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第二部 海野汐里
19 食べるということ
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お盆の初日、速水志乃ちゃんと駅で待ち合わせた。
手を振り振り、小走りでやってきた志乃ちゃんは真っ黒に日焼けをしていて、とても爽やか。
中学の時は水泳部だった。今も続けているのだろうか。
この一年間の情報がストップしているから、探り探りで話を進めていくしかない。
「出る直前に先輩からメッセージ入ってさ、対応してたら遅れちゃったよ。暑いのにごめんね」
「ううん。平気」
志乃ちゃんと麻帆は同じくらいの身長だと思っていたけど、少し見上げる形になる。しばらく見ない間に背が伸びたのかな。
中学の頃は肩まで髪を伸ばしていたけれど、今は短くなっていた。
今日は志乃ちゃんのリクエストで、“パヌレ”を食べに行く。
パヌレって何? カヌレならわかるけど別物?
焦ったけれど、調べてみると美味しそうで、二つ返事でOKした。
9時過ぎという時間のせいか、電車はすいていた。横並びで座る。
「学校違うとあんま会えないね」
「お互い忙しいもんね」
「麻帆ちゃん、勉強慣れた? GWに会った時、用語覚えられないって嘆いてたじゃん」
「あ、うん。まだちょっと」
麻帆と志乃ちゃんはGWに会ってたんだ。私はまだ幽霊になってなかったから、二人がどういう話をしたのか知らない。今日は聞き役に徹した方がいいかも。
「あたしなんて体育以外の成績超ヤバくてさ。中学生になって勉強ムズって焦ったけど、高校はもっと難しくて、赤点取りまくり」
「夏休みはずっと部活?」
「うんそう。そろそろ宿題やらないとダメなんだけど、やる気起こんなくて。ラストの一週間ぐらいでまとめてやろうかなってかんじ」
「私はやり始めたところ。量が多くてさ、やらないと間に合わない」
麻帆も志乃ちゃんのように後回しにするタイプだから、私が声をかけて一緒に宿題をしてから遊ぶようにしていた。
朝顔の観察日記や絵日記など、ほぼ毎日描かないといけないものほど面倒がった。
「毎日コツコツって簡単にできないよね」
「うん」
私はまとめてやる方がつらいので、毎日少しずつしていくタイプ。でも麻帆なら同意するだろうなと思って頷いた。
最寄り駅から10分ほど歩き、店内飲食ができるパン屋さんに到着した。
芳ばしいパンの匂いに刺激され、朝食を抜いてきたお腹がきゅるっと鳴る。
中央のテーブルを囲むように、壁の棚にもたくさんのパンが並んでいて、目移りしてしまう。
目当てのパヌレは、壁棚の二段目にちょこんと置いてあった。見た目はカヌレ。外の生地がパイで、中にあんことクリームチーズが入っている。
まずはカヌレを二つトレーに取ってから、何を食べようかなあと店内を回る。
他に三個ぐらいなら食べられそうだなとパンを選んで、レジでレモネードを注文した。
以前に麻帆がお供えをしてくれたけど、氷が溶けて薄くなっていたから、ちゃんと飲みたかった。
志乃ちゃんと向かい合わせで席に着いた。
「写真撮ろうっと」
スマホを取り出して、志乃ちゃんはカメラを向ける。
私は撮らずに食べようと思ったけれど、目覚めたら麻帆に見せてあげようと思い立ち、スマホを向けた。
最初に食べるのは、気になっていたパヌレから。
さくっと食感の後に、あんこの甘さとチーズの酸味がちょうど良くて、とても美味しい。
「パンじゃなくて、お菓子だね」
「うん。何個でも食べられそう」
私の感想に、志乃ちゃんも頷く。
後で、パパとママのお土産に買って帰ろうと決めた。
クロワッサンにベーコンとレタスを挟んだパン。細長いチョコチップデニッシュ、ホイップを挟んだメロンパンを頬張って。お腹がいっぱいになったけど、パヌレをもう一個食べた。
麻帆の体に入ってから感じたのは、食事ができるのはとても幸せなことなのだと気づいた。
もちろん生きていた時から感じてはいたし感謝もしていたけれど、それが一度途切れたお陰か、より深く実感した。
食べることが楽しくて、お腹も心も満たされる。麻帆の体だから食べ過ぎてはいけないと思うけれど、生きていること、体があることが、涙が出そうなほど嬉しかった。事情を知らない両親や志乃ちゃんの前では泣けないので、堪えているけれど。
追いパヌレを買って、志乃ちゃんとショッピングに行った。
麻帆の好みならわかっているので、会話より買い物の方が麻帆になるのは楽だった。
志乃ちゃんときゃいきゃい言いながら、かわいいものを見て楽しむフリをした。
「あ、そうだ。この間、美容院行ってね、言ってみたんだ」
あたしはきょとんとした。志乃ちゃんが何を言ってみたのか、わからない。
美容院。芸能人の写真を持っていって、この人にしてくださいかな?
「もう忘れちゃった? ほら、お痒いところはないですかってやつ」
「あ、あああそうだね。うん。忘れてた。どうだった?」
「どこですかって聞いてくれるから、右耳の後ろですって。痒いっていった所をしっかり洗ってくれたの。以外と平気だなって。美容師さんも面倒くさそうじゃなかったし。だから、麻帆も言ってみなよ」
「わかった。今度行ったとき、言ってみるよ」
ちょっとどぎどぎしながら、話を合わせた。
駅で志乃ちゃんと別れて、帰路につきながら、ほっと胸を撫で下ろした。
たぶん疑われずにやれたと思う。
でも、少し心臓に悪い。私にわからない間の話がでてくると、忘れたと言うしか対処の方法が思いつかなかった。
手を振り振り、小走りでやってきた志乃ちゃんは真っ黒に日焼けをしていて、とても爽やか。
中学の時は水泳部だった。今も続けているのだろうか。
この一年間の情報がストップしているから、探り探りで話を進めていくしかない。
「出る直前に先輩からメッセージ入ってさ、対応してたら遅れちゃったよ。暑いのにごめんね」
「ううん。平気」
志乃ちゃんと麻帆は同じくらいの身長だと思っていたけど、少し見上げる形になる。しばらく見ない間に背が伸びたのかな。
中学の頃は肩まで髪を伸ばしていたけれど、今は短くなっていた。
今日は志乃ちゃんのリクエストで、“パヌレ”を食べに行く。
パヌレって何? カヌレならわかるけど別物?
焦ったけれど、調べてみると美味しそうで、二つ返事でOKした。
9時過ぎという時間のせいか、電車はすいていた。横並びで座る。
「学校違うとあんま会えないね」
「お互い忙しいもんね」
「麻帆ちゃん、勉強慣れた? GWに会った時、用語覚えられないって嘆いてたじゃん」
「あ、うん。まだちょっと」
麻帆と志乃ちゃんはGWに会ってたんだ。私はまだ幽霊になってなかったから、二人がどういう話をしたのか知らない。今日は聞き役に徹した方がいいかも。
「あたしなんて体育以外の成績超ヤバくてさ。中学生になって勉強ムズって焦ったけど、高校はもっと難しくて、赤点取りまくり」
「夏休みはずっと部活?」
「うんそう。そろそろ宿題やらないとダメなんだけど、やる気起こんなくて。ラストの一週間ぐらいでまとめてやろうかなってかんじ」
「私はやり始めたところ。量が多くてさ、やらないと間に合わない」
麻帆も志乃ちゃんのように後回しにするタイプだから、私が声をかけて一緒に宿題をしてから遊ぶようにしていた。
朝顔の観察日記や絵日記など、ほぼ毎日描かないといけないものほど面倒がった。
「毎日コツコツって簡単にできないよね」
「うん」
私はまとめてやる方がつらいので、毎日少しずつしていくタイプ。でも麻帆なら同意するだろうなと思って頷いた。
最寄り駅から10分ほど歩き、店内飲食ができるパン屋さんに到着した。
芳ばしいパンの匂いに刺激され、朝食を抜いてきたお腹がきゅるっと鳴る。
中央のテーブルを囲むように、壁の棚にもたくさんのパンが並んでいて、目移りしてしまう。
目当てのパヌレは、壁棚の二段目にちょこんと置いてあった。見た目はカヌレ。外の生地がパイで、中にあんことクリームチーズが入っている。
まずはカヌレを二つトレーに取ってから、何を食べようかなあと店内を回る。
他に三個ぐらいなら食べられそうだなとパンを選んで、レジでレモネードを注文した。
以前に麻帆がお供えをしてくれたけど、氷が溶けて薄くなっていたから、ちゃんと飲みたかった。
志乃ちゃんと向かい合わせで席に着いた。
「写真撮ろうっと」
スマホを取り出して、志乃ちゃんはカメラを向ける。
私は撮らずに食べようと思ったけれど、目覚めたら麻帆に見せてあげようと思い立ち、スマホを向けた。
最初に食べるのは、気になっていたパヌレから。
さくっと食感の後に、あんこの甘さとチーズの酸味がちょうど良くて、とても美味しい。
「パンじゃなくて、お菓子だね」
「うん。何個でも食べられそう」
私の感想に、志乃ちゃんも頷く。
後で、パパとママのお土産に買って帰ろうと決めた。
クロワッサンにベーコンとレタスを挟んだパン。細長いチョコチップデニッシュ、ホイップを挟んだメロンパンを頬張って。お腹がいっぱいになったけど、パヌレをもう一個食べた。
麻帆の体に入ってから感じたのは、食事ができるのはとても幸せなことなのだと気づいた。
もちろん生きていた時から感じてはいたし感謝もしていたけれど、それが一度途切れたお陰か、より深く実感した。
食べることが楽しくて、お腹も心も満たされる。麻帆の体だから食べ過ぎてはいけないと思うけれど、生きていること、体があることが、涙が出そうなほど嬉しかった。事情を知らない両親や志乃ちゃんの前では泣けないので、堪えているけれど。
追いパヌレを買って、志乃ちゃんとショッピングに行った。
麻帆の好みならわかっているので、会話より買い物の方が麻帆になるのは楽だった。
志乃ちゃんときゃいきゃい言いながら、かわいいものを見て楽しむフリをした。
「あ、そうだ。この間、美容院行ってね、言ってみたんだ」
あたしはきょとんとした。志乃ちゃんが何を言ってみたのか、わからない。
美容院。芸能人の写真を持っていって、この人にしてくださいかな?
「もう忘れちゃった? ほら、お痒いところはないですかってやつ」
「あ、あああそうだね。うん。忘れてた。どうだった?」
「どこですかって聞いてくれるから、右耳の後ろですって。痒いっていった所をしっかり洗ってくれたの。以外と平気だなって。美容師さんも面倒くさそうじゃなかったし。だから、麻帆も言ってみなよ」
「わかった。今度行ったとき、言ってみるよ」
ちょっとどぎどぎしながら、話を合わせた。
駅で志乃ちゃんと別れて、帰路につきながら、ほっと胸を撫で下ろした。
たぶん疑われずにやれたと思う。
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