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第4章 呪われた力の行く末
12-1 Awakening(帝国の遺産)――都内某所
しおりを挟む息苦しい――。
浮かびつつある意識の中、原初の感覚。
苦しみの中でさえ身体は空気を求め、呼吸は自然とリズムを取り戻す。
何も見えない。
呼吸は出来る。
何かを被せられている。
肌に当たるゴワゴワとした紐と、くすんだ臭いが強烈に鼻腔に突き刺さる。
――麻袋だ。
首は自由に動く。
左右上下、前後。全て問題ない。
手足は――駄目だ。
椅子らしき座面と脚柱、その後ろ手に布で縛られ足も同様である。
――どれだけの時間が経過したのだろう?
身体の彼方此方が痛みに悶え、捩れる。
森閑とした世界。
寂しさに耐えかねて声を俄に上げようとした、その時。
「『ようやくお目覚めかね』」
――聞いたことがある声だ。
いや、つい最近聞いたばかりだ。
鼻持ちならない侮蔑したような音声。姿は全く見えないが、その顔の歪み方すら容易に想像出来た。
反響する声……、広い部屋か。カツカツ――と足音を響かせながら、目の前までやってきたのが分かった。
『……レフチェンコか』
『人を呼ぶ時は階級を付けたまえ。……もっとも、君は軍属とは言えほぼ民間人だがな』
身元は既に明かされ、待遇もその通り。
ただ、日本人の使用人などではない。
『手荒な真似はしたくないのでね、君を誘拐させて貰った』
――十二分に手荒だ。
コーヒーに睡眠薬。
コイツの差し金か。
ただ、失いつつある記憶に残る聞き覚えのある声は――。
『君に危害を加える気は無い。安心したまえ』
『……信じられない』
『フ――、そう言いたくなるのも分かる。だが、勘違いしないでくれ給え。あの連中の近くにいると何かと騒がしいのでね。君に静かな場所で話したかった、それだけだよ』
『……それで、その話とやらは』
『そうだな。単刀直入に言おう。我々は君をスカウトしたい。今以上の厚遇を以て、君を我々「オリガ」に迎えたいのだ』
『ほぅ――』
興味関心があるフリをした。
まず話を聞かねば突破口も見えない。レフチェンコは鼻息一つつくと、揚々と語り出した。
『もうロバートから聞いているだろう? 三十年前、我ら「オリガ」は革命により断絶した。しかしそれは、腐敗した権威に阿った膿共を切り落としたに過ぎん。残された同志達は崇高な理念と使命を――ソヴィエトと共に協力しながら実現していくのだ』
『……、その理念とは?』
『力――、だ。ロバート大佐は『人間を守る』事が至上命題と言っていたが、我々とは少しばかり道筋が違うだけだ。怪異という超常の力は正しき力によって統制されなければならない』
――力。
意志を従わせる力。
『考えてもみたまえ、そこら中に異能者が溢れる世界を。町中でテロが横行し、犯罪が蔓延ること間違いない。また、ナチ共のように自民族優越主義に異能が使われた日には、あの大戦以上の惨禍がもたらされるに違いない。それは人類への脅威だ。――だからこそ、より洗練され善導できる主体が、力を統制しなければならないのだ!』
ご高説を賜り反吐が出た。見えないことを良い事に、思い切り苦虫を噛み潰したような顔をしてやった。
あの戦争でまるで何も学んでいない。
いや、勝者の驕りか。
善導。
つまりは知的エリートが前衛に立って、愚かな人民、無知蒙昧な輩共を率いてやろうというのだ。この場合は霊的能力の高い者が、その尖端に立つことだろう。
――馬鹿馬鹿しい!
統制した主体が力の使い方を間違えたら、結局同じじゃないか。他の国家、人種より優れた「亜細亜の盟主」として善導し、率いると喧伝していた大日本帝国はどうなった?
土煙と血煙に霞む惨禍の大陸。
民草の怨嗟と死臭に塗れたのだ。
私が埋めた国民党兵士だけじゃない。
空襲で死んでいった家族に同じ事を声高に言えるのか――!?
腹中に据えかねる感情が、ぐらぐらと煮立っている。
口から零れぬよう必死に押しとどめながら、無言を貫く。私の感情を読めないのだろう、レフチェンコは外連味たっぷりに、悲壮感を湛えた声で誘う。
『君は――米軍に家族を殺され天涯孤独なのだろう? 悔しくないのか? 君を利用している米軍を憎く思わないのか? 口には出せぬ積もる怨恨もあるだろう? ……我々はいずれ米軍と敵対し戦争することになるだろう。三年後、あるいは十年後かもしれないが――、君の復讐も遠からず叶うという訳だ。悪い話ではあるまい?』
勧誘の乱射撃に――沈黙を貫いた。
ノーと言うのは簡単だ。
だが、即答してもしなくても状況は変わらないだろう。ならば相手を焦らすのも手だ。レフチェンコは畳み掛けるように、情報を小出しにしてくる。
『君にとって「神聖同盟」は高邁な精神を持った、良き存在と見えているだろうが――、G2特務機関も「ラセツ」の連中も皆同じだ。何処かで闇を抱えている。我々は知っているぞ。米国のOSSの一部が君達の戦友や無辜の日本人、「ラセツ」に異能者を使った呪殺の祈りをしていた』
――知っている。
『ただの祈りじゃない。エンタングルメントストーンと無線技術を使った、超広範囲、或いは特定対象への呪いだ。日本軍の各戦線で怪異現象の活性化をもたらした。運が悪い、あり得ない不幸が襲う。思わぬ奇襲を受ける、思わぬ事故が起きる。私が手に入れた資料によると、停泊中の戦艦ムツの爆発も祈り絡みらしい』
戦艦陸奥。
聯合艦隊旗艦、戦艦長門の姉妹艦。
多くの国民に慕われたビッグセブン。
敗戦後、ラヂオの『眞相はかうだ』で放送された爆発事故。他の艦船の多くが撃沈される中、陸奥は事故で沈んだとされている。――あれもそうなのか。
『その報復だろう。「ラセツ」も呪詛の一環として、米大統領の呪殺に成功している。――その事実を君には言ってなかったろう?』
――初耳である。
だが驚くに値しない。
そんなことが出来るのは十中八九、姫だろう。米軍への恨みや軍の報復依頼から、呪殺の一つや二つ――たとえ大統領相手でも彼女ならやるだろう。
それに――、私に言わなかったのも何となく分かる。
彼女は彼女なりの立場があり、故に害することもあれば助けることもあるのだ。だからこそ心の底から信頼はしないし、身を委ねることもない。
嘘であっても真実であっても関係ない。私が委ねるのは、私自身しかいないのだ。
或いはヒノエの――。
『どうだね、君の待遇について今より良いものを保証し、もっと自由に活動出来るよう約束する。我々の力になってくれるなら、通訳を常時付け、モスクワや欧州各都市への居住も許可できる。今より良い生活を――』
――もういい。
『……は?』
『四の五の言わず、連れて行くなら連れて行け。もう説得は聞き飽きた』
半ば本心。
延々と倦む高説賜るのはもう嫌だ。
しかし、吉と出るか凶と出るか分からない。隊長のように手練なる挑発が功を奏すれば良いが。なんにせよ、眼を使うことが出来れば。
『ふん――、それでは仕方ない』
レフチェンコは不満そうに鼻を鳴らすと、小さく指を鳴らした。
耳に響く、足音ふたつ。
きっと部屋の片隅で、じっ――と静かに待機していたのだろう。私の左右まで来ると、しゃがんで何か作業を始めた。
『そもそも、君に説明して貰った方が早かったな。なぁ、マイク君?』
『――そうかも知れませんな』
聞き慣れた男――マイクの声が、頭に響いた。
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