2 / 5
2 令嬢も鳴かずば撃たれまい
しおりを挟む今夜は、婚約後、初めてライル様と二人で夜会に出席する。
我が家まで馬車で迎えに来て下さったライル様。今まで夜会のエスコートはお兄様や既婚の従兄などに頼んでいたから、初の婚約者のエスコートに緊張してしまう。
「パニーラ、綺麗だ。ドレスも良く似合ってる」
そう、このドレスはライル様が贈ってくださった物だ。上質な生地で上品なデザイン。露出は極めて少ない。色はライル様の瞳と同じコバルトブルーである。嬉しそうに私を見つめるライル様。やはり人違い婚約ではなさそうだ……はぁ~。
「ありがとうございます。ライル様もとても素敵ですわ」
ライル様はいつも通り、何をお召しになっても安定のイケメンである。
案の上、会場に入ると周りからの視線が痛い。多くの令嬢が私に敵意剥き出しである。私とライル様の婚約の話は、あっという間に社交界に広まっていた。
「どうしてあの方なのかしら?」
「ライル様に相応しいとはとても思えませんわ」
「一体どんな手を使ったのかしらね?」
わざと聞こえるようにあちこちで囁かれる。
はぁ~、疲れる。私はこういう事が面倒だから、ずっとイケメン避けを通してきたというのに、ライル様のせいで全てが水の泡である。思わず溜息をついてしまった。
「パニーラ。私がついてるから大丈夫だ。そんな顔、しないでくれ」
ライル様が、私の顔を覗き込んでおっしゃる。誰のせいだと思ってんのよ!
な~にが「私がついてるから大丈夫だ」だ! 結局いつものようにたくさんの令嬢に囲まれて身動き取れなくなったライル様。
そして私は今テラスにて、また別の令嬢グループに絶賛絡まれ中である。相手は7人。
「どうやってライル様に近付いたのよ?!」
「覚えがありやせーん」
「貴女なんかライル様に相応しくないわ!」
「そうでげすねー」
「いい気にならないで!」
「へーい」
不毛な会話が続く。これ、いつまで続くのかしら?
そう考えてウンザリしていた時、視界の端にちらと男性の影が見えた。
今だわ! チャ~ンス! 私はドレスの襟元を飾るレースを自分で引き裂き、大声で叫んだ。乱暴された体を装うのは私に絡むと事態を大きくされるということを彼女たちに学習させる為だ。
「キャー! 助けてー! 誰かー!」
急に大声を出した私に、取り囲んでいる令嬢達が怯む。
「どうした?!」
男性が駆け寄って来る。あれ? フィルマンじゃん! それは幼馴染の伯爵家令息フィルマンだった。
「フィルマン! 助けて! この令嬢達が私に乱暴を!」
「何だと! お前ら! 何やってんだ!」
フィルマンの声が恐ろしく低い。令嬢達は我先にと逃げて行った。
「おい、大丈夫か?」
「ありがとう。助かったわ」
「その恰好じゃ会場に戻らない方がいいな。このまま庭を抜けて帰ろう。うちの馬車で送る」
フィルマンは自分の上着を脱いで私に掛けてくれた。襟元のレースが破れているだけなのに……相変わらず優しいのね。
幼馴染のフィルマンに送られて帰って来た私に、両親は大層驚いた。当然よね。私はウソ泣きをしながら、ライル様を慕う令嬢達に乱暴されフィルマンに助けられた顛末を話した。引き裂かれた襟元のレースが動かぬ証拠だ。お父様は怒りに震えている。
「ライル殿は一体、何をやってるんだ! これでは大事なパニーラをとても任せられない!」
でしょう? そうでしょう? 私もそう思いますわ!
その後、私が会場から消えたことに気付き慌てふためいたライル様が我が家に来られたが、お父様はライル様に私を会わせなかった。侯爵家に対して無礼になるのは承知の上で、怒りが抑えられなかったのだと思う。
翌日、改めて謝罪に訪れたライル様は、憔悴していた。侯爵家でも散々ご両親から責められたようである。
「パニーラ。本当にすまなかった」
「ライル様。やはり私がライル様の婚約者では力不足なのですわ。もっとライル様に相応しい方を選ばれた方がよろしいと思いますの」
ライル様は、目を見開く。
「私と婚約解消したいということか?」
「えーと、私からはそのような事は申せませんから、出来ればライル様の方から……」
「嫌だ! 婚約解消など絶対にしない!」
はぁ? ムキになるライル様を見て、驚いた。なぜ?
結局、「二度とこんな目には合わせないから」と繰り返すライル様に、私からはそれ以上強く言えなかった。
私を取り囲んだ令嬢達の家には、侯爵家からかなり苛烈な抗議がされたらしく、それぞれの家から我が家にも正式に謝罪がなされた。
主犯格だった令嬢はその後しばらくして何かに怯えるようになり、領地に籠ってしまったらしい。どうしたのかしら? ちょっと心配。
149
あなたにおすすめの小説
【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?
江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。
大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて……
さっくり読める短編です。
異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。
守護神の加護がもらえなかったので追放されたけど、実は寵愛持ちでした。神様が付いて来たけど、私にはどうにも出来ません。どうか皆様お幸せに!
蒼衣翼
恋愛
千璃(センリ)は、古い巫女の家系の娘で、国の守護神と共に生きる運命を言い聞かされて育った。
しかし、本来なら加護を授かるはずの十四の誕生日に、千璃には加護の兆候が現れず、一族から追放されてしまう。
だがそれは、千璃が幼い頃、そうとは知らぬまま、神の寵愛を約束されていたからだった。
国から追放された千璃に、守護神フォスフォラスは求愛し、へスペラスと改名した後に、人化して共に旅立つことに。
一方、守護神の消えた故国は、全ての加護を失い。衰退の一途を辿ることになるのだった。
※カクヨムさまにも投稿しています
【完結】妹のせいで貧乏くじを引いてますが、幸せになります
禅
恋愛
妹が関わるとロクなことがないアリーシャ。そのため、学校生活も後ろ指をさされる生活。
せめて普通に許嫁と結婚を……と思っていたら、父の失態で祖父より年上の男爵と結婚させられることに。そして、許嫁はふわカワな妹を選ぶ始末。
普通に幸せになりたかっただけなのに、どうしてこんなことに……
唯一の味方は学友のシーナのみ。
アリーシャは幸せをつかめるのか。
※小説家になろうにも投稿中
可愛い妹を母は溺愛して、私のことを嫌っていたはずなのに王太子と婚約が決まった途端、その溺愛が私に向くとは思いませんでした
珠宮さくら
恋愛
ステファニア・サンマルティーニは、伯爵家に生まれたが、実母が妹の方だけをひたすら可愛いと溺愛していた。
それが当たり前となった伯爵家で、ステファニアは必死になって妹と遊ぼうとしたが、母はそのたび、おかしなことを言うばかりだった。
そんなことがいつまで続くのかと思っていたのだが、王太子と婚約した途端、一変するとは思いもしなかった。
姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します
しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。
失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。
そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……!
悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。
妹は謝らない
青葉めいこ
恋愛
物心つく頃から、わたくし、ウィスタリア・アーテル公爵令嬢の物を奪ってきた双子の妹エレクトラは、当然のように、わたくしの婚約者である第二王子さえも奪い取った。
手に入れた途端、興味を失くして放り出すのはいつもの事だが、妹の態度に怒った第二王子は口論の末、妹の首を絞めた。
気絶し、目覚めた妹は、今までの妹とは真逆な人間になっていた。
「彼女」曰く、自分は妹の前世の人格だというのだ。
わたくしが恋する義兄シオンにも前世の記憶があり、「彼女」とシオンは前世で因縁があるようで――。
「彼女」と会った時、シオンは、どうなるのだろう?
小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる