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第十話
しおりを挟むそれは俺がウィーリアと朝食をとっていた時のことだった。
⋯なんだ?やけに向こうが騒がしいな。
朝の限定メニューである、フレーク特盛ヨーグルトを食べていた俺は、目の前でサラダを頬張るウィーリアの後ろで人集りができているのに気づいた。
「なぁ、どうしたんだあれ」
俺の言葉に反応したウィーリアは後ろを向くと、すぐに納得した様子で体勢を前に戻した。
「王子様だよ、昨日入学してきた。周りを取り囲んでるのは主に公爵家や伯爵家の人たちだね。皆彼と接点を作ることに必死らしい」
はぁー、貴族様は大変だな。“王子”ってだけで学年問わず下手に出ないといけない。
王子もそうだ。あんな大勢の人間を朝から捌かないといけないと思うとなんか可哀想だな。
「⋯⋯ん?」
「どうかした?レイ」
⋯今一瞬、見覚えのある髪が、取り囲む貴族たちの隙間から見えた気がしたが、気のせいか?
「いや、なんでもない⋯」
そうして再びヨーグルトを食べる手を動かし始めると、先に朝食を食べ終えていたウィーリアが、ハッとした顔をしたかと思えば、慌てた様子で食器を片付け始めた。
「ごめんレイっ、僕一限目魔法実技だった!早く着替えないと⋯⋯」
そう言って席を立つウィーリアに「頑張れよ」と、軽く声援を送ると、彼は顔をほころばせ、元気よく返事をした。そうして彼の後ろ姿を見届けた俺は、食べ終えた朝食を返却口に持っていくべく、席から立ち上がった。
すると、どこからか見知った声が、誰かを呼んでいるのに気がついた。
「――さん、お兄さん!」
一瞬俺を呼んでいるのではと思ったものの、ロイの声とは全く違うし、第一、あの人集りの中から聞こえてくる。あの中に俺の知り合いはいない。
俺ではない――そう結論づけた俺は食器類を返し終えると、食堂の出入り口へと歩き出したが――
「ロイのお兄さん!」
そう言い、こちらに駆け足で近づいてくる人物が一体誰なのか。その見当が付かなかったものの、自分を呼んでいると知った俺は、後ろを振り返った。
そこには、金色に輝く髪を揺らしながら、端正な顔立ちでこちらに向かってくる、“ロイの友達”がいた。
「君は⋯昨日の⋯⋯」
「カインです、カイン-ティアトス。“カイン”と呼んでください!」
「分かった。俺は、レイ-クレシス。呼びやすい名前で呼んでくれて構わない。にしてもカイン、君はもしかして偉い家の出なのか⋯?」
いつの間にか、食堂にいた人全員の視線が、こちらに注がれてるのに気がついた。先程まで王子の周りを囲んでいた人たちも、その形を崩してまで、皆一斉にこちらに顔を向けていた。
俺の黒髪が注目を浴びているのかとも思ったが、違うようだ。ここにいる人全員が、ヒソヒソと小声で何かを話すことも、馬鹿にする様子もせず、ただ一心に俺ら二人を見ているようだった。
「――カイン?」
質問をするやいなや、指で頬を掻き、視線を泳がすカインは、一呼吸置いた後、
「⋯⋯僕、王子なんです。でも、レイさんは僕のこと“カイン”って呼んでくださいね!⋯⋯あれ、レイさん?」
小っ恥ずかしそうに口を開いたものだから、てっきりお偉い所の息子というのは、俺の勘違いだと思ったのも束の間。彼の思いもよらぬ返答に、俺は思考を一時停止する結果となった。
「⋯⋯い、今、なんて⋯?じょ、冗談、なのか⋯?」
自分でも分かる。今のは馬鹿な発言だ。
自身を王子と言った時の彼の様子、周囲の様子からしてそれは明らかなのに。
そう言って硬直した俺に、カインは特に変哲もない様子で、
「さ、そろそろ行きましょう。ずっとここにいても、意味ないでしょう」
屈託のない笑顔でそう言うと、彼は俺の手を引っ張り、食堂を出た。
そんな王子の行動に、周囲は
「黒髪のくせに⋯⋯」
「なんであんなやつに王子は⋯⋯」
と、散々俺の悪口を言ってらっしゃる。無理もないけど⋯⋯
そりゃそうだ。地方の貴族どころか元平民、その上黒髪持ちでD組。そんな俺にこの国で最も偉い王族の一人であり、この学校で最も優秀だとされるS組所属の彼が、俺の名前を覚えること自体前代未聞だ。
そうして、多数の生徒が俺たちの後をつけてくるも、このような事に慣れているのか。特に気にする様子もなく、彼はただ俺の隣にピッタリとくっつき、取り留めのない会話をし始めた。
◆◆◆◆◆
今日の朝食時の俺は、間違いなく学校一の人気者だったはずだ⋯⋯もちろん、悪い意味での。やっぱり俺に、貴族の世界は向いてなさそうだな。
「⋯ふぅ」
「何だ、手を止める暇があるなら、こちらの作業を手伝ってくれないか」
「⋯遠慮しときます」
放課後。部に所属している者が精を出す時間。そんな俺もまた、魔術学室にて、たった一人の魔術部の者として、顧問のオリアス先生と共に魔法式に関する作業を行っていた。
⋯にしても、今日はマジで驚いた。ロイの友達のカインが、まさか王子だったとは。
おかげでロイに会えるかもと、S組に行くまで間、二人で話している時も、周りの視線が痛いのなんの。本人は全く気にしてなかったし⋯⋯
でも最終的には、普通の後輩相手として話してたなぁ。今思うと馴れ馴れしかったかもしれんが、カインも普通に接してくれって言ってたし、まぁ、大丈夫だろ。
にしても⋯⋯入学早々王子と友達になるなんて、おいおい、俺の弟優秀すぎるだろ。かわいくて、頭も良くて、その上コミュ力もあるとか、おいおい、完璧すぎやしないか?やっぱりロイは天才に違いな――
「あっ!!」
「なんだ、ミスでもしたか?」
「⋯⋯はい」
ついつい興奮しすぎてしまった⋯⋯別の魔法式が入りこんだ、転移魔法の紙をクシャクシャにして捨てた俺は、深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとした。ペンで書いている以上、修正をすることができないのが出力魔法の悪いところなんだよな。ま、書き始めだったから別にいいけど。
まっさらな紙を引き出しから取り出し、インク入れに付けたペンを、紙の上に走らせる。
そうして、ストックが無くなってきた転移魔法の魔法陣を慣れた手つきで書き進めていると、外から詠唱魔法を練習している生徒たちの声が聞こえてきた。
「⋯早いですね、今から練習ですか」
俺の言葉に、オリアス先生が相槌を打つ。
「そうでもない。大半の生徒は今日初めて、本格的に魔法を習ったんだ。今から準備していないと、間に合わないだろう」
「そんなの、幼い頃からたくさん触れる機会あったはずなのに」
そう返事をすると、額に手を当てた先生は、若干の呆れを含んだため息をついた。
「⋯⋯皆が皆、お前のように魔法に優れているとは限らない。」
「⋯そうですね、」
魔法に優れている⋯⋯多分、“魔法を発動させるのが上手”という意味ではない。“魔法式を扱うのに長けている”そういう事なんだろう。実際、“詠唱魔法”よりも、“出力魔法”のが魔法式を理解していないと使いこなせない。まぁ、魔法式オタクの先生らしいっちゃらしい言い方か。
「⋯にしても時間が経つのは早いなぁ。俺の時はその時の首席が優勝しましたよ」
入学した一年生の大半が、この時期から盲目的に魔法に精を出し始める。
その理由は―――
「今年もまた、やるんですよね」
「あぁ。王立魔法高校恒例『一年生春の対抗魔法試合』。今年はどいつが優勝するのか見ものだな」
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