋も、全部私のでしょ?』
あの重たくて、ドロドロとした独占欲。
それに比べれば、ミサの提案はあまりにも軽すぎて、退屈だ。
「……好きな子、できたの?」
ミサが低い声で言った。
女の勘というのは、こういう時だけ鋭い。
「……さあな」
「いるんでしょ! 誰よ! どうせ私よりランク低い地味な女でしょ!?」
彼女はヒステリックに叫んだ。
「あんたにお似合いの、家庭的で、地味で、つまらない女なんでしょ!?」
――ピキ。
俺の中で、何かが切れる音がした。
俺のことは何と言われてもいい。
「つまらない」も「道具」も、甘んじて受け入れよう。
でも。
俺の「オーナー」を侮辱することだけは、許せない。
あいつは、お前より遥かに高潔で、不器用で、そして脆い生き物なんだ。
「……訂正しろ」
俺は低い声を出した。自分でも驚くほど、冷たい声だった。
「え?」
「彼女は、お前とは違う。……比べられるのも不愉快なくらい、格が違う」
俺はミサを睨みつけた。
彼女が息を呑んで後ずさる。
俺はこんな顔ができるのか。多分、今の俺は、玲奈と同じ「氷の瞳」をしている。
「二度と、彼女を愚弄するな。……次言ったら、ただじゃおかない」
俺はそれだけ言い捨てて、背を向けた。
もう、これ以上話すことは何もない。
屋上のドアを開ける時、背後でミサの絶叫が聞こえた。
「あああああっ! ふざけんな! 絶対許さない! 後悔させてやるんだからぁっ!!」
……後悔させてやる、か。
そのセリフ、そっくりそのままお返しすることになるのにな。
俺は階段を降りながら、スマホを取り出した。
『LINE:玲奈』
『屋上寒かったでしょ? カイロ持ってる? なければ温めに行ってあげる』
……全部見てたのかよ、あのストーカー。
俺は苦笑しながら、冷え切った指先で返信を打った。
『大丈夫。お前のLINEだけで十分熱いわ』
さあ、戦争だ。
元カノのプライドと、現オーナーの独占欲。
俺を巡る泥沼の戦いが、幕を開けようとしていた。
(つづく)
俺はミサに呼び出され、屋上の金網の前に立っていた。
風が強い。
セットした髪が乱れるし、埃が目に入る。
玲奈との快適な空調管理された部屋に慣れきった体には、この「青春の舞台」は環境が悪すぎる。
「……別れたよ、拓海先輩と」
ミサは、ドラマのヒロインみたいな角度で振り返り、そう宣言した。
期待している目だ。
「えっ、本当!?」「大丈夫?」という心配と、「じゃあ俺にもチャンスが?」という期待。
その両方を、俺が向けると思っている。
「……そうか。お疲れ」
俺の反応は、コンビニでお釣りを渡された時くらい淡白だった。
「ちょ、それだけ? もっとあるでしょ、何か」
「何がだよ」
「だから……私がフリーになったんだよ? 湊にとって、これ以上ないニュースじゃないの?」
ミサは腕を組み、不満げに口を尖らせた。
その仕草も、昔は可愛いと思っていた気がする。
でも今は、「安っぽいな」としか思えない。
玲奈の、あの命を削るような必死な上目遣いを知ってしまった後では、ミサのこれはただの「演技」に見える。
解像度が低すぎるんだ。
「あのね、湊。私、考え直してあげたの」
彼女は一歩近づいてきた。
香水の匂いがキツい。玲奈の自然なバニラの香りとは違う、人工的なフローラルの香り。
「やっぱり、あんたには私が必要だと思うの。あんた地味だし、私みたいな華やかな彼女がいないとパッとしないでしょ?」
「……」
「だから、特別にやり直してあげてもいいよ。またお弁当作らせてあげるし、荷物も持たせてあげる。……嬉しいでしょ?」
彼女はニッコリと笑った。
完全に、俺が喜ぶと信じて疑っていない。
俺は溜息をついた。
哀れだ、と思った。
彼女は俺を「便利な道具」として再評価したつもりなんだろう。
でも、彼女は分かっていない。
俺はもう、誰にでも機能を提供する「フリーソフト」じゃない。
特定のユーザーと独占契約を結んだ、専用アプリケーションなんだ。
「……ミサ」
「な、なに? 照れなくていいよ?」
「断る」
風が止まった気がした。
ミサの笑顔が凍りつく。
「……え? 今、なんて?」
「断るって言ったんだ。俺はもう、お前と付き合うつもりはない」
はっきりと告げた。
ミサの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
羞恥と、怒りで。
「は、はぁ!? 意味わかんない! あんた、自分の立場分かってる? 私が『戻ってあげる』って言ってるんだよ!?」
「ありがたい提案だけど、需要がない。在庫過多だ」
「なっ……!」
ミサが俺の胸倉を掴もうと手を伸ばしてきた。
俺はそれを半歩下がって避けた。
「それにさ。……『お弁当作らせてあげる』なんて、レベルの低い報酬じゃ、俺は動かないよ」
俺は、昨夜の玲奈の言葉を思い出していた。
『心臓も、胃袋も、全部私のでしょ?』
あの重たくて、ドロドロとした独占欲。
それに比べれば、ミサの提案はあまりにも軽すぎて、退屈だ。
「……好きな子、できたの?」
ミサが低い声で言った。
女の勘というのは、こういう時だけ鋭い。
「……さあな」
「いるんでしょ! 誰よ! どうせ私よりランク低い地味な女でしょ!?」
彼女はヒステリックに叫んだ。
「あんたにお似合いの、家庭的で、地味で、つまらない女なんでしょ!?」
――ピキ。
俺の中で、何かが切れる音がした。
俺のことは何と言われてもいい。
「つまらない」も「道具」も、甘んじて受け入れよう。
でも。
俺の「オーナー」を侮辱することだけは、許せない。
あいつは、お前より遥かに高潔で、不器用で、そして脆い生き物なんだ。
「……訂正しろ」
俺は低い声を出した。自分でも驚くほど、冷たい声だった。
「え?」
「彼女は、お前とは違う。……比べられるのも不愉快なくらい、格が違う」
俺はミサを睨みつけた。
彼女が息を呑んで後ずさる。
俺はこんな顔ができるのか。多分、今の俺は、玲奈と同じ「氷の瞳」をしている。
「二度と、彼女を愚弄するな。……次言ったら、ただじゃおかない」
俺はそれだけ言い捨てて、背を向けた。
もう、これ以上話すことは何もない。
屋上のドアを開ける時、背後でミサの絶叫が聞こえた。
「あああああっ! ふざけんな! 絶対許さない! 後悔させてやるんだからぁっ!!」
……後悔させてやる、か。
そのセリフ、そっくりそのままお返しすることになるのにな。
俺は階段を降りながら、スマホを取り出した。
『LINE:玲奈』
『屋上寒かったでしょ? カイロ持ってる? なければ温めに行ってあげる』
……全部見てたのかよ、あのストーカー。
俺は苦笑しながら、冷え切った指先で返信を打った。
『大丈夫。お前のLINEだけで十分熱いわ』
さあ、戦争だ。
元カノのプライドと、現オーナーの独占欲。
俺を巡る泥沼の戦いが、幕を開けようとしていた。
(つづく)
40
あなたにおすすめの小説
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり
鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。
でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?
江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。
大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて……
さっくり読める短編です。
異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる