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第2章 黒領主の旦那様
20 和やかな年明け
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私がユージーンの婚約者となって初めて迎えた年明け――
「メレディス、お疲れ様。赴任してすぐ、年末年始の行事開催にあたってくれてありがとう」
「いえいえ。今までは街中の警護ばかりで楽しむこともできませんでしたから、騎士に比べたら存分に領地のイベントを堪能する良い機会になりましたよ」
ロシスター侯爵家から派遣されたメレディスがハイド伯爵家の新しい家令となり、私とユージーンの執務に費やす時間が大幅に軽減された。
「また一段落しましたし、今日はゆっくりなされてください」
「では、少し皆の所に顔を出してくるわ。メレディスも早めに休んでね」
最近はまっている事は、雨雪模様の日には、ドナ付きだったメイドのカーラに刺繍を教えてもらう事と、日射しがある暖かい日なら、庭師のトーマスと一緒に球根を植える事だったりする。
『植え付けには少し遅い時期じゃが、この寒さならきっと大丈夫ですじゃ』
『寒いのに、無理を言ってごめんなさいね』
『クローディア様はお優しいのう。だが、それが四十年続けてきたわしの仕事じゃよ』
歯の抜けた顔をクシャリとしてトーマスは笑う。寡黙で怖いおじいさんだと思っていたけれど、照れ屋で少なくなった歯を気にしていただけだと最近知った。
『一針一針を縫うのに時間がかかってしまうわ……』
『とても丁寧な仕上がりですよ? 時間がかかっていても、クローディア様の作品は大変美しゅうございます』
『一番最初にクローディア様の作品をいただいたのはこの私!』
『エリカったら』
仕舞っていたハンカチを誇らしげに取り出し、カーラに見せつけている。ユージーンより先に貰ったと喜んでいたが、それで二人が言い合いになったので、その後はユージーンへ贈る刺繍に取りかかっていた。
子どもの頃に少しかじっただけの刺繍は、予想していた通り難しかった。けれど、上達していく過程が作品毎に表れるのでやりがいがある。
球根の植え付けも、球根どうしの距離や植える深さ、花が咲く季節など、細かくトーマスに教わり、興味は尽きない。
騎士が本職のエリカは、女性らしいもの事が好きだけれど、経験値としてはカーラに追いつかないらしい。私とカーラが刺繍しているところを、いつも悔しそうに見ているので、「エリカも一緒にやってみない?」と誘ったら、「針ではクローディア様をお守りできませんから結構です」と全力で断られた――
今日もトーマスと二人で庭園に春咲きの球根を植えていると、ユージーンがお茶の準備をしてくれていた。
「少し休憩をしたらどう?」
「はーい」
放っておかれた事にいじけているのか、トーマスとばかり一緒にいたからか、純粋に気遣ってくれたのかは分からないけれど、ユージーンはなんだかご機嫌斜め。
最近になって、彼の隠してきた性質も見えるようになってきたので、私は急いで手を洗いサロンに向かった。
「ずいぶんと精が出るね」
「冬のうちに植えないといけないからよ? もうギリギリみたい。でも、あと少しで終わるわ」
「そう? じゃあ、その作業が終わったら、ロシスターの本邸に行ってみないか? 婚約して初めての旅行が実家で申し訳ないけれど」
あっという間に春が来て、また忙しくなりそう。色々自由に過ごすなら今のうちと思っていたけれど、ユージーンが幼い頃過ごしたカントリーハウスにはまだ行ったことがないので素敵な提案だ。
「ぜひ行きたいわ! いつも小父様をお迎えするばかりで、私はロシスター領が初めてなのよね? すごく楽しみだわ!」
オリバー小父様やユージーンが、ハイド領に来たことはあったみたいだけれど、私がロシスター領に行った記憶はない。
ユージーンとの“初めての旅行”も、そのフレーズだけで心が弾む。
「なんで父が来たのを覚えていて、俺が来ていたのは忘れているんだろうな……」
あ……、またちょっぴり面倒な雰囲気になってきた。
ユージーンの愛情の深さは今までの経験で分かっていたけれど、私の想像以上に彼の愛は深いらしい。
ここはフォローしておかないと……。
「小父様は、何度もハイド領に来ていたもの。ユージーンは五日間しかここにいなかったんでしょう? 私はまだ十歳だったのよ? でもきっと、何度もユージーンと会っていたら、成人前に貴方を好きだって父に伝えていたはずだわ」
良かった! 太陽も逃げ出さんばかりの眩い笑顔になったから、これで大丈夫なはず。
「そうだね。学業に専念する時期に出会ったのがいけなかったんだ」
さて、そうと決まればロシスター領に向かう準備もしていかないと!
最近、はまってしまった事がもう一つある。お洒落をすることだ。王都をたつ前に、ユージーンと二人で街へ買い物に出掛けた。その時、ユージーンがたくさんの贈り物をくれたのだ。
彼曰く、「今までプレゼントができなかった分、これからは呆れられるくらい贈り物をしたいんだ」と。
季節的にすぐに着られるからと買ってもらった、白魔兎の毛皮のコートが最近のお気に入り。毛足が柔らかく密度も濃いので、見た目も肌触りも防寒性も最高の一品! とても高価だったに違いない……。
真珠と銀糸のタッセルがついた銀の蝶を模した髪飾りも買ってくれた。顔の横で髪を纏め、この飾りをつけてタッセルと一緒に流すのが定着している。
この髪型は、髪飾りを買ってくれたあとすぐ、ユージーンが私の黒い髪を手串で器用にまとめ、飾りをつけてくれた時から気に入ってしまった。
「荷物が多くなってしまったわ」
「大丈夫ですよ。まだまだ少ないくらいです」
「増えても全部私がお持ちします!」
エリカとカーラに手伝ってもらい、ユージーンからの贈り物の服を目一杯トランクに詰め準備を整えていく。
そして二日後。白魔兎のコートと蝶の髪飾りというお気に入りのいでたちで、私はロシスター領に向かった――
「メレディス、お疲れ様。赴任してすぐ、年末年始の行事開催にあたってくれてありがとう」
「いえいえ。今までは街中の警護ばかりで楽しむこともできませんでしたから、騎士に比べたら存分に領地のイベントを堪能する良い機会になりましたよ」
ロシスター侯爵家から派遣されたメレディスがハイド伯爵家の新しい家令となり、私とユージーンの執務に費やす時間が大幅に軽減された。
「また一段落しましたし、今日はゆっくりなされてください」
「では、少し皆の所に顔を出してくるわ。メレディスも早めに休んでね」
最近はまっている事は、雨雪模様の日には、ドナ付きだったメイドのカーラに刺繍を教えてもらう事と、日射しがある暖かい日なら、庭師のトーマスと一緒に球根を植える事だったりする。
『植え付けには少し遅い時期じゃが、この寒さならきっと大丈夫ですじゃ』
『寒いのに、無理を言ってごめんなさいね』
『クローディア様はお優しいのう。だが、それが四十年続けてきたわしの仕事じゃよ』
歯の抜けた顔をクシャリとしてトーマスは笑う。寡黙で怖いおじいさんだと思っていたけれど、照れ屋で少なくなった歯を気にしていただけだと最近知った。
『一針一針を縫うのに時間がかかってしまうわ……』
『とても丁寧な仕上がりですよ? 時間がかかっていても、クローディア様の作品は大変美しゅうございます』
『一番最初にクローディア様の作品をいただいたのはこの私!』
『エリカったら』
仕舞っていたハンカチを誇らしげに取り出し、カーラに見せつけている。ユージーンより先に貰ったと喜んでいたが、それで二人が言い合いになったので、その後はユージーンへ贈る刺繍に取りかかっていた。
子どもの頃に少しかじっただけの刺繍は、予想していた通り難しかった。けれど、上達していく過程が作品毎に表れるのでやりがいがある。
球根の植え付けも、球根どうしの距離や植える深さ、花が咲く季節など、細かくトーマスに教わり、興味は尽きない。
騎士が本職のエリカは、女性らしいもの事が好きだけれど、経験値としてはカーラに追いつかないらしい。私とカーラが刺繍しているところを、いつも悔しそうに見ているので、「エリカも一緒にやってみない?」と誘ったら、「針ではクローディア様をお守りできませんから結構です」と全力で断られた――
今日もトーマスと二人で庭園に春咲きの球根を植えていると、ユージーンがお茶の準備をしてくれていた。
「少し休憩をしたらどう?」
「はーい」
放っておかれた事にいじけているのか、トーマスとばかり一緒にいたからか、純粋に気遣ってくれたのかは分からないけれど、ユージーンはなんだかご機嫌斜め。
最近になって、彼の隠してきた性質も見えるようになってきたので、私は急いで手を洗いサロンに向かった。
「ずいぶんと精が出るね」
「冬のうちに植えないといけないからよ? もうギリギリみたい。でも、あと少しで終わるわ」
「そう? じゃあ、その作業が終わったら、ロシスターの本邸に行ってみないか? 婚約して初めての旅行が実家で申し訳ないけれど」
あっという間に春が来て、また忙しくなりそう。色々自由に過ごすなら今のうちと思っていたけれど、ユージーンが幼い頃過ごしたカントリーハウスにはまだ行ったことがないので素敵な提案だ。
「ぜひ行きたいわ! いつも小父様をお迎えするばかりで、私はロシスター領が初めてなのよね? すごく楽しみだわ!」
オリバー小父様やユージーンが、ハイド領に来たことはあったみたいだけれど、私がロシスター領に行った記憶はない。
ユージーンとの“初めての旅行”も、そのフレーズだけで心が弾む。
「なんで父が来たのを覚えていて、俺が来ていたのは忘れているんだろうな……」
あ……、またちょっぴり面倒な雰囲気になってきた。
ユージーンの愛情の深さは今までの経験で分かっていたけれど、私の想像以上に彼の愛は深いらしい。
ここはフォローしておかないと……。
「小父様は、何度もハイド領に来ていたもの。ユージーンは五日間しかここにいなかったんでしょう? 私はまだ十歳だったのよ? でもきっと、何度もユージーンと会っていたら、成人前に貴方を好きだって父に伝えていたはずだわ」
良かった! 太陽も逃げ出さんばかりの眩い笑顔になったから、これで大丈夫なはず。
「そうだね。学業に専念する時期に出会ったのがいけなかったんだ」
さて、そうと決まればロシスター領に向かう準備もしていかないと!
最近、はまってしまった事がもう一つある。お洒落をすることだ。王都をたつ前に、ユージーンと二人で街へ買い物に出掛けた。その時、ユージーンがたくさんの贈り物をくれたのだ。
彼曰く、「今までプレゼントができなかった分、これからは呆れられるくらい贈り物をしたいんだ」と。
季節的にすぐに着られるからと買ってもらった、白魔兎の毛皮のコートが最近のお気に入り。毛足が柔らかく密度も濃いので、見た目も肌触りも防寒性も最高の一品! とても高価だったに違いない……。
真珠と銀糸のタッセルがついた銀の蝶を模した髪飾りも買ってくれた。顔の横で髪を纏め、この飾りをつけてタッセルと一緒に流すのが定着している。
この髪型は、髪飾りを買ってくれたあとすぐ、ユージーンが私の黒い髪を手串で器用にまとめ、飾りをつけてくれた時から気に入ってしまった。
「荷物が多くなってしまったわ」
「大丈夫ですよ。まだまだ少ないくらいです」
「増えても全部私がお持ちします!」
エリカとカーラに手伝ってもらい、ユージーンからの贈り物の服を目一杯トランクに詰め準備を整えていく。
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