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4 .お気に入りの本
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喫茶店の営業時間は朝八時から夕方五時まで。
戸締りを終えたじいじとばあばと一緒に、二階に上がる。幽霊犬たちも、僕に続いて階段を上がってきた。
二階と三階は祖父母の生活スペースになっている。
二階は居間と台所、お風呂やトイレがあり、三階は祖父母それぞれの部屋と、僕が寝泊まりに使わせてもらっている和室がある。
犬たちはベランダに出られる大きな窓のそばで、団子になって眠り始めた。
ばあばが夕ご飯を作ってくれている間、僕は座敷から本を持ってきた。居間のテーブルでページを開く。
僕はこの一冊だけリュックに入れて持ってきた。
『時間旅行』というタイトルだ。
お話は孤児の少年が、黒い服の男と時間を旅する冒険物語。
少年は自分を一人にした両親に怒りの気持ちを持っていたけれど、たくさんの人のいろんな生き方や考え方に触れて、最後に両親の過去を垣間見て、怒りが消えて感謝をする。
この本を読んで、僕は大泣きした。
主人公の少年に同情して怒っていたけど、一人にしてしまった理由を知ったから。
少年がお母さんのお腹の中に宿ったときから、たくさん話しかけて、誕生をとても楽しみにしていた。
お母さんに陣痛という、もうじき生まれそうという合図がきた。両親はタクシーに乗って病院に向かっていたとき、信号無視をした車と衝突した。
タクシーがひっくり返り、お父さんとお母さんは閉じ込められた。救助に時間がかかる中、お母さんの陣痛の間隔がどんどん短くなっていき、いよいよ生まれそうとなった。
お父さんはタクシーの中で産ませようと、自分もケガをして血だらけなのに、お母さんを励ましながら、出産のお手伝いをした。
少年は誕生したけれど、産声を上げない。お父さんが赤ちゃんを隙間から出して、外にいる救急隊員に託した。
しばらくして赤ちゃんは産声を上げた。
お父さんとお母さんは元気な産声に安心して、力尽きてしまう。
何度読んでも泣いて疲れてしまうから、本を閉じたときはもう読まない、と思うのだけど、僕はまた本を開く。
「ご飯できたわよ」
ばあばに声をかけられて、本から顔を上げた。前半部分だから、まだ泣いていない。後半を読むときは一人で読もうと思いながら、本を閉じた。
眠っていた犬たちが、目を覚まして喜びだす。ご飯だ、ご飯だと。
本を和室に戻してから、お手伝いをする。お箸とコップを三人分そろえるのは僕の仕事だ。
お客さんじゃないからお手伝いをしなくちゃダメよ、とお母さんから言われている。
夜ご飯は和食だった。豚のしょうがやき・タラのムニエル・白菜とお豆腐の煮物。
ばあばは仕事終わりなのに、毎日美味しいご飯を作ってくれる。
「いただきます」
僕は食材と、作ってくれたばあばに感謝の気持ちを込めて、手を合わせた。
犬たちにガン見されながらの食事を終えて、
「ごちそうさまでした」
食後は食器を流しに持って行き、お水をかけてさっと流す。それも僕の仕事。
洗い物はじいじがしてくれる。
テレビを見て休憩してから、六時ごろお風呂に入った。
ばあばたちは九時過ぎには寝るので、僕もその時間には布団に入っている。
犬たちも当然の顔をして、布団に潜り込んでくる。
僕の右隣には、真っ黒ポメのモモタが、左隣にはダックスのコタローが、チワワのヒメはお腹の上に乗る。
体重も体温も感じないから、重たくないし熱くもない。
いつもならすっと眠りに入るんだけど、今夜は犬たちが話しかけてきた。
(あのお人形、誰に買ってもらったんだろう)
「早瀬有紗さんの人形のこと? おばあちゃんみたいな匂いがするって言ってなかった?」
小声で言うと、コタローがぴょんと跳ね起きた。
(したよ。おばあちゃんみたいな匂い)
「持っているのが僕と同じくらいの歳の女の子なのに、どうしておばあさんみたいな匂いがするんだろう」
(宏子お母さんみたいな匂いだったよ)
モモタが言う。
「ええ? どういうこと?」
僕の頭は混乱した。宏子お母さんって誰だ?
それで思い出した。ばあばの名前が宏子だということ。犬たちの飼い主がじいじとばあばで、犬たちにとっては二人が親なんだと。
「っていうことは、お婆さんじゃなくて、お祖母さんみたいな匂いってことか。それでもよくわからないけど。どんな匂いなんだろう」
犬は鼻が利く。人間の何百倍も鋭いらしい。幽霊になっていても、感覚は残ったままなんだね。
(きっとね、愛情の匂いなんだと思うわ)
ヒメがお腹の上で立って、自信満々にそう言った。
愛情の匂いってなんだろう。ますますわからない。
(ねえ、覗きに行こうよ)
犬たちは僕のお腹の上に集まってきた。
「覗きに行くって、どこに? こんな時間に外に出たら叱られるよ。それに迷子になるよ。僕は市田市のこと、ぜんぜんわからないんだから」
(大丈夫だよ。外には行かないから)
犬たちの尻尾が上がった。わさわさと揺れる。
(そら行くよ。ヒナタ)
犬たちが何を言っているのかわからない。
僕は戸惑いながら、体がどこかに向かってぐいっと引っ張られるような感覚を覚えた。
戸締りを終えたじいじとばあばと一緒に、二階に上がる。幽霊犬たちも、僕に続いて階段を上がってきた。
二階と三階は祖父母の生活スペースになっている。
二階は居間と台所、お風呂やトイレがあり、三階は祖父母それぞれの部屋と、僕が寝泊まりに使わせてもらっている和室がある。
犬たちはベランダに出られる大きな窓のそばで、団子になって眠り始めた。
ばあばが夕ご飯を作ってくれている間、僕は座敷から本を持ってきた。居間のテーブルでページを開く。
僕はこの一冊だけリュックに入れて持ってきた。
『時間旅行』というタイトルだ。
お話は孤児の少年が、黒い服の男と時間を旅する冒険物語。
少年は自分を一人にした両親に怒りの気持ちを持っていたけれど、たくさんの人のいろんな生き方や考え方に触れて、最後に両親の過去を垣間見て、怒りが消えて感謝をする。
この本を読んで、僕は大泣きした。
主人公の少年に同情して怒っていたけど、一人にしてしまった理由を知ったから。
少年がお母さんのお腹の中に宿ったときから、たくさん話しかけて、誕生をとても楽しみにしていた。
お母さんに陣痛という、もうじき生まれそうという合図がきた。両親はタクシーに乗って病院に向かっていたとき、信号無視をした車と衝突した。
タクシーがひっくり返り、お父さんとお母さんは閉じ込められた。救助に時間がかかる中、お母さんの陣痛の間隔がどんどん短くなっていき、いよいよ生まれそうとなった。
お父さんはタクシーの中で産ませようと、自分もケガをして血だらけなのに、お母さんを励ましながら、出産のお手伝いをした。
少年は誕生したけれど、産声を上げない。お父さんが赤ちゃんを隙間から出して、外にいる救急隊員に託した。
しばらくして赤ちゃんは産声を上げた。
お父さんとお母さんは元気な産声に安心して、力尽きてしまう。
何度読んでも泣いて疲れてしまうから、本を閉じたときはもう読まない、と思うのだけど、僕はまた本を開く。
「ご飯できたわよ」
ばあばに声をかけられて、本から顔を上げた。前半部分だから、まだ泣いていない。後半を読むときは一人で読もうと思いながら、本を閉じた。
眠っていた犬たちが、目を覚まして喜びだす。ご飯だ、ご飯だと。
本を和室に戻してから、お手伝いをする。お箸とコップを三人分そろえるのは僕の仕事だ。
お客さんじゃないからお手伝いをしなくちゃダメよ、とお母さんから言われている。
夜ご飯は和食だった。豚のしょうがやき・タラのムニエル・白菜とお豆腐の煮物。
ばあばは仕事終わりなのに、毎日美味しいご飯を作ってくれる。
「いただきます」
僕は食材と、作ってくれたばあばに感謝の気持ちを込めて、手を合わせた。
犬たちにガン見されながらの食事を終えて、
「ごちそうさまでした」
食後は食器を流しに持って行き、お水をかけてさっと流す。それも僕の仕事。
洗い物はじいじがしてくれる。
テレビを見て休憩してから、六時ごろお風呂に入った。
ばあばたちは九時過ぎには寝るので、僕もその時間には布団に入っている。
犬たちも当然の顔をして、布団に潜り込んでくる。
僕の右隣には、真っ黒ポメのモモタが、左隣にはダックスのコタローが、チワワのヒメはお腹の上に乗る。
体重も体温も感じないから、重たくないし熱くもない。
いつもならすっと眠りに入るんだけど、今夜は犬たちが話しかけてきた。
(あのお人形、誰に買ってもらったんだろう)
「早瀬有紗さんの人形のこと? おばあちゃんみたいな匂いがするって言ってなかった?」
小声で言うと、コタローがぴょんと跳ね起きた。
(したよ。おばあちゃんみたいな匂い)
「持っているのが僕と同じくらいの歳の女の子なのに、どうしておばあさんみたいな匂いがするんだろう」
(宏子お母さんみたいな匂いだったよ)
モモタが言う。
「ええ? どういうこと?」
僕の頭は混乱した。宏子お母さんって誰だ?
それで思い出した。ばあばの名前が宏子だということ。犬たちの飼い主がじいじとばあばで、犬たちにとっては二人が親なんだと。
「っていうことは、お婆さんじゃなくて、お祖母さんみたいな匂いってことか。それでもよくわからないけど。どんな匂いなんだろう」
犬は鼻が利く。人間の何百倍も鋭いらしい。幽霊になっていても、感覚は残ったままなんだね。
(きっとね、愛情の匂いなんだと思うわ)
ヒメがお腹の上で立って、自信満々にそう言った。
愛情の匂いってなんだろう。ますますわからない。
(ねえ、覗きに行こうよ)
犬たちは僕のお腹の上に集まってきた。
「覗きに行くって、どこに? こんな時間に外に出たら叱られるよ。それに迷子になるよ。僕は市田市のこと、ぜんぜんわからないんだから」
(大丈夫だよ。外には行かないから)
犬たちの尻尾が上がった。わさわさと揺れる。
(そら行くよ。ヒナタ)
犬たちが何を言っているのかわからない。
僕は戸惑いながら、体がどこかに向かってぐいっと引っ張られるような感覚を覚えた。
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