【完結】おもちゃの修理屋さん ~3匹の看板犬と僕の不思議な体験~

衿乃 光希

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10.アリサとお祖母ちゃん

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 虹色のトンネルの先にある世界に行った日から三日がたった。
 あれ以来、僕と犬たちは、不思議な世界に行っていない。
 おもちゃの修理に来た人がいないからなのかな。あれはただの夢で、二度と見られないのかもしれない。

 僕はあの不思議な体験をまたしたいと、ひそかに思っていた。
 変わった世界にびっくりしたけど、怖くはなかった。
 時間がたった方が、わくわくする気持ちがもっと増えた。
 物語の世界に行けたみたいだった。
 だから一度きりなのだとしたら、残念だなと思っていた。

 そして、今日は人形を受け取れる日だ。

 アリサさんはきっと今日のうちに来るだろう。腕が取れたことに涙を流して悲しんで、迎えに来るからね、と人形に伝えていた姿を僕は思い出していた。

 お店の開店時間より前に目が覚めて、僕は一階に降りた。
 じいじとばあばは、掃除をして開店の準備の途中だったけど、僕が降りたことに気がつくと、すぐに朝食を用意してくれた。

 喫茶ハーモニーのモーニングは、トースト+サラダ+ベーコン、ゆで卵かオムレツ、コーヒーか紅茶を選べる。
 僕は身内特権で、好きなジュースを選ばせてもらえる。
 お母さんがいたらジュースばかり飲んじゃだめって叱られるから、両親がこっちに来るまでだけど。

「今日はミックスジュースをください」
「かしこまりました」
 ばあばがおどけた口調で言う。お店屋さんごっこ。朝から楽しい。

 ミックスジュースは、注文が入ってから作ってくれる。
 ばあばはバナナを切って、缶詰のみかんとさくらんぼと一緒にミキサーに入れた。牛乳と砂糖と氷を加えて、ミキサーのスイッチを入れる。
 ウイーーーンという機械音と、ガリガリガリと氷が砕けるちょっとすごい音がする。
 最初、この音にはびっくりした。犬たちは聞き慣れているみたいで、何の反応もなかった。僕ももう慣れたけど。

「はい。召し上がれ」
「ありがとう」
 ばあばがミックスジュースと、食べ物がのったプレートを出してくれた。

(ごはんごはん)
(ヒナタいいなあ)
 犬たちが尻尾を振ってお裾分けを待つのは、毎食の定番だ。

 オムレツをお裾分けして写真の前に持って行き、犬たちが喜ぶ姿を見てから席に戻った。
「いただきます」
 手を合わせて、朝食をとる。

 もうじき食べ終わるというころに、喫茶店を開店するため、ばあばが扉の鍵を開けに行った。

「おはようございます」
 すでにお客さんが待っていたらしい。

 お店に入ってきたのは、人形を受け取りにきたアリサさんだった。
 修理場にいるじいじを見つけると、たたた、と走って行く。
 あとからお母さんがゆっくりお店に入ってきた。

「おはようございます。修理できていますか?」
「出来ていますよ。確認してください」

 じいじは翌日、人形の修理にとりかかっていた。腕以外にほつれているところがないか全体をチェックして縫い直し、完了すると、手で洗って洗濯をした。
 二階のベランダで、吊るした洗濯ネットにのせて、丸一日かけて乾かした。

「腕がついているし、きれいになってる。おじさん、ありがとうございます!」
 アリサさんは人形を抱きしめて、
「お祖母ちゃん、良かった」
 そう言って、目じりをぬぐった。

 あれ? と僕は記憶を探った。夢の中では、この人形に名前がついていたはず。
 なんだっけ。

「その人形の名前、お婆ちゃんっていうの?」
 思わず訊ねてしまった。
 えっ? とアリサさんが顔を上げて、僕に顔を向けた。

「急に話しかけてごめん。人形の名前が気になったから」
「ううん。この子はサキって名付けたんだけど、気がついたらお祖母ちゃんって呼んでいたの」

「どうしてお祖母ちゃんなの?」
「祖母が作ってくれたお人形だからかな」

「大切なお人形なんだね」
「うん。とても大切な子なの。緊張したり、落ち込んだりしたときに話しかけると落ち着くの」

「お祖母ちゃんに話しかけてるみたいな感じ?」
「そう! ほんとにそうなの。お祖母ちゃん優しいから、とても安心したの」

 お祖母ちゃんを思い出しているのか、アリサさんはとても穏やかな表情をしていた。けれど、人形に視線を落とし、寂しそうな顔をした。

「今年の一月に死んじゃって」
 アリサさんが人形の帽子を優しい手つきで撫でる。頭を撫でているんだろう。

 僕は虹色のトンネルの先にいた、おばあさんを思い出した。
 あの人がアリサさんのお祖母ちゃんなら、優しい人なのはよくわかった。
 初めて会った僕のことを褒めてくれたし、気づかってくれていたから。

「つらいことを話してくれて、ごめんね」
「ううん、平気。悲しくて寂しいけど、お祖母ちゃんのことを話すの、好きだから」
 人形から顔を上げたアリサさんは、泣いているような、でも笑ってもいるような、複雑な表情をしていた。

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