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第4章 呪われた力の行く末
10-9 mayhem(ウリエル)――旧函館要塞
しおりを挟む――それは、地獄のような光景であった。
鬼ではない。
髑髏だ。
茶色にくすんだ色合いのあの髑髏達が1体、また1体。
混凝土壁から、機械から、柱から、ありとあらゆる方向から染み出るように現れた。何体いるかも数え切れない。
見渡す限りに続々と髑髏が我々を囲み、そのいずれも真っ黒な眼窩に闇を湛えている。だが、こいつらの目的は我々ではない。髑髏達の向かう先は――。
『えぇい! 悪魔共がッ!』
天使を囲む髑髏の群れ。
もはや言葉も必要ない。
明らかなる敵意の波がたった一人に押し寄せる。
断罪の炎を纏った豪腕が、近く寄った骸骨の頭蓋骨をかち割る。青白い炎は瞬時にして髑髏の上半身を燃やし尽くし、力無くその場に斃れる。天罰による青い業火が照らし出すのは――髑髏の波。
迫り来る髑髏を次々と焼き尽くす。天使が悪魔の軍勢に対して孤軍奮闘する宗教絵画の一葉のままに。
『多勢に無勢だな』
バーナードの言うとおりだ。
どうにもならないだろう。
もし私が同じ立場なら、と考えると背筋が凍る。
『聞こえますか、皆さん』
目の前の惨状に似つかわしくない、可愛らしいキャサリンの声が響く。彼女は数百キロも離れている、東京の立川基地にいるはずだ。
『――今、「ラセツ」本部の言霊石と、そこの研究所の言霊石を、立川基地のエンタングルメントストーンと私を介して繋げています。詳しくは、「ラセツ」本部からお願いします』
ややこしい一言に、間断なく言葉が紡がれる。
『皆さんご無事のようですね。どうも、伊沢です。状況は通信室のマイクから聞いておりますので、手助け致します』
『ははッ――! ホントここの通信室と電源が生きてて良かったぜ』
相変わらず俳優気取りの伊沢の声。
それに調子の良いマイクの声。
例の『隠密』の力だろう。きっとミエコが部屋に入る前に、マイクに念話で依頼をしたに違いない。
『言霊石で接続された霊経路を使い、ウチの姫がそちらに遠隔術式で骸骨達を大量に送っています。それだけ巨大な言霊石ですから、干渉もかなり容易ですねぇ』
外連味たっぷりに感想を漏らす。
溢れ出る骸骨達は有象無象に過ぎぬ。
だが――、量は転じて質となる。
消しても消しても現れる骸骨達に、ついにウリエルは捉えられ、羽交い締めにされてしまった。
『ふん――。天使の一人や二人、どうとでもなると言ったじゃろう』
自信が溢れる滝夜叉姫の声に苦笑いするしかない。ラセツ本拠で言っていたことは間違いじゃなかったようだ。声が聞こえたのか、ウリエルが怒り狂ったように絶叫する。その形相に天使の笑みはない。
『こ、この悪魔が――ッ! やはり貴様らは、神の恩寵からあぶれた咎人の……』
『だまりゃッ――!!』
耳にする者悉く怯える、鬼のような哮り。味方であるはずの私ですら胃が縮む。
『主ら天の御使いも、所詮は使われる駒に過ぎぬわ! 人が居らねば天も魔も在らず。一切無常、人間を甘く見た罰よ。潔く消え去れ――!』
『おのれ、……おのれェェェッ――!!』
羽交い締めの左腕から炎を放射しようと、幾重にも身体を押さえつける髑髏の群れ。力を発揮できず身動きの取れない、――敵。
『ウラベッ! とどめだ!』
隊長の指示を聞くまでもない。
左腕を胸の前に出し、乗せられた髭切の刃は天を向く。
切っ先は――大天使の心臓へ。
血は出ずとも人の形を成しているならば、殺せるはずだ。刃を見た大天使は、憤懣と憤怒と恐怖に表情を引きつらせて、私に向かって叫んだ。
『禍々しき力を持つ人の子よ! その力はただ悪魔共に利用されているだけなのだぞ!』
命乞いにしか聞こえぬ必死の説得も、癪に障った。
――命乞いなら許したかも知れない。だが皆が皆、「利用されている」「騙されている」と声高に叫ぶ。
『聞き飽きたぞ、その言葉も――』
この力は誰にも利用させてはならない。
全ての業は、私が背負う。
言葉は不要。
眼に、髭切に、呪殺の念を込める。
あらん限りの力を右腕に乗せ、勢いよく突く!
――鈍い感触。
切れ味は伝説に違わない。
刀身は鈍色の光陣を纏い、大天使の胸にするりと吸い込まれた。
深々と刺さった『髭切』の切っ先は、背中に大きく抜けきった。傷口からは緋色の鈍い輝きと、白く輝く光の粒が混じり合いながら噴き出している。
――あぁ、こいつは天使なんだ。
闇が噴き出す怪異とは異なる清浄なる光に、無礼で不条理な感想がぽつりと浮かんだ。
大天使の眼は、表情は――哀願する。
『あぁ、――主よ、光を』
だが、こいつは我々を殺そうとした怪異。
そうだ、怪異なのだ。
だから構わない。
全身全霊の力を込めて、天に向かって髭切を斬り上げた。胸上から、喉、顔、頭頂に軽やかに――髭切の鋭刃は一閃に駆け抜ける。刀身は弧を描き勢いのままに背を向ける。
声にならぬ声を聞き取るまでもなく、ウリエルは爆発的な閃光を発した。
爆風はなく、強烈な光だけである。
カメラのフラッシュのように、私の影が研究室の壁に一瞬だけ映し出される。
――数瞬、いや、須臾の間と言って良い。
影。
私の影。
人の形をしているのに、何故か私には思えない。
天使を殺した怪異そのもの、その悪鬼こそが私ではないか?
脳裏を奔る直感が無慈悲に告げる。
私は、本当に私であるか――?
言葉にならない不安に襲われながら後ろを振り返ると、ウリエルのいた場所には数体分の破壊された骸骨達が横たわり、白い粉塵が寂しげに漂うばかりであった。
「『……終わりました』」
私の一言を合図にするように、見渡す限りの骸骨が一斉にぴたっと止まった。
きっと滝夜叉姫が術を解いたのだろう。骸骨達はするすると透明になっていき、眼窩の闇も何も残らず、数秒の間に影も形もなくなった。
群青色が蒼に戻り研究室は静寂に包まれた。邪眼も収め、銘々に銃の負い革を肩に掛けて、部屋の中央に集まった。
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