【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希

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第一部

48 弟子になりたい

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 鶏の鳴き声で目を覚まし、伸びをしてから身体を起こした。弾むような軽やかな足取りで、リュートを手に家を出た。昨夜の演奏を思い出すと、心が躍った。

 いつものように木の根に腰掛け、一曲目は昨夜に練習した曲から開始した。

 言葉はなくても音から伝わってきたものを思い出しながら弾く。

 演奏を終えると、拍手が聞こえた。ロマーリオかイレーネだろうかと顔を上げるとロドヴィーゴの姿が見えた。小脇にリュートを携えている。

「昨夜の演奏は君だったんだな。驚かされたよ」

「あ……その、おはようございます」

「おはよう。この曲、演奏してみてどう思った」

 背筋を伸ばした。

「はい。最初は空回りっていうか、一所懸命さが仇になって誰も受け入れてくれない。だけど、大事な人を失ってから深みがでて、やっと認められた。でも、この人は大事な人を失った悲しみが強過ぎて、認められたことを喜べない、つらい毎日を過ごしてる。だけど、現実を受け入れる決心ができて、その人への想いと共存して強く生きていく」

「正解だ。この曲には楽譜がなくてね、代々耳で受け継がれてきているんだ。父の師匠の師匠が晩年に作った曲でね、どうやら彼自身の経験からきているらしい。当時は戦争や流行り病で大勢の命が亡くなった。彼の家族や恋人も犠牲になったらしい。そんな中で彼は生き抜いた。悲しみを力に変えて。悲しい曲だと思うかね」

「いいえ。オレは、行きぬいてやろうっていう気になった」

 ディーノがそう答えると、ロドヴィーゴは笑った。

「君は前向きだな。どこかでこの曲を聴いたことがあるのか?」

「いえ。ロドヴィーゴさんの演奏が始めてで」

「一度で憶えたのか」

「でも、憶えきれてなかった。二度目に聴いたときに修正個所がたくさんあったから」

「楽譜も見ずにあれだけ弾ければ大したもんだ。耳がいいんだな。私なんかもっと間違えたぞ」

「本当に?」

 褒められたととったディーノは、嬉しくなった。

「他に何か弾けるのか?」

「弾けるというか、ええ、まあ」

 所望されてディーノはリュートを抱え直した。こんなに嬉しいときは、この思いをそのまま音に変換させるのがディーノの得意とするところだ。昨夜からの胸のどきどきや楽しい気持ちを音にのせ、思わず踊り出してしまいそうなテンポの早い曲を弾いた。

「始めて聴く曲だな。なんという曲だ」

 聴き終えたロドヴィーゴも楽しそうにしている。

「曲名は……今オレが考えた曲だから」

「君は即興演奏が得意なのか。これはなかなか重宝する存在だな」

「そう……なの?」

「うん。決まった曲を楽譜通り、教わった通りに演奏するのが若い音楽家には多いからな。その反面、即興演奏をできる者が少ない。基礎をきちんと押さえれば、君のその才能はプラスになるだろう」

「はい。ありがとうございます」

「即興演奏っていうのはなかなか難しいものなんだよ。演奏技術もさることながら、誰かと一緒に演奏するときは合わせないといけない。一人での演奏でも聴衆を置き去りしてはいけない。聴衆を惹き込む技術だけじゃなく、場の空気を読むことも大切なことなんだ」

「ロドヴィーゴさんも即興演奏をしたことがあるの?」

「何度かね。だが私にはあまり向いていないようでね。古くからある曲を私流に演奏したほうが、受けがいいんだ。聴衆っていうのははっきりと態度や顔に出すからね。怖いものだよ」

「怖いもの?」

「怖いよ。自信をもって弾いたものが、まったく相手にされないときなんて、その場から逃げ出したくなるほどに。ま、そこで逃げれば演奏家としてはもう終わりだがね」

「オレ、ここ以外では弾いたことがなくて。ここの人たちはみんな褒めてくれるから。だけど、オレ、ここを出てリュート奏者になりたい」

 ディーノの口からするりと言葉が転がりでた。いつ云おうかとタイミングを計っていた台詞が、なんの気負いもなく自然に。

「ここの生活はとても好きだけど、ずっとリノの世話になるわけにはいかない。だけど、その気もないのに弟子入りはできない。街に行って仕事を探すっていう手段もあるけど、オレはリュートが大好きだから。リュートだけは一生手放すことはないと思う。オレの演奏じゃ笑われるかもしれないけど、好きだけじゃだめなのかもしれないけど」

「それが、君の出した答え、というわけだな」

「はい。オレをロドヴィーゴさんの弟子にして欲しい」

「ここで穏やかに過ごしたほうが人生楽だぞ。見た目が派手な仕事ほど、足の引っ張り合いや人間の嫌な部分を見せつけられる。覚悟はできているのか」

「人の嫌な部分はさんざん見てきた。音楽をする人に悪い人はいないって思いたいけど、嫌な奴がリュートを弾いてるのを知ってから。オレが思ってるほど、世の中がキレイじゃないのも知ってる。酷い奴もいるし、差別だって虐めだって普通にある。だけど、悪い人も良い人も神の前では平等であるように、音楽を聴くときはみんな同じ気持ちでいて欲しい。素直に音を楽しんで欲しい。オレがリュートに救われているように」

 ディーノはすでに自分が何を語っているのかわからなくなっていたが、ロドヴィーゴの真剣な眸に見つめられて、熱にうかされたように話していた。
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