幼馴染に「つまらない」と捨てられた俺、実は学校一のクール美少女(正体は超人気覆面配信者)の「生活管理係」でした。

月下花音

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第14話:公開された性癖

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 その夜の配信は、異様な盛り上がりを見せていた。
 『祝・公認!緊急雑談枠~私の生命維持装置について~』
 という、運営に怒られそうなタイトルがついているのに、同接数は過去最高の十万人を超えていた。

 俺はいつものように、画面の外――玲奈の足元に置かれたクッションに座り、指示出しの準備をしていた。
 ……はずだったが、今日の俺の仕事は「そこにいること」だけらしい。

『えー、スーパーチャットありがとうございます。「彼氏さんとはどこが好きなんですか?」……んー、質問が浅いですね』

 玲奈は、投げ銭と共に飛んでくる質問を、バッサバッサと切り捨てていく。
 今日の彼女は、いつものクールな声ではない。
 少し湿度を含んだ、蕩けるような「女」の声だ。

『好き、とかいうレベルじゃないんです。……例えるなら、酸素?』

 彼女はマイクに向かって、うっとりと語り始めた。

『彼がいないと、呼吸が苦しいんです。彼の匂いがないと、肺が満たされないの。……毎朝、彼の作ったお味噌汁の匂いで起きる瞬間だけが、私が「生きてる」って実感できる時間なんです』

 コメント欄が『重いwww』『ガチ恋勢息してる?』『宗教画が見える』と流れていく。
 俺は顔が熱くなるのを耐えていた。
 それを世界に向けて発信するのはやめてくれ。俺が明日、どんな顔をして味噌汁を作ればいいんだ。

『「手料理で一番好きなのは?」……全部。彼が私のために時間を割いて、私のために選んだ食材で作ったものなら、毒でも美味しく食べられる自信があります』

 玲奈はチラリと足元の俺を見た。
 その目は、獲物を慈しむ捕食者の目だ。

『……でも、一番好きなのはね。』

 彼女は声を潜めた。ASMRマイクが、彼女の湿った吐息を鮮明に拾う。

『……彼が、私のわがままを聞いて困っている時の、諦めたような顔かな』

 ゾクリ、とした。
 聞いてない。そんな性癖、聞いてないぞ。

『私に振り回されて、溜息をついて、それでも私のそばから離れられない……その「諦め」が見えた瞬間が、最高にゾクゾクするんです』

 コメント欄が、一瞬止まり、そして爆発した。
 『歪んでるwww』『支配欲の塊』『彼氏さん逃げてー!』『いや、逃げられないなこれ』

 俺は膝を抱えて、深く溜息をついた。
 当たってる。
 悔しいけれど、図星だ。
 俺は、こいつに振り回されることに、確かに快感を覚え始めている。
 ミサとの「軽い」関係では得られなかった、この鉛のように重たい充足感。
 俺もまた、彼女に侵食されているのだ。

 *

 同時刻。
 真っ暗な自室のベッドの中で、美咲はスマホの画面を睨みつけていた。
 イヤホンから流れてくる、レイ(玲奈)の声。
 その一言一句が、鋭利な刃物となって美咲のプライドを切り刻む。

『……彼を捨てた前の女の人には、感謝しなきゃですね。……あんな素敵な素材(おもちゃ)を手放してくれて、ありがとう』

 プツン。
 美咲の中で、何かが完全に切れた。

「……勝てない」

 涙すら出なかった。
 自分が「つまらない」と捨てた男は、この国のトップインフルエンサーにとっての「至高の宝物」だった。
 その価値を見抜けなかった自分の愚かさと、圧倒的な格の違い。

 美咲は震える指で、『チャンネル登録解除』のボタンを押した。
 そして、『レイ』という単語をミュート設定にし、スマホの電源を切った。

 逃げよう。
 もう、関わってはいけない。
 あの二人の世界に、自分のようなモブキャラが入る隙間なんて、最初から1ミクロンもなかったのだ。

 *

 配信が終わり、玲奈がヘッドセットを外した。
 部屋に静寂が戻る。

「……湊」
「……なんだよ」
「愛してる」

 彼女は椅子から降りると、床に座る俺に抱きついてきた。
 熱い体温。
 世界中を敵に回しても(いや、味方につけても)、この重さだけは俺一人のものだ。

「……俺もだよ。……たぶん」
「ふふ。『たぶん』はいらない」

 彼女は俺の首筋に、所有印を刻むようにキスをした。
 
 俺たちの夜は、まだ終わらない。
 外の世界がどれだけ騒ごうと、この「防音室」の中だけは、俺たちだけの王国だった。

(つづく)
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