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第九話
しおりを挟む「なんで、なんで兄さんと同じ部屋じゃないんだ⋯⋯」
元平民でありながらも、入学試験で舐めてかかる貴族共を蹴散らし、トップの座で入学した男、ロイ-クレシスは絶望していた。
大好きな兄ではなく、同じ1年、しかも貴族と、これから先、共に生活することになったからだ。
「え、えっと、僕、アリキス。ア、アリキス-グレイ。よ、よろしくね⋯!」
同室になった男、アリキスは、B組所属の男爵家の一人息子らしい。
幸い、と言うのもあれだが、男爵家は伯爵家や公爵家と比べると、身分が低く、その分平民への偏見が少ない。それにB組ときた。もし兄さんに何かしようとしたとしても、B組相手なら簡単に倒せる。
⋯⋯が、なんだこいつ。昨日からずっと、じろじろと怯える目で僕を見ては、距離を取っている。S組はそんなに怯えられるものなのか?それともこいつもまた、平民と同じ空気を吸いたくないというやつなのか。
「なぁ、何がそんなに怖いんだ」
「うえっ!?べっ、別に怖がってなんか⋯」
素っ頓狂な声を上げ、ピンで止められた前髪を触りながら、どこかぎこちなく答える彼に少し苛つきを覚えたものの、僕は再度質問を投げかけた。
「僕がなにかしたか?心当たりがないんだが」
「うえっ、っと⋯⋯」
「なんだ?聞こえない。もう少しでかい声で喋れ」
こちらに体を向けたアリキスは、銀色に輝く毛先をいじりながら、もじもじと体を動かした。そして、少し言葉を溜め込んだ後に、
「そっ、その、君と仲良くなれたら良いなって!!!」
「⋯は?」
想像の斜め上を行く言葉に、思考が止まる。それは差別の言葉でも、恐れの言葉でもない、ただただ真っ直ぐな交友宣言だった。
「⋯この黒髪が見えないのか?」
「君が元平民ってことは知ってるよ。でも僕、平民とか貴族とか、そういうの苦手なんだ。そもそも親がそういうの、嫌う人だったし」
「⋯⋯じゃあなんで怯えたような目で見てたんだ」
「そっ、それは、昨日の夜、部屋に入ってきた君がすごく怒ってる気がしたから、いつ話しかけたら良いか伺ってたんだ。」
昨日⋯⋯あのカインとかいう王子に、僕の楽しい兄さんとのデート計画を邪魔された挙げ句、その後も何かと付きまとわれ、この部屋に着いた時には疲弊しきっていた。そうだ、王子を恨むばかりでこの男の事をろくに見もしなかったな。それが逆に怖がらせてしまったのか。
「⋯そうか、悪かった。これからよろしく頼む」
そうだ、僕はこれからこの男と共に生活するんだ。男爵家と言っても貴族は貴族。今のうちに親しくなったほうが何かと都合もいい。兄さんも、同室の人とは仲良くしろって言ってたし。
「ねぇ、良かったら一緒に教室まで行かない?」
⋯どうするか、今日は朝から兄さんと会う計画だったのだが。今のところ、特に警戒する必要も無いと判断したこいつと必要以上に関わるというのも⋯⋯緑がかった髪が、銀色の髪の中に混じっているのを見るに、僕の火魔法と相性のいい植物魔法持ちのようだし。
―――ん?なんだあれ、入れ墨か⋯⋯?
「⋯⋯あぁ、分かった。一緒に行こう」
⋯⋯やっぱりもう少し警戒するか。例えそれがどんなに気弱そうなやつだとしても、兄さんに危害を加えないとは限らない。
もし一ミリでも兄さんに危険が及ぶ事があったら、その時は―――
◆◆◆◆◆
「ねぇロイ君はどう思う?植物魔法は実践に向いてないって言う人がいるんだ」
廊下を二人の生徒が歩いている。ただそれだけの事なのに、周りの生徒は彼らを避け、端に寄っては僕の髪を見てひそひそと話をしている。⋯にも関わらず隣のこいつ――アリキスは、自身の属性魔法である植物魔法の話に夢中になっていて全く気づいてないようだ。
「植物の多いところなら強いが、無い所だと難しいんじゃないか」
「いや、実は植物魔法って言っても、周りに植物がない場合でも一応魔法は―――」
ふと朝のことを思い出した僕は、彼にバレないように、彼の首元に目線を落とした。
今は襟のせいで全く見えない状態になっているが、朝、第一ボタンを外していた彼には確かに黒い模様が見えた。後ろから鎖骨にかけて、肩の上でアーチを描くその模様は、黒く、入れ墨を連想させるものだった。こんなおどおどしたやつが入れ墨をしている事自体不思議だ。
「なぁアリキス、お前のその首元の、入れ墨か?」
一応声を小さくして、“入れ墨”と言ったものの、その言葉を聞いた途端、アリキスは先程まで長々と話し込んでいた植物の話を止め、左手で隠す動作をとった。そしてハッとしたような顔をして一言、「うん、家の掟でね」そう言うと、彼はその話題を避けるように、また植物の話に話題を変えた。
⋯それほどまでに触れてほしくないことなのか。まぁ僕も家族について触れてほしくないのは同じか。
「じゃあロイ、またね!」
「あぁ」
そうして元気よくB組の教室へと入っていくアリキス。気弱ながらも、人と明るく接する彼はきっと、クラスでもよくやっていくのだろう。
⋯僕もそろそろ行くか。またあの貴族共と顔を合わせるのは癪だが、昨日の事があったんだ。また誰かから喧嘩をふっかけられることもないだろう。
そうしてS組の教室に向かっていたのだが―――
「にっ、兄さんっ!!?なんでここに!!――って、おい、なんでお前がここにいるんだ」
S組の教室の前には、昨日いきなり別れてしまった兄さんと――その原因となった王子がいた。
昨日、兄さんとの甘い時間を十分に過ごせなかった僕は、兄さんを後ろから抱きしめては、その不足分を補おうとした。
「こらロイ、友達にお前とか言っちゃダメだろ?」
「うん、ごめんね兄さん」
王子が何も言わずにこちらをただ見てるだけなのが少々気になるが、まぁ邪魔されないだけマシか。
口元に手を寄せては、考えるポーズをとる王子の前で、僕は兄さんの頭に頬ずりをしては、兄さんとの時間を楽しんでいた。――あれ、そういえば⋯⋯
「なぁ、昨日おま――あんたの隣りにいた側近は?」
「あぁ、ケイの事だか。ケイはA組。昨日はたまたま鉢合わせただけさ」
なんともきな臭い笑顔を振りまいては、僕達を後ろで見ていた生徒たちの心を鷲掴みにする。
誰がこんな笑顔に心躍らされるか。胡散臭いったらありゃしない。一刻でも早く、知らぬ間に作られた兄さんとこの王子の関係を、断ち切らねば。
「ねぇ兄さん、今日の放課後僕と一緒に学校回ろうよ。まだよく把握しきれてなくて」
「⋯あぁー、ごめんなロイ。今日の放課後は、どうしても外せない用事があって」
「そっか⋯」
⋯もっと一緒にいたいのに。そうして抱きしめる力を強くした僕は、兄さんの頭に再び顔を擦り寄せた。
「また今度な」
そう、僕の頭を優しく叩き、目を合わせては頬を緩ませる兄さんに、僕はすぐ暴走しようとする感情を、必死に抑え込んでいた。僕をなだめる時に頭をポンと優しく叩くのは、兄さんの癖だ。
「⋯うん!」
その言葉を聞いて安心したのか、兄さんは僕の体に持たれかかるような態勢を取った。これ以上は持たなそうだから止めてほしいのに、止めてほしくない。そんな葛藤に悩みながらも、「んじゃ、そろそろ授業始まるから」と、兄さんは僕の手をゆっくりと解き、二年生の教室へと歩き出した。
そうして兄さんを抱いていた余韻に浸っていると、前からの声にすぐに余韻は遠ざけられた。
「あらら、振られちゃったね。学校案内なら僕がしようか?」
「うるさい!お前には関係ないだろ」
「あれ、お前って言葉は言っちゃダメって言われただろう?」
口角を上げては、そう笑顔で首を傾げる彼に、昨日のことも相まって、つい手を出してしまいそうになる。兄さんが僕とこいつが友達だと勘違いしてなかったら、こんなやつすぐにでも殴ってやるのに。
「にしても、君はお兄さん以外とも話せたんだね。ほら、さっきの子。廊下では随分と親しげだったけど、寮の同室の子なのかな?」
「あぁ。少なくともお前よりはマシだ」
⋯やばい、この顔を見ていると、段々腹が立ってきた。ダメだ、苛ついたってだけで、友達を殴ったと兄さんに知られたら、間違いなく嫌われる。そうなるともう、兄さんとのデートだって難しくなってしまう⋯⋯
「もういいだろう、僕は教室に入る。絶対、近くに座るなよ」
睨みをきかせて、“絶対”部分を強調して言った僕はそう言うと、一人教室に足を踏み入れた。
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