【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希

文字の大きさ
157 / 157
第三部 最終話

58 リュート奏者

しおりを挟む
 集まっていた聴衆から歓声と拍手が上った。金属が当たる鈍い音もする。ありがたい。コインを投げ入れてくれた方々へ心の中で頭を下げる。

 ディーノがぺこりぺこりとお辞儀をしているのが見えた。

 通りやこういう公園で演奏をしているディーノの収入は不安定ではあるけれど、気に入ってくれる人が増えてきている。それに特定のお店で弾かせてもらうようになって、収入にも繋がっている。

 名前がどのくらい広がっているのかはわからないけれど、最初の頃に比べてゼロという日はなくなってきいる。

 イレーネの収入だけでは二人が食べていくのは、正直なところ厳しかった。今は少し楽になっている。

 ピエールが以前に話していた劇場は実現しなかった。やはり貴族と平民が一つの場所で一緒に音楽や演劇を楽しむことは無理だと公爵に反対されたそうだ。長く続く身分制度と貴族の意識が実現を阻んだ。

 残念な報告を携えて戻ってきたピエールは申し訳なさげにしていたが、ディーノは平気な顔をしていた。実現が困難であることがわかっていたからだと。

 劇場の代わりに、噴水公園が造られた。

 庶民のためにと、公爵が開放したのだそうだ。

 そしてディーノには、年に一度、新年の宴でリュートを演奏して欲しいと公爵から依頼があった。

 ディーノは迷うそぶりを見せていたけれど、イレーネが背中を押した。専属は無理でも音楽家としての仕事の依頼ならば行くべきだと。

 そして昨年の暮れ、やってきた迎えの馬車に揺られて、イレーネも一緒に公爵の屋敷に向かった。

 馬車で十数日の行程は、思っていたより大変だったけれど、楽しかった。

 初めて公爵夫妻にお会いし、ディーノが過ごしていた貴族たちとの付き合いを体験した。

 初めて着せてもらったドレスには胸が弾んだけれど、行儀作法なんて知らないイレーネは、ピエールとディーノに教えられてなんとか乗り切ったものの、緊張のあまり何度も倒れそうになった。貴族たちと話すディーノが別の人に思えた。

 私は平民で十分だわ。

 五日ほどの滞在だったけれど、イレーネは心からそう思った。

 しかし頂いた報酬はかなりの額だった。

 屋敷には二人を祝福する貴族たちが集まっていて、祝いの品をたくさんもらった。リカルドからもらった物が霞むほどの高価なものばかり。

 ありがたいけれども、狭い家に置き場があるはずもなく。実用性のあるものや置けるものだけを持って帰り、残りは公爵の屋敷に保管してもらうことにした。

 そのことだけで、ディーノが貴族たちから愛されていたことがよくわかった。

 この人たちからディーノを奪ってしまったと思ったけれど、どの貴族からも表立って責められたりはしなかった。

 ディーノの演奏を褒め称え、幸せを願っていると祝福までしてもらった。

 貴族たちもディーノの演奏を楽しんで聴いていた。

 その姿は貴族も平民も変わらない。

 いつかディーノが望むような、身分の関係ない、一つの場所で同じものを楽しめるような社会が訪れればいいなとイレーネも思う。

 自分たちの代では無理でも、子供たちの世代、孫たちの世代、例えその先になってしまっても。いつかそうなればいいなと願わずにいられない。

 こんなに素晴らしいものを分け隔ててしまうのはもったいない。

 次の曲を演奏しているディーノが顔を上げた。

 見つめていたイレーネと視線が交わる。

 音楽家の顔の中に、一瞬だけ普段のディーノが顔を覗かせた。

 イレーネへの想いがたくさん詰め込まれた熱い眸に、胸がどきどき高鳴った。

 それは、まるで初恋を自覚した瞬間のときのようで、少女の頃の気持ちに戻った気がした。

 一緒に暮らしているのにね。

 リュートからも彼の想いが伝わってきて、昔のようにイレーネの鼓動が激しくなる。でも、もう取り乱しはしない。

 ディーノの気持ちは毎日伝えられているし、イレーネも伝えているから。

 気持ちが通じ合っていることを、実感しているから。

 イレーネが笑みを浮かべて微笑んでみせると、ディーノもにこりと笑顔を見せた。

 それからリュートに目を戻した。

 優しくて温かい音色が心にじんわりと広がる。

 聴衆にも届いていることをイレーネは願う。音に込められた彼の熱い想いの丈が。



                 <Fin>
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

zen1608jun
2018.04.08 zen1608jun

引き込まれてどんどん読み進んでしまいます。早く続きが読みたい(*⁰▿⁰*)

2018.04.08 衿乃 光希

感想ありがとうございます。すごくすごく嬉しいです。(>∀<人)

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

失礼ながら殿下……私の目の前に姿を現すな!!

星野日菜
ファンタジー
転生したら……え?  前世で読んだ少女漫画のなか? しかもヒロイン? ……あの王子変態すぎて嫌いだったんだけど……? 転生令嬢と国の第二王子のクエスチョンラブコメです。 本編完結済み

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。