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第4章 呪われた力の行く末
10-10 mayhem(ウリエル)――旧函館要塞
しおりを挟む『傷はそれほど深くありません』
『――そうか。デービッド、頼む』
『了解しました』
ジェームズという男――。
隊長の安堵に似た息が漏れ、デービッドが『治癒』を開始する。デービッドが詠唱を始め、翳した掌がぼんやりと白く輝く。やや赤みを帯びた、例のロザリオの輝きに非常に近い。
受けた者は暖かさを一番に感じる。温かさではない。春ののどけき麗らかな――とでも言えばいいのだろうか?
私はまだ受けたことはないが、クラウディアやバーナード、マイクが異口同音にそのように語っているのだから、きっとその通りなのだろう。例に漏れずジェームズの火傷は焼け焦げた衣類だけを残し、赤黒い痛ましい傷は刻々と生気に溢れた皮膚に戻っていく。
今だからこそ、強く思う。
この行為こそが天使のあるべき姿じゃないのか――?
腹中に大天使への不敬と侮蔑が綯い交ぜに蹲る。塵となった大天使を尻目に、デービッドの『治癒』が進められる様を眺めた。
『……意識は戻ってませんが、大丈夫です。生きています』
『これで死なれてちゃ夢見が悪いぜ』
『あぁ――たとえ今は考えが違っていたとしてもな』
合流したマイクに、細目がちに視線を流すバーナード。
過去にあった因縁。それを訊かねばばなるまい。
『……隊長、この人は?』
隊長は眉を顰めた神妙な表情で目を瞑った。
『この男はジェームズ・ベイカー大佐。G2に来る前にはOSSに所属。欧州戦線では我々と一緒に戦っていた男だ……』
――OSS。
第二次世界大戦を勝利に導くべく、国際的な諜報戦を仕掛けた米国軍の組織らしい。
抵抗組織の結成や支援に留まらない。猛虎戦車、ロケット戦闘機、報復兵器第二号……。数々のドイツ軍の最新秘密兵器に関する情報をいち早く掴んでいたという。その辺りの活躍は既に書籍として出版され、日本人でも知っている人は知っている。
だが、――掲載出来ない軍事情報があった。
『ナチ共が西部戦線で一部の武装SS――通称「ヴェアヴォルフ」に、戦力増強の手段として怪異を利用しようとしたんだ』
戦争のない平時――。
怪異に関する処遇や対処は『神聖同盟』が一手に担っていた。イギリスに本部があるとはいえ、欧州各国の支部は焦臭い世相でも互いに連携を図っていた。
だが1939年の砲声は――、彼らには手に負えない事態であった。
元々ナチスの台頭により『神聖同盟』は分断の危機に瀕していた。ナチスが求めたのは支援者は支援者でも、都合の良い支援者である。――国家観や宗教観が異なる組織は、たとえ政権を支持していても国内オカルティスト達同様に弾圧された。
ドイツ『神聖同盟』支部の壊滅。
『……壊滅した組織の遺産は、奴に吸収されたんだ』
『奴?』
『ヒムラーだよ。チョビ髭の腰巾着。副総統のメガネ野郎さ』
マイクが倦むように口角を下げた。
ナチス親衛隊の頭目、ハインリッヒ・ヒムラー。
強烈なオカルト趣味を有していたというこの男に、『神聖同盟』の精華、秘術の一部が強奪された。
――多くの怪異には通常弾頭は効かない。夢物語を一挙に現実世界に引き上げさせるには十分なほどの恩寵である。
『ヒムラーの指示により、ドイツ西部やフランス国内の秘密拠点で研究が開始された。アーネンエルベの外部的応用研究として一部門を担ったらしい』
『要はさ、オカルトマニアのヤベー糞野郎が大枚叩いてトンチキ研究してた所に、ウチらの領分が取り込まれちまったって訳さ』
『……分かりやすいじゃない、クラウディア』
『褒められても嬉しくないぜ』
鼻下を擦るクラウディアが肩を竦ませた。
『コマンド隷下から合流した俺は隊長達とは別ルートでドイツ本土へ侵入を開始したんだ。だけど道中、怪異の噂や目撃例がちらほら増えていったんだよ。そしてフランスからドイツ南部に侵攻した時あいつら――ヴェアヴォルフと戦闘になったんだ』
『あぁ、忘れもしないぜ。人狼、ベート、元素魔法……何でも御座れな滅茶苦茶な連中だったぜ』
『だが、こちらの「神聖化」がよく効くことが分かり、戦闘自身はこちらの優位で進んだ』
マイク、クラウディア、バーナードと、在りし日の欧州戦線を振り返る。
瞼に浮かぶのは、懐かしき日々ではあるまい。
きっと壮烈な地獄だったろう。
最後に、デービッドが意識を失っているジェームズをまんじりと見つめながら呟いた。
『連合軍の侵攻に合わせて、この人達と合流することになったんです。今使っている武器も、多くはOSSから供与されたものです。共同戦線を張って、本隊を脅かす怪異や怪異部隊を極力秘密裏に対処していたんです』
――マンセマット以前までは。
デービッドの一言が、重々しく零れた。
マンセマットという天使。
マンセマットという悪魔。
ビルヂングを越える巨躯、巨大な眼、巨大な翼。
隊長が寂しそうに言葉を繋いだ。
『我々の前に現れたマンセマットは取引を持ちかけてきたんだ。指示に従えば敵国を滅ぼす神の力を授けよう、と。ただの怪異の甘言だ。しかし、ジェームズ大佐は神の恩寵と信じ、全面的に協力して邪悪なナチを滅ぼそうと我々に提案した』
だが先の物言いを信じるならば――、その邪悪の先には日本人も含まれる。
『――私は反対した。我々「神聖同盟」の任務は怪異から人間を守ることだ。軍隊畑のジェームズは知らなかったろうが、我々は知っている。怪異は如何なる形でも立ち現れるし、人間をいとも簡単に騙す。だから力を与えるという甘言を弄する怪異は信用するべきでない。それに、人が人を罰するために神の力を利用する――。現実に怪異を見てきた人間として、そんなことが許せるはずがないだろう……』
隊長が悔しそうに面を上げ天を仰いだ。
道を違えた戦友への悔恨か、傷つき倒れた戦友への憐憫か――。
『戦時中、本部所属の一部と手を組んで、エンタングルメントストーンを経由して超広範囲に「呪いをばら撒く」のを実行したのも、いくつかの怪異と契約して日本軍を襲わせたのもジェームズだ。OSSのトップの管理が緩いのを良い事に、――怪異に軍隊や人間を襲わせるという、人類的な不祥事をしてしまったんだ……』
――フォカロル。
奴の憎々しい顔が明瞭と瞼に浮かんだ。
『その尻拭いを我々がさせられている、ですか』
『ケッ――、面白くねぇぜ』
『…………そして、今、ここで倒れている』
私の一言にそれ以上の追及は収まった。
最早何も言うまい。
罪の所在と罰の選定は、孰れ巡り巡って天より下される。これ以上ここで詮索したり、罪を暴いても仕方ない。隊長に撤収の指示を仰ごうとした時。
『――ふむ。面白い男じゃな、ロバートとやら』
滝夜叉姫の妖艶な声が頭に響いた。
まだ、我々のことを見ていたらしい。
『過日の件、お主達と和解して正解だったようじゃ。戦が終われど、まだまだ焦臭い。そこに強力な言霊石があれば、不逞の輩がまた近づいてくるかもしれん。それはその場で封印する方が良かろう。のぅ、ミエコ?』
ミエコが僅かに口角を上げた。
『えぇ――。必要なことがあったら言ってちょうだい。ここを作ったお父様にも尻拭いはして貰うわ』
『……感謝する。いつか直接お会い出来ることを楽しみにしている』
隊長が口角を下げながらもお世辞らしいお世辞を口にした。
私だけでない。皆意外そうな顔を隊長へ向けた。
いつもはそんなことしないのに――。
『ほほほ、妾も楽しみにしておるぞ! もし志半ばで倒れることがあれば、お主も卜部同様、妾の傍に侍らして』
『御免被るッ!――』
再び、般若の高笑いが脳内に木霊するのだった。
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