【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希

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第三部 最終話

57 後日談――十ヵ月後(イレーネ目線)

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 しばらく雨の日が続いていたけれど、今日は久しぶりに太陽が顔を出した。
 抜けるような青空が広がっていて、とても気持ちが良かった。

 洗濯物を干し終えると、イレーネは自宅を出た。
 ふんふふーんと鼻歌を唄いながら通りを行く。誰もイレーネの鼻歌を気に止めない。

 それもそのはずで、今日から三日間、パレルモの街では二年に一度開催されるカーニバルが始まっていて、街は喧騒に満ちているからだ。

 通りには人が溢れ、呼びこみの声、笛や太鼓などの楽器の音があちこちから聞こえてくる。

 いつものお店は三日間閉めてしまう替わりに、普段は見られない異国のものを売る露天商が軒を並べて、商売に精を出している。イレーネが勤める仕立て屋も休業している。

 面を被った子供が、仮装をした人々の間を縫うように走り回る。ときおり泣き声が聞こえてくるのは迷子になってしまったのか兄弟喧嘩になっているのか。

 一昨年、イレーネはロマーリオやエレナたちの家族と、このカーニバルを楽しんだ。
 屋台で遊び、ワインや食べ物を買い、遊んで小腹が空けばお菓子を買った。
 それはそれは楽しい時間を過ごした。

 今年も誘われたのだが、イレーネは断った。

 一人で通りを歩く。普段とは違う人の多さに少し戸惑いながら、目的の場所、街の中央にある噴水広場に向かう。

 この噴水広場は、ほんの少し前に出来上がったばかりだった。

 ここを治めるアイゼンシュタット公爵が、別邸を造り替え広場にしたのだ。

 井戸を噴水に、建物はすべて壊して小道を造った。木々を植え、休憩用のベンチを置き、憩いの場所にした。

 広大な庭園は人々に歓迎され、休日平日問わず、街中から人々が遊びにやってくる。

 人が集えば娯楽も集まる。

 ピエロの格好をした手品師がおり、曲芸師が火を食い、人形使いが芝居をする。

 ヴァイオリニストは陽気な曲を奏で、鍔広の帽子を被った吟遊詩人は唄う。

 旅芸人たちが披露する腕前に魅入った人々から、拍手喝采が湧き上がる。

 イレーネは逸る心を抑えて、公園内を進む。

 目的の人は決まっている。

 この街に住んでいる彼は、ほぼ毎日決まった場所で演奏をしている。イレーネは毎日聴きに行くことはできないから、今日は思う存分聴けることが嬉しかった。

 大きく茂った木の下に彼はいた。

 古着を纏い、伸びた髪は寝癖がついてあちこちに向いている。

 イレーネは思わずくすっと笑った。

 朝直してあげたのに、またはねてる。

 ぱっとしない地味な容貌の彼が、この公園にいる芸人たちの誰よりも、人を多く集めていた。

 両手の指を駆使して複数の弦を爪弾き、繊細で流麗な音を奏でていく。

 周囲の喧騒にかき消されてしまいそうなか弱い音量であるにもかかわらず、不思議と耳に届く。

 ゆったりとした心地の良い曲で心を和ませていたかと思えば、激しくかき鳴らし、不安を誘う。

 この曲の主人公たちに何かのアクシデントが起こったのだろうか。この先どうなってしまうのかしら。

 まるで物語を聴いているかのように先の展開が気になってしまう。訪れるのは悲しい未来なのか、明るい展望なのかと。

 やがて、霧が晴れるように、明るい兆しが見え始めてほっとする。

 はじけるような調べに乗せて、ディーノの顔にも笑みが広がっていく。

 楽しそうにリュートを弾く彼を見ているのが一番好き。

 彼を誇らしく思う。けれど一人締めしようなんて思わない。イレーネの旦那ではあるけれど、リュートを弾いているときのディーノは普段の彼とは違う人のように見える。

 リュート奏者としての矜持と誇りと自信が、音楽家の顔を持たせているのだと思う。

 独学で練習をしていたときはこんな顔ではなかった。演奏技術だけではなく、演奏スタイルをも変えた。以前のディーノを懐かしくは思うけれど、寂しくはなかった。それはディーノの成長の証だから。

 きっと本人は気づいていないだろうけど。
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