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5 若き日の実母
しおりを挟むその夜【メイドのアン追い出し事件】の顛末を、父に報告したヴィクトリア。
勝手にメイドを解雇したうえに完全なる事後報告だったので、少しくらいの叱責は覚悟していたヴィクトリアだが、何故か父はヴィクトリアの頭を撫でた。
「エイダからも話は聞いた。ヴィクトリア、ありがとう。お前はエイダを助けてくれたんだな」
予想外の褒め言葉に嬉しくなってしまうヴィクトリア。
「ま、まぁ、そうですわね。お義母様は頼りないですから、私が守って差し上げなくてはと思いまして」
「ありがとう、ヴィクトリア。継母のエイダを守ってくれるなんて、お前は本当に心根の優しい良い子だ」
「まぁ、お父様ったらお上手ですこと。私を褒めても何にも出ませんわよ。オホホホホ」
10歳らしからぬ返しをするヴィクトリア。
「ハハハ。お前は本当にベアトリスに似ているな」
え?
父の口から、突然、亡き母の名前が出て来て、ヴィクトリアは戸惑った。
「お父様?」
「今までお前に話した事はなかったが……ベアトリスはな、私の王子様だった」
はいー? お・う・じ・さ・ま? 王子様? 何のこっちゃ?
「お母様は正真正銘の女性ですわよ?」
「ああ。もちろんベアトリスは素晴らしい女性だった。だが、初めて彼女に出会った13歳の頃からずっと、ベアトリスは私の王子様なんだ。亡くなってしまっても【永遠の王子様】なんだよ」
頭頂部の毛が薄くなると認知機能に問題が起きるなんて事があるのだろうか?
不安になるヴィクトリア。
「ヴィクトリア。もの凄く失礼な心配をしていないかい?」
ぎょぎょっ?
「ど、どうしてお母様が『王子様』なのです? それを言うなら『お姫様』ではないですか? お母様は(私にそっくりの)絶世の美女だったのですから」
「そうだね。ベアトリスはこの世のモノとは思えないほどの美貌の持ち主だった。だけど、私は最初、彼女の事を男だと思っていたんだ」
「ホワ~イ?」
な~ぜ~?
「――初めてベアトリスに出会ったあの日。私は王立貴族学園に入学したばかりの13歳だった。その頃の私はとても太っていてね。学園の中庭で、クラスメイトになったばかりの上位貴族の令息達3人に囲まれて、体型をバカにされ小突き回されていたんだ。『やめてくれ!』と言ったら『デブのくせに生意気言うな!』と思い切り突き飛ばされてね。地面に倒れた私は泥塗れになってしまった」
「酷い……」
まさか父が学園時代にイジメを受けていたとは!?
「そこへ颯爽と現れたのがベアトリスだった。彼女の第一声はこうだった。『風に呼ばれて来てみれば、まさか【イジメ】なんてダサい事をしている奴等がいるとはな。月に代わり、この私が成敗してくれる!』」
「お母様……カッコイイ」
思わず呟くヴィクトリア。
「そうだろう? あの時のベアトリスは本当に格好良かった。男装に何の違和感も覚えなかったから、てっきり男子生徒だと思った私は、なんて男らしい人だろうって感動したんだ」
ちょ、ちょ、ちょっと待った!
いきなり怪情報が飛び込んで来ましたわよ?
「男装? 誰が男装を?」
「ん? ベアトリスだよ」
やっぱり? 話の流れでそうかな~とは思ったけれど……???
「学園時代、お母様は男装してらしたんですか?」
「そうなんだよ。ベアトリスは私と同い年だから、その時13歳だった。学園では別のクラスだったから、会ったのはその日が初めてでね。男子の制服をパリッと着こなしてるから【美し過ぎる男子生徒】だと思い込んでしまったんだ」
「な、なるほど……?」
「あの時のベアトリスの口上も格好良かったなぁ~。『ひと~つ、人世の生き血を啜り、ふたつ、不埒なイジメ三昧、みっつ、醜い学園の鬼を、退治てくれよう、ベアトリス!!』と言うや否や、私をイジメていた3人の令息に、目にも鮮やかな回し蹴りを食らわしたんだよ」
ま・わ・し・げ・り? 回し蹴り?
「お、お父様。確かお母様は侯爵家の令嬢だったはずですが?」
「うん。そうだよ。誰も侯爵家の令嬢が見事な回し蹴りで男3人を伸しちゃうなんて、思わないよね? だから、あの時の私がベアトリスを美貌の男子生徒だと思い込んだのは仕方がない事だと思うんだ」
「そ、そうですわね……」
どこからどう突っ込んでいいのか分からない……
ヴィクトリアの目から見た母ベアトリスは、細かい事を気にしない、実にサバサバした性格の女性だった。夫である父にもヴィクトリアにも、そして使用人達にも常に寛大で寛容だった記憶がある。誰かが失敗しても「アハハ。人間だから時にはそういう事もあるわよ」とカラカラと笑い飛ばして許していたっけ。だが半面、ヒトを傷付ける行為を行った者には厳しかった。昔、屋敷の男性使用人が新米メイドに陰湿な嫌がらせを繰り返していた事実が露見したことがあった。当時、幼かったヴィクトリアにはその内容は伝えられなかったが、かなり悪質な嫌がらせだったらしい。その時のベアトリスの怒りは凄まじかった。庭師のテオに鞭を渡し「思い切りやっちまいな」と命じたベアトリスは、テオに打たれて気絶した加害者の男性使用人に容赦なく水をぶっ掛けて目覚めさせ、ずぶ濡れになっている使用人をそのまま屋敷から追い出したのだ。
思い返せば、確かに母は男前気質であった。
が、だからと言って実際に男装していたなんて、俄かには信じられない。だって侯爵家の令嬢ぞ? 侯爵家の令嬢ぞ?(大事なことだから2回言います) 男装して学園に通うなんて、そんな小説みたいな事があり得るのん?
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