【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希

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第一部

16 真実を隠して

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 台所を突っ切り、扉を開ける。

 朝の冷たい空気が鼻を抜けて肺に達すると、布団によって温められていた身体が一気に冷えた。そのお陰か頭に上っていた血も下りたようで、少し冷静さを取り戻す。
 深く息を吸いこんで、もう一度身体の奥深くまで冷気を送りこむ。

 それから周囲を見渡した。ログハウスのような手作り感溢れる家が、隣にも向かいにも数軒立ち並んでいる。人通りはないが、家々の煙突から煙があがっていることから、人が生活している様子は窺えた。

 周囲に高い木々が見えることから、ここが森の中であることがわかる。村というよりは数人の人々が寄り集まっている集落のようだ。

 どこかから女性の話し声が耳に届き、声のするほうに向かった。壁をぐるりと回ると、家の裏手で洗濯物が風に揺れているのが見えた。

「イレーネ!」

 洗濯物の間からイレーネの姿を見つけた。ほっとして駆け寄る。

「おはよう。寝ぼすけさんね」

 イレーネがくすくすと笑う。優しい笑顔だった。

「ああ、起きたんだね。おはよう」

 後ろから女性も姿を現した。干し終わったのか、空っぽのかごを抱えている。

「二人とも元気になったみたいだね。安心したよ」

「おばさんのお陰です。どうもありがとう」

「あたしは大したことはしてないよ。神のお導きに従ったまでさ」

 女性と話すイレーネは、今まで見たことのない顔をしていた。明るい声と朗らかな表情で、屋敷の誰かに話しかけられてもこんな応え方をしていたことはなかった。

 この表情を引き出すのは自分だと思っていたのに、他の誰かがあっさりとしてのけたことに、レーヴェの胸中は複雑だった。嬉しいことなのに、少し残念なような。

「他にお手伝いできることはありますか? 私、何でもします」

 屋敷で料理以外の家事はなんでもさせられていただろうからイレーネにとって何といういうこともないのだろうが、レーヴェはふと疑問を感じた。せっかく屋敷から逃げ出したのに、なぜ同じことをやるんだろうと。

「元気になったばかりなんだから、無理しなくていいんだよ」

「いいえ。無理なんてしてないです。お世話をおかけしたのに何もしないなんて、亡くなった両親に叱られます。それに身体を動かしていたほうが楽なんです」

 イレーネは女性に取り入ろうとしているのだろうか。にこやかに話しながらも言葉の端々に媚びるような感じがある。

 二人が行ってしまうのを見つめたまま見送りかけて、レーヴェはイレーネにようやく声をかけ引き止めた。

 イレーネは振り返った。女性は先に行ってしまう。

「あの人たちに何か話した?」

「何かって?」

 イレーネにさぐりを入れるが、彼女は本当にわからないという顔をして小首を傾げた。

「オレらのこと」

「何も云ってないわよ。云わないほうがいいと思って」

 声を潜め、早口に云った。

「ずっとここにいるの?」

「そんなことわからないわ。だけど、奴隷だったなんて言ったら絶対嫌がられるわ。私、自分が奴隷だったなんて思いたくないし」

「そりゃそうだけど。それを受け止めてくれるような人だったら、信頼できると思うけど」

「だめ。言っちゃだめよ。何か聞かれたらうまくごまかして」

「ごまかすったって、なんて」

「そうねえ。それじゃ、こうしましょう。怖い人たちに襲われて森に逃げたって。いい?」

「わかった」

 イレーネの勢いに圧倒されて、レーヴェはあっさりと頷く。

 レーヴェが頷いたのを見届けると、玄関に向かおうとしたイレーネがもう一度近寄ってきた。耳に口を近づける。

「ねえ、名前、考えたほうがいいんじゃないかしら。九番なんて呼べないもの」

 レーヴェが聞き返す間もなく、イレーネは走って家に入って行った。
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