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第1章 黒領主の婚約者
8 ユージーン・ロシスター その2
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十七歳になり、留学先からイスティリア王国に帰った俺は、父に恨み言ばかりを放っていた。
どうしてハイド伯爵が亡くなったことを知らせてくれなかったのか!?
どうしてクローディアが成人前に婚約しているのか!?
どうして叔父夫妻はクローディアを学園に通わせていないのか!?
どうして! どうして? どうして…………。
腐るだけの俺をひとしきり受け止めた後、父はただ一言こう言った――
「他家に介入できるくらいの力がお前にあったのか? 国に残っていたとして、お前はクライヴの想いに背くようなマネはしなかったのか?」
近頃目立つようになってきた父の顔の皺が、より深く刻まれていた。学ぶ権利を奪われたクローディアの将来を、父が案じていない訳がなかった。
クローディアの近況を把握した父がどれ程悔しい思いをしてきたのかを、その皺の深さで把握した。
中途半端な介入になっては、クローディアの立場をより悪くするだけ……。まして、父は顔の知れた侯爵で、亡き伯爵の親友だ。相手が黒いものを抱えていたのなら、父は警戒されていただろう。
成人前のガキの俺がなんと言おうが、何も変わらなかったのだということも頭では理解できていた。
「……。おっしゃりたい事はわかりました。今一度状況をお教えください……。その上で最悪、私がロシスター侯爵家の汚点になるような事態になった時は、遠慮なく切り捨ててください。それが私の望むところです」
「わかった……。ただ、クローディアの気持ちを一番に考え行動しろ」
そう言われ、俺は黙るしかなかった。ハイド伯爵の想いを無視してでも、俺はクローディアを強引に手に入れるつもりだった。背けば伯爵の娘を想う気持ちを踏みにじるのにも関わらず……。
「努めるようにいたします……」
そうだけ答えた……。心がついていかないんだよ……。今はただ……クローディアに一目だけでも会いたい……。
せめて、クローディアの様子だけでも探りたいと父に頼み込み、ロシスター侯爵家騎士団のエリカをメイドとしてハイド伯爵領に送り込んだ。
快活で単純そうに見えても、頭も舌も良く回るし腕が立つ。同性で近づきやすく、良い護衛にもなるはずだ。
「オリバー様のお力になれるのなら、私は何処へなりとも行って戦果を挙げてみせます!」
「よし。頼んだぞ、エリカ」
突然の異動だったが、父や兄を敬愛するエリカは快く承諾してくれた。一言つけ加えるなら、そこに私は含まれていない。昔からエリカとは相性が悪かった。俺の容姿に騙されないからか?
エリカから報告がある度、頭がおかしくなりそうだった。こんなにも状況が悪かったとは……。
しかし、長くエリカをクローディアの側に置いておくためにも、目立つ過剰な庇いだてはできない。許せないことは多かったが、命に関わる食事だけはどうにかしてあげたかった。
だが、陰険な奴がいて、いちいち在庫を細かく管理し、なかなか厨房から食材を持ち出せないらしい。一番側にいるエリカも苦しんでいた。
“使用人たちも「どいつもこいつも」なのですが、特に、料理人の一人に殺意を覚えます。ヤってもいいですか?”
図体はでかいらしいのに、小さい野郎だ。クローディアよりひもじい思いをした後、禿げて野垂れ死ねばいい。
そいつがただの陰険野郎だったら、必ず落とし前はつけさせる。
因みに、ロシスター家は全員フサフサだ。父や兄は筋肉の塊だが、あれで顔立ちは悪くないから意外とモテる。まあ、天国にいる母に似た俺ほどではないのだが。
数年で重なった不幸中の幸いは、婚約者になったサディアスと言う奴とクローディアの仲が一切進展しなかったことくらいか?
仲睦まじくても蔑ろにしていても、クローディアの婚約者に収まった時点で許さないつもりだが、私怨は別にしても、オルディオ子爵家の四男はすこぶる評判が悪かった。
フラれるくせにすぐ女に手を出そうとし、失敗続きで今度は酒と賭博にはまっているらしい。成人まで若干年齢が足りていないのに、背伸びしようとするところが小物感満載だ。
今のところ直接クローディアに害はないから、処理する順番は後回しとなるだろうが――
どうしてハイド伯爵が亡くなったことを知らせてくれなかったのか!?
どうしてクローディアが成人前に婚約しているのか!?
どうして叔父夫妻はクローディアを学園に通わせていないのか!?
どうして! どうして? どうして…………。
腐るだけの俺をひとしきり受け止めた後、父はただ一言こう言った――
「他家に介入できるくらいの力がお前にあったのか? 国に残っていたとして、お前はクライヴの想いに背くようなマネはしなかったのか?」
近頃目立つようになってきた父の顔の皺が、より深く刻まれていた。学ぶ権利を奪われたクローディアの将来を、父が案じていない訳がなかった。
クローディアの近況を把握した父がどれ程悔しい思いをしてきたのかを、その皺の深さで把握した。
中途半端な介入になっては、クローディアの立場をより悪くするだけ……。まして、父は顔の知れた侯爵で、亡き伯爵の親友だ。相手が黒いものを抱えていたのなら、父は警戒されていただろう。
成人前のガキの俺がなんと言おうが、何も変わらなかったのだということも頭では理解できていた。
「……。おっしゃりたい事はわかりました。今一度状況をお教えください……。その上で最悪、私がロシスター侯爵家の汚点になるような事態になった時は、遠慮なく切り捨ててください。それが私の望むところです」
「わかった……。ただ、クローディアの気持ちを一番に考え行動しろ」
そう言われ、俺は黙るしかなかった。ハイド伯爵の想いを無視してでも、俺はクローディアを強引に手に入れるつもりだった。背けば伯爵の娘を想う気持ちを踏みにじるのにも関わらず……。
「努めるようにいたします……」
そうだけ答えた……。心がついていかないんだよ……。今はただ……クローディアに一目だけでも会いたい……。
せめて、クローディアの様子だけでも探りたいと父に頼み込み、ロシスター侯爵家騎士団のエリカをメイドとしてハイド伯爵領に送り込んだ。
快活で単純そうに見えても、頭も舌も良く回るし腕が立つ。同性で近づきやすく、良い護衛にもなるはずだ。
「オリバー様のお力になれるのなら、私は何処へなりとも行って戦果を挙げてみせます!」
「よし。頼んだぞ、エリカ」
突然の異動だったが、父や兄を敬愛するエリカは快く承諾してくれた。一言つけ加えるなら、そこに私は含まれていない。昔からエリカとは相性が悪かった。俺の容姿に騙されないからか?
エリカから報告がある度、頭がおかしくなりそうだった。こんなにも状況が悪かったとは……。
しかし、長くエリカをクローディアの側に置いておくためにも、目立つ過剰な庇いだてはできない。許せないことは多かったが、命に関わる食事だけはどうにかしてあげたかった。
だが、陰険な奴がいて、いちいち在庫を細かく管理し、なかなか厨房から食材を持ち出せないらしい。一番側にいるエリカも苦しんでいた。
“使用人たちも「どいつもこいつも」なのですが、特に、料理人の一人に殺意を覚えます。ヤってもいいですか?”
図体はでかいらしいのに、小さい野郎だ。クローディアよりひもじい思いをした後、禿げて野垂れ死ねばいい。
そいつがただの陰険野郎だったら、必ず落とし前はつけさせる。
因みに、ロシスター家は全員フサフサだ。父や兄は筋肉の塊だが、あれで顔立ちは悪くないから意外とモテる。まあ、天国にいる母に似た俺ほどではないのだが。
数年で重なった不幸中の幸いは、婚約者になったサディアスと言う奴とクローディアの仲が一切進展しなかったことくらいか?
仲睦まじくても蔑ろにしていても、クローディアの婚約者に収まった時点で許さないつもりだが、私怨は別にしても、オルディオ子爵家の四男はすこぶる評判が悪かった。
フラれるくせにすぐ女に手を出そうとし、失敗続きで今度は酒と賭博にはまっているらしい。成人まで若干年齢が足りていないのに、背伸びしようとするところが小物感満載だ。
今のところ直接クローディアに害はないから、処理する順番は後回しとなるだろうが――
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