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第1章 黒領主の婚約者
1 嫌われ黒領主 その1
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「どうして貴方が……、横領なんて犯罪に手を染めたの?」
「金が欲しいと思うのは、人ならば誰しもが抱く欲求ではないですか? ましてばれずに、すぐ手が届く所に大金があったのですから、行動に移すのは至極当前のことですよ」
父の代から仕えてくれていた、家令のヘイデンに裏切られていた。こんな悪い出来事ばかりが、ずっと繰り返されて行くのだろうか?
どうして私の周りでは、悲しくて辛苦なことばかりが起きるのだろう……。
***
私、クローディア・ハイドには母がいない。兄弟姉妹もいない。ずっと側にいてくれたのは父だけ。
「お父様、私にお母様はいないのですか?」
「ごめんね、クローディア」
母がいない理由を知りたいとは思ったが、尋ねる私を父は抱きしめるだけだった。優しい父を困らせたくはなくて、それ以上は何も聞けなかった。
それでも父から沢山愛情をもらい、幸せな毎日だったと思う。
私が十二歳の時、イスティリア王国ハイド伯爵領の領主で唯一の家族だった父、クライヴ・ハイドが帰らぬ人となった。
――その時から、私の世界は変わってしまったのだろう――
哀しみにふける間もなく、叔父夫婦と従姉妹が屋敷にやって来た。私が十六歳の成人を迎えるまで、叔父が後見人となり父の伯爵領を引き継いだ。
父が私に領地を相続させるため国に届出を済ませていたから良かったものの、届出をしていなかったら私はどうなっていたのだろう? そう考えると眩暈がし吐き気がする程、叔父一家は陰惨な人たちだった。
疎まれているのは知っていたが、ある日、私は勇気を出して叔父に切り出した。
「叔父様、私は学園に通う準備をしなくていいのでしょうか?」
「ドナが通っていないのに、お前が学園に通えると思っていたのか? 本当に図々しい娘だ」
叔父は私を憎らしげに睨みつけ、怯んだのがわかると鼻で笑う。ずっと救いにしていた学園へ、入学できないことを知った。
「貴方、気分が悪いわ。早く行きましょう?」
「パパ、ママ。今日はどこに行くの? 新しいアクセサリーが欲しいわ」
叔母は虫けらでも見るような目を向け、従姉妹は得意げな顔をし、叔父と出掛けて行った。
叔父たちが来てから、ほとんどの使用人が私を無視するようになった。ドレスも靴も新しく買ってもらえることはなくなり、私は破れたドレスと底が剥がれかかった靴を身につけていた。
従姉妹のドナから、お下がりがもらえればまだ良い。
「ドナ様は、本当にお優しいですね」
「土色のドレスなんて、華やかなドナ様には似合いませんもの」
「そうでしょう? センスを疑うわよねー。でも、地味で丁度いい人がいて良かったわー。誰からも贈り物なんてされないみたいだし」
「「クスクス」」
ただ、そのお下がりもドナが婚約者からもらったプレゼントで、『ダサ過ぎる』と、気に食わなかったドレスを私に着せ、優越感に浸っているだけ。
食事は毎回一人、部屋で摂る。今まで食べていたものと比べると、質も悪く量も少ない。固いパンか冷めた具のないスープのどちらかを与えられた。食べることさえできず、死んでしまう人だっている。私はまだマシな方だと考えることにし我慢した。
贅沢三昧で、領のための大切なお金を食い潰していく叔父夫婦だが、けして私に酷い体罰を加えるとか完全に食事を抜くとか、命に関わることはしなかった。
私が成人する前に万が一があれば、ハイド伯爵領は国の帰属となる。だから、蔑ろにされはしたが、最低限の生活は送ることができたのだろう。
叔母も、滅多にいない黒髪黒目の私の容姿を『地味で不気味だわ』と嫌味を言ってくるだけで、それ以上のことはしなかった。と言うより、関わりたくないようだった。
唯一私の味方でいてくれたのは、一年前から雇われたメイドのエリカ。彼女がいなければ、弱りきっていた私の心はもたなかったと思う。
まだ、頼れる人もいるしマシなのだ。私はまだマシ。そう何度も唱えて四年間生きてきた。
私が十六歳になり成人を迎える二ヶ月前、叔父夫婦が突然捕まり、彼らからは解放された。未成年者だからと、理由までは明かされなかった。
領主不在の期間ができるのは問題になったが、手続きをしている間に私が成人するからと、特例で父が残した届出のとおり私が成人と同時にハイド領を相続し、領主となった。
背中まで伸ばした癖のない真っ直ぐな黒髪に、黒い瞳。領民は私のことを「黒領主」と揶揄する――
「金が欲しいと思うのは、人ならば誰しもが抱く欲求ではないですか? ましてばれずに、すぐ手が届く所に大金があったのですから、行動に移すのは至極当前のことですよ」
父の代から仕えてくれていた、家令のヘイデンに裏切られていた。こんな悪い出来事ばかりが、ずっと繰り返されて行くのだろうか?
どうして私の周りでは、悲しくて辛苦なことばかりが起きるのだろう……。
***
私、クローディア・ハイドには母がいない。兄弟姉妹もいない。ずっと側にいてくれたのは父だけ。
「お父様、私にお母様はいないのですか?」
「ごめんね、クローディア」
母がいない理由を知りたいとは思ったが、尋ねる私を父は抱きしめるだけだった。優しい父を困らせたくはなくて、それ以上は何も聞けなかった。
それでも父から沢山愛情をもらい、幸せな毎日だったと思う。
私が十二歳の時、イスティリア王国ハイド伯爵領の領主で唯一の家族だった父、クライヴ・ハイドが帰らぬ人となった。
――その時から、私の世界は変わってしまったのだろう――
哀しみにふける間もなく、叔父夫婦と従姉妹が屋敷にやって来た。私が十六歳の成人を迎えるまで、叔父が後見人となり父の伯爵領を引き継いだ。
父が私に領地を相続させるため国に届出を済ませていたから良かったものの、届出をしていなかったら私はどうなっていたのだろう? そう考えると眩暈がし吐き気がする程、叔父一家は陰惨な人たちだった。
疎まれているのは知っていたが、ある日、私は勇気を出して叔父に切り出した。
「叔父様、私は学園に通う準備をしなくていいのでしょうか?」
「ドナが通っていないのに、お前が学園に通えると思っていたのか? 本当に図々しい娘だ」
叔父は私を憎らしげに睨みつけ、怯んだのがわかると鼻で笑う。ずっと救いにしていた学園へ、入学できないことを知った。
「貴方、気分が悪いわ。早く行きましょう?」
「パパ、ママ。今日はどこに行くの? 新しいアクセサリーが欲しいわ」
叔母は虫けらでも見るような目を向け、従姉妹は得意げな顔をし、叔父と出掛けて行った。
叔父たちが来てから、ほとんどの使用人が私を無視するようになった。ドレスも靴も新しく買ってもらえることはなくなり、私は破れたドレスと底が剥がれかかった靴を身につけていた。
従姉妹のドナから、お下がりがもらえればまだ良い。
「ドナ様は、本当にお優しいですね」
「土色のドレスなんて、華やかなドナ様には似合いませんもの」
「そうでしょう? センスを疑うわよねー。でも、地味で丁度いい人がいて良かったわー。誰からも贈り物なんてされないみたいだし」
「「クスクス」」
ただ、そのお下がりもドナが婚約者からもらったプレゼントで、『ダサ過ぎる』と、気に食わなかったドレスを私に着せ、優越感に浸っているだけ。
食事は毎回一人、部屋で摂る。今まで食べていたものと比べると、質も悪く量も少ない。固いパンか冷めた具のないスープのどちらかを与えられた。食べることさえできず、死んでしまう人だっている。私はまだマシな方だと考えることにし我慢した。
贅沢三昧で、領のための大切なお金を食い潰していく叔父夫婦だが、けして私に酷い体罰を加えるとか完全に食事を抜くとか、命に関わることはしなかった。
私が成人する前に万が一があれば、ハイド伯爵領は国の帰属となる。だから、蔑ろにされはしたが、最低限の生活は送ることができたのだろう。
叔母も、滅多にいない黒髪黒目の私の容姿を『地味で不気味だわ』と嫌味を言ってくるだけで、それ以上のことはしなかった。と言うより、関わりたくないようだった。
唯一私の味方でいてくれたのは、一年前から雇われたメイドのエリカ。彼女がいなければ、弱りきっていた私の心はもたなかったと思う。
まだ、頼れる人もいるしマシなのだ。私はまだマシ。そう何度も唱えて四年間生きてきた。
私が十六歳になり成人を迎える二ヶ月前、叔父夫婦が突然捕まり、彼らからは解放された。未成年者だからと、理由までは明かされなかった。
領主不在の期間ができるのは問題になったが、手続きをしている間に私が成人するからと、特例で父が残した届出のとおり私が成人と同時にハイド領を相続し、領主となった。
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