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第一部
17 名前
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名前のことはずっと考えていた。いつかこの身分でなくなったときに呼んでもらう名前が欲しいと。
レーヴェも九番なんてずっと嫌だった。けれど狭い世間しか知らないレーヴェにはなかなか思いつかなくて、イレーネに相談したいと思っていたのだ。
しかし今のイレーネは何かに必死なようだった。落ち着き先を決めたいのか、女性たちに気に入られるように振舞っているように見える。
レーヴェはもっと遠くに行くつもりをしていたが、イレーネがここを選んだのなら、イレーネを守るためにもここに残るしかない。自分一人で行くつもりはもとよりなかった。
その日の夜になって、二人は質問を受けた。パスタとサラダの夕飯をとった後のことだった。
「そろそろ、聞かせて欲しいんだけど」
女性が切り出すと、レーヴェはついに来た、と緊張して背筋を伸ばした。
「まずは名前だけど、あんたはイレーネ。それで、君は……」
女性の視線がレーヴェのほうを向く。
「えっと……ディーノ」
いつか夢で呼ばれていた名前を持ち出した。
「ディーノだね。それで、どこに住んでいたんだい」
二人は答えられなかった。レーヴェは町の名を知らなかったし、イレーネはあの町の名を言うことにためらいがあった。どこで身元がばれるか知れないから。
「北のほうの名もない小さな村です」
とイレーネが答え、レーヴェに云った通り怖い人たちに襲われて、と続けた。
「イレーネのご両親は亡くなったって言ってたね。その時かい?」
女性の口調が柔らかくなる。
「違います。二年くらい前に流行り病で」
「流行り病か。気の毒にねえ。あんたもかい?」
「オレは親の顔を知らなくて」
「そう。ずいぶんと小さい時に亡くしたんだね。誰かの家で世話になっていたのかい?」
「はい。知り合いの家で」
レーヴェが答える前にイレーネが答えた。
女性は口をつぐんだ。なにやら思案げだ。両親に関しては真実だが、二人がついた嘘を見抜いているのだろうか。
レーヴェは嘘がばれるのではないかと内心びくびくしていた。イレーネは反対に背筋を伸ばし、堂々としている。
しばらくの間女性は二人をまじまじと見つめ、さらに質問を重ねた。
「どこかに行く当てはあるのかい」
二人とも首を振る。そこは共通している。レーヴェはもっと遠くに行ったほうが良いと考え、イレーネはここに留まりたいとしている違いはあったけれど。
女性は隣の男性に目をやった。今度は男性が二人に話しかける。
「僕たちは連れ添って十五年になる夫婦だ。しかし子供に恵まれなかった。君たちが望むのならここにいてもいいし、近くに大きな街がある。そこには孤児院もあるから手続きをしてもいい。孤児院なら修道女たちが奉仕で勉強を教えにきているから、そちらのほうがいいとは思うんだが。まあ、ここに着いたばかりだし、今すぐに答えをださなくてかまわないよ。希望がなければ孤児院へ、ということになるが」
「わたしはここがいいです。迷惑でなければ」
イレーネが身を乗りだして云った。
男性が続ける。
「迷惑ではないけれど、ここは小さな集落でね。買い出しに行けるのは月に数回。住人と共同で畑を耕し、たまに狩猟に行って生活している。言ってしまえば不便なところだよ。僕も含め男たちのほとんどが職人だから、それらは女性の仕事になる。きみは家事が得意のようだけど、畑仕事は経験あるのかい」
「ありません。だけど手伝います。ここに置いてください」
イレーネの表情は必死だった。二人を睨みつけるように凝視し、唇を真一文字に引き結んでいる。どうしてここにこだわっているのかレーヴェは理解できなかった。
「ここは両親と暮らしていた村とよく似ているんです」
イレーネのダメ押しの一言が夫婦に覚悟を決めさせたのか、二人の表情が引き締まる。
女性が言葉を継いだ。
「冬はとても寒くて厳しい土地だよ。余裕なんてないからきれいな服なんて買ってあげられない。職人の手に傷はつけられないから、男たちに頼ることはできない。それでもいいのかい」
「はい。お願いします」
イレーネが食卓に額をくっつけそうなくらいに頭を下げた。
レーヴェも九番なんてずっと嫌だった。けれど狭い世間しか知らないレーヴェにはなかなか思いつかなくて、イレーネに相談したいと思っていたのだ。
しかし今のイレーネは何かに必死なようだった。落ち着き先を決めたいのか、女性たちに気に入られるように振舞っているように見える。
レーヴェはもっと遠くに行くつもりをしていたが、イレーネがここを選んだのなら、イレーネを守るためにもここに残るしかない。自分一人で行くつもりはもとよりなかった。
その日の夜になって、二人は質問を受けた。パスタとサラダの夕飯をとった後のことだった。
「そろそろ、聞かせて欲しいんだけど」
女性が切り出すと、レーヴェはついに来た、と緊張して背筋を伸ばした。
「まずは名前だけど、あんたはイレーネ。それで、君は……」
女性の視線がレーヴェのほうを向く。
「えっと……ディーノ」
いつか夢で呼ばれていた名前を持ち出した。
「ディーノだね。それで、どこに住んでいたんだい」
二人は答えられなかった。レーヴェは町の名を知らなかったし、イレーネはあの町の名を言うことにためらいがあった。どこで身元がばれるか知れないから。
「北のほうの名もない小さな村です」
とイレーネが答え、レーヴェに云った通り怖い人たちに襲われて、と続けた。
「イレーネのご両親は亡くなったって言ってたね。その時かい?」
女性の口調が柔らかくなる。
「違います。二年くらい前に流行り病で」
「流行り病か。気の毒にねえ。あんたもかい?」
「オレは親の顔を知らなくて」
「そう。ずいぶんと小さい時に亡くしたんだね。誰かの家で世話になっていたのかい?」
「はい。知り合いの家で」
レーヴェが答える前にイレーネが答えた。
女性は口をつぐんだ。なにやら思案げだ。両親に関しては真実だが、二人がついた嘘を見抜いているのだろうか。
レーヴェは嘘がばれるのではないかと内心びくびくしていた。イレーネは反対に背筋を伸ばし、堂々としている。
しばらくの間女性は二人をまじまじと見つめ、さらに質問を重ねた。
「どこかに行く当てはあるのかい」
二人とも首を振る。そこは共通している。レーヴェはもっと遠くに行ったほうが良いと考え、イレーネはここに留まりたいとしている違いはあったけれど。
女性は隣の男性に目をやった。今度は男性が二人に話しかける。
「僕たちは連れ添って十五年になる夫婦だ。しかし子供に恵まれなかった。君たちが望むのならここにいてもいいし、近くに大きな街がある。そこには孤児院もあるから手続きをしてもいい。孤児院なら修道女たちが奉仕で勉強を教えにきているから、そちらのほうがいいとは思うんだが。まあ、ここに着いたばかりだし、今すぐに答えをださなくてかまわないよ。希望がなければ孤児院へ、ということになるが」
「わたしはここがいいです。迷惑でなければ」
イレーネが身を乗りだして云った。
男性が続ける。
「迷惑ではないけれど、ここは小さな集落でね。買い出しに行けるのは月に数回。住人と共同で畑を耕し、たまに狩猟に行って生活している。言ってしまえば不便なところだよ。僕も含め男たちのほとんどが職人だから、それらは女性の仕事になる。きみは家事が得意のようだけど、畑仕事は経験あるのかい」
「ありません。だけど手伝います。ここに置いてください」
イレーネの表情は必死だった。二人を睨みつけるように凝視し、唇を真一文字に引き結んでいる。どうしてここにこだわっているのかレーヴェは理解できなかった。
「ここは両親と暮らしていた村とよく似ているんです」
イレーネのダメ押しの一言が夫婦に覚悟を決めさせたのか、二人の表情が引き締まる。
女性が言葉を継いだ。
「冬はとても寒くて厳しい土地だよ。余裕なんてないからきれいな服なんて買ってあげられない。職人の手に傷はつけられないから、男たちに頼ることはできない。それでもいいのかい」
「はい。お願いします」
イレーネが食卓に額をくっつけそうなくらいに頭を下げた。
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