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第二部 海野汐里
28 実習1 器具の準備
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もう、麻帆! どうして出てこないのよ!
私はぷりぷりと怒りながら、実習室に向かっていた。
お昼で授業が終わり、一人寂しく教室でお弁当を食べて、麻帆が出てくるのを待っていた。
呼びかけても麻帆は応じず。
狸寝入りって感じでもないから、時間の感覚が狂っているのかも。
実習室に入ると、コックコート姿の先生がすでに待機してくれていた。
「先生、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。まず隣の準備室で、コックコートに着替えてきてください」
言われる通りに準備室に入る。
コックコートは家で何度か袖を通した。
中は学校のブラウスを着たままでいいのかわからなくて、最初に連絡先を交換したクラスメイトに訊ねた。
「ブラウスだと暑いから、Tシャツがいいよ」と教えてもらった。
ブレザーとブラウスを脱いでTシャツの上からコックコートを着る。
前身頃は二枚重ねになっていて、合わせを入れ替えると汚れを隠せるようになっている。
それに、生地が厚いので熱を感じにくくなっているらしい。
下はズボン。腰には膝丈の黒いエプロンをつけて、前で紐を結ぶ。
ネッカチーフを折りたたみ、ネクタイの要領で結んで首に巻く。最後に髪を覆う帽子をかぶった。
全身鏡が置いてあったので、チェックする。コックコートは麻帆の体によく似合っていた。
「お待たせしました」
「海野さん、エプロンの紐の縛り方を間違えています」
「え? 間違ってるんですか?」
実習室に戻ると、さっそく先生から間違いを指摘された。
「リボン結びだと、余った紐が器具に引っ掛かってしまうと危ないです。一文字結びをしましょう」
そう言って、先生はご自身のエプロンを外して、結び方を教えてくれた。
独特な結び方に手間取り、何度も繰り返す。
「家でも練習をして、覚えてください」
「はい」
「今日はキュウリの酢の物を作ります。作ったことはありますか?」
「ないです」
「酸っぱい食べ物は疲労回復に効果があります。ただし体を冷やす陰性食品ですので、食べ過ぎないよう注意が必要です。陽性食品と一緒に中庸にするのも有りです」
「中庸は、バランスの取れた状態、ですね」
「正解です。よく勉強できていますね。ですが、今日はそこまで考えなくていいです」
「はい」
「まず、器具の準備をしましょう」
昨日入れた棚から、麻帆の名入りケースを持ち出して、調理台に置く。
「手をよく洗ってから、包丁を取り出しください。今日は菜切り包丁を使います」
「はい」
先生の指導に従って、準備をしていく。
菜切り包丁のカバーを外して、調理台に置かれていたスタンドに立てておく。
「次はまな板の扱い方です。学校では木のまな板を使います」
先生から受け取った木のまな板は、厚みがあって、重たかった。
「家ではプラスチックなんですが、違いはあるんですか」
「良い質問ですね。木のまな板は抗菌作用に優れています。刃が滑りにくいという点もあります。しかし乾燥をしっかりと行わないとカビが発生してしまいます。プラスチックは手入れがしやすく、安価なので買い替え安いです。が、色移りしやすいのと、反る物があります。刃が滑りやすいので、指を切らないように気をつけましょう」
「はい」
「まず、使用前に水をかけましょう」
「お水ですか?」
自宅で料理をしているときに、先に水をかけたことはなかった。母も麻帆も。
「水をかけることによって、膜が出来るので、匂いや色移りがしにくくなります。濡らしたあと、布巾やキッチンペーパーで拭きましょう。食材に余分な水分をつけないために」
先生に教わりながら、まな板に水をかけて、布巾で拭った。
「次は包丁。まずは正しい姿勢を取りましょう。まな板と体との間に、拳一個分の間隔を空けてください。足を肩幅に開いて、利き足を少し引きます。上半身を軽く前に傾けて。この姿勢だと安定して、疲れにくくなります」
こんな姿勢で料理したことなかった、と軽くパニックになりながらも教えられる姿勢を取る。
「次は包丁の握り方です。海野さんは、ご家庭ではどう握っていましたか」
「ただ柄を握っているだけです」
スタンドから包丁を取って、いつもしているように握って見せる。
「それを握り型といいます。かぼちゃのような固い物を切る時に向いています。
もう少し上を持って、根本を親指と人差し指でしっかりと押さえてください。親指は刃に添えて、これは押さえ型。キャベツの千切り等葉物野菜に向いています。
人差し指を峰に添えてください。これは指差し型。柔らかい物に向いています。刺し身や豆腐などです」
「食材によって持ち方を変えるんですね」
「効率よく切れますから、マスターしてください」
「はい」
「最後に、左手。食材が動かないように押さえるためですが、切ったことはありませんか」
「子供の頃に親指を少し切りました」
「指を曲げて、猫の手にするのが基本です。親指はとくに気をつけましょう。では実際に、切ってみましょう」
私はぷりぷりと怒りながら、実習室に向かっていた。
お昼で授業が終わり、一人寂しく教室でお弁当を食べて、麻帆が出てくるのを待っていた。
呼びかけても麻帆は応じず。
狸寝入りって感じでもないから、時間の感覚が狂っているのかも。
実習室に入ると、コックコート姿の先生がすでに待機してくれていた。
「先生、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。まず隣の準備室で、コックコートに着替えてきてください」
言われる通りに準備室に入る。
コックコートは家で何度か袖を通した。
中は学校のブラウスを着たままでいいのかわからなくて、最初に連絡先を交換したクラスメイトに訊ねた。
「ブラウスだと暑いから、Tシャツがいいよ」と教えてもらった。
ブレザーとブラウスを脱いでTシャツの上からコックコートを着る。
前身頃は二枚重ねになっていて、合わせを入れ替えると汚れを隠せるようになっている。
それに、生地が厚いので熱を感じにくくなっているらしい。
下はズボン。腰には膝丈の黒いエプロンをつけて、前で紐を結ぶ。
ネッカチーフを折りたたみ、ネクタイの要領で結んで首に巻く。最後に髪を覆う帽子をかぶった。
全身鏡が置いてあったので、チェックする。コックコートは麻帆の体によく似合っていた。
「お待たせしました」
「海野さん、エプロンの紐の縛り方を間違えています」
「え? 間違ってるんですか?」
実習室に戻ると、さっそく先生から間違いを指摘された。
「リボン結びだと、余った紐が器具に引っ掛かってしまうと危ないです。一文字結びをしましょう」
そう言って、先生はご自身のエプロンを外して、結び方を教えてくれた。
独特な結び方に手間取り、何度も繰り返す。
「家でも練習をして、覚えてください」
「はい」
「今日はキュウリの酢の物を作ります。作ったことはありますか?」
「ないです」
「酸っぱい食べ物は疲労回復に効果があります。ただし体を冷やす陰性食品ですので、食べ過ぎないよう注意が必要です。陽性食品と一緒に中庸にするのも有りです」
「中庸は、バランスの取れた状態、ですね」
「正解です。よく勉強できていますね。ですが、今日はそこまで考えなくていいです」
「はい」
「まず、器具の準備をしましょう」
昨日入れた棚から、麻帆の名入りケースを持ち出して、調理台に置く。
「手をよく洗ってから、包丁を取り出しください。今日は菜切り包丁を使います」
「はい」
先生の指導に従って、準備をしていく。
菜切り包丁のカバーを外して、調理台に置かれていたスタンドに立てておく。
「次はまな板の扱い方です。学校では木のまな板を使います」
先生から受け取った木のまな板は、厚みがあって、重たかった。
「家ではプラスチックなんですが、違いはあるんですか」
「良い質問ですね。木のまな板は抗菌作用に優れています。刃が滑りにくいという点もあります。しかし乾燥をしっかりと行わないとカビが発生してしまいます。プラスチックは手入れがしやすく、安価なので買い替え安いです。が、色移りしやすいのと、反る物があります。刃が滑りやすいので、指を切らないように気をつけましょう」
「はい」
「まず、使用前に水をかけましょう」
「お水ですか?」
自宅で料理をしているときに、先に水をかけたことはなかった。母も麻帆も。
「水をかけることによって、膜が出来るので、匂いや色移りがしにくくなります。濡らしたあと、布巾やキッチンペーパーで拭きましょう。食材に余分な水分をつけないために」
先生に教わりながら、まな板に水をかけて、布巾で拭った。
「次は包丁。まずは正しい姿勢を取りましょう。まな板と体との間に、拳一個分の間隔を空けてください。足を肩幅に開いて、利き足を少し引きます。上半身を軽く前に傾けて。この姿勢だと安定して、疲れにくくなります」
こんな姿勢で料理したことなかった、と軽くパニックになりながらも教えられる姿勢を取る。
「次は包丁の握り方です。海野さんは、ご家庭ではどう握っていましたか」
「ただ柄を握っているだけです」
スタンドから包丁を取って、いつもしているように握って見せる。
「それを握り型といいます。かぼちゃのような固い物を切る時に向いています。
もう少し上を持って、根本を親指と人差し指でしっかりと押さえてください。親指は刃に添えて、これは押さえ型。キャベツの千切り等葉物野菜に向いています。
人差し指を峰に添えてください。これは指差し型。柔らかい物に向いています。刺し身や豆腐などです」
「食材によって持ち方を変えるんですね」
「効率よく切れますから、マスターしてください」
「はい」
「最後に、左手。食材が動かないように押さえるためですが、切ったことはありませんか」
「子供の頃に親指を少し切りました」
「指を曲げて、猫の手にするのが基本です。親指はとくに気をつけましょう。では実際に、切ってみましょう」
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