ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~

月見里清流

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最終章 未来に希望はあるか

20-8 黒き御方――NYARLATHOTEP

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 クラウディア達の体中に浅い生傷が絶えず、マイク達は暗く沈んだ顔をしていた。皆、一様にを見た顔をしている。


 だが、生きている。それはそれら怪異との激戦を潜り抜けた証左。それに、彼らの顔に宿る強い意志――怪異に相対し、死と隣り合わせの任務をこなしてきた私達だけのきよう――が揺らぐことはない。


「『準備はいいかしら?』」
 いつの間にかジャケットも無くし、ブラウスに様々な束帯で手榴弾を括り付けたミエコがこうぜんと確認してきた。決死隊にも似たその出で立ちをとがめる者は誰もない。否、寧ろ私も同じだった。


「『ウラベ、あの大悪魔サタンと一体何があったんだ?』」
 それでも、――嘘をつかねばならない。
「『この怪異現象の元凶……、あの艦首にいる真っ黒の男と敵対している様でした。私とヒノエが奴と対峙していると、突然壁が破れて……』」


「『――そうか。怪異現象の元凶と接敵、戦闘に入った所、悪魔王サタンが殴り込んできた、と』」
「『……とんでもねぇ事言ってんな、隊長』」
「『おまけに使使が肩に乗ってると来たら――、まぁ、神聖同盟始まって以来の出来事だぜ、きっと』」


 半ば呆れ気味に感嘆を漏らすクラウディアとマイク。二人の感想と私のが、ナイアラルトテツプの言う人理ひとのことわりを別つ境界線なのだろう。真実八割、嘘二割――、博士を見遣れば僅かに頷き返された。
 その横に、顔面蒼白の牧野さんが視線を落としている。


「『大丈夫ですか、牧野さん?』」
「……大丈夫です。ただ……あまりに、色々とありすぎたので」


 無理もない。
 沈んだはずの戦艦大和が変わり果てた姿で蘇り、挙げ句、その上を歩いているのだ。それだけでも正気を保つのは難しい。
「今空を飛んでる悪魔も、先程お会いした伊藤中将の霊魂も――」


 
 いや、あいつがのだろう。
 そてにしても――。


「『伊藤、中将……?』」
『……ウラベ、ウラベ。――実はですね』


 遥か後方でヒノエを介抱しているデービッドが念話で割り込んできた。
 第一主砲塔内部、或いは火薬庫に残る砲弾、装薬に使用可能なものがあればそれを神聖化して起爆する――。そういう手筈だった。


 牧野さんの写真分析で、形を保っている第一主砲塔内部、および火薬庫には砲弾が残っている事が想定され、沈没後二年が経過しているとは言え腐食が進んでいなければ――と推察された。牧野さんの助けで火薬庫までなんとか辿り着いた隊長達だったが、状況は決して良くなかったようだ。


『どうやら転覆時に、てしまったらしく、火薬庫にも砲弾があまり残っていませんでした』


 建造時、砲塔は上から乗せた。牧野さんがそんなことも言っていた。
 海中に散逸した砲弾、炸薬。
 いや――、そもそもだ。


 この船の繋ぎ目を見る限り、沈没時に全てバラバラになったのだろう。きっとそれを黒い男ナイアラルトテツプが組み木細工のように繋げ直したというのが事の真相だろう。全ての砲弾を回収する余裕が無かったか、か……。


「ええ、……白い影でね。凄くぼんやりとしていましたが、伊藤整一司令長官に間違いないです。伊藤中将が……、生き残っている砲弾を指差してくれたんです」


 僅かな嗚咽を抑えながら牧野が涙ぐむ。伊藤艦隊司令長官。如何なるじんか知らないが――、彼が言うならきっと間違いないだろう。わざわざ火薬庫まで司令長官が案内に来てくれたのだ。それだけに――。


「『この船戦艦大和を』」
「私もそう思います。だからこそ――」
 牧野の視線が後方の歪んだ艦橋を、それから艦首に流れる。
彼ら怪異くびから解き放たなければなりません。大和は静かに眠るべきです、もうのですから」


 戦禍にたおれ、静かな眠りについている。
 
 ましてや悪意にさらされるなど――。


「『そうですね。……だから、我々が』」


 神聖同盟――。
 怪異を調査、統制する世界規模の準軍事組織。その実、悪魔王ルシフェル大天使サリエルとも通じる。あの黒い男ナイアラルトテツプも、きっとを知っているのだろう。


 ならば、止めねばならない。
 


 数十メートル先には、舳先に向かっている黒い男と、巨大なルシフェルが下半身を海面に浸しながら対面するように佇んでいる。何かを話しているのか睨み合っているのか、少なくとも殺意の応酬が繰り広げられているに違いない。


 しかし、……僅かに男の影が揺らぐ。
 両手がゆっくりと天に掲げられ、而して塵界人の世を握りつぶすが如く拳を握った。何かの儀式か――、そう思った時、突然辺り一帯にがらを引っ掻くようなそうおんが響き渡った。


 あまりに耳障りで非人間的な雑音に、思わず耳を押さえる。辺りを確認せんと、しかめっ面に空を見上げれば――音の原因がすぐに分かった。


「『なッ、なんだあれは!』」
「『――鳥か!? デカいぜ!』」


『じ、上空に複数の巨大怪異を確認! 飛行型の――、よ、よくりゆう?』


 薄暗い曇り空を背に、やや低空をぐるりぐるりと滑空している生き物が何匹も何匹も見えた。だが何時ぞやの『陰摩羅鬼おんもらき』ではない。目に見えて巨大で、その存在そのものが禍々しい。赤黒い輝きが鼓動のように波打ち、明らかな敵意をこちらに向けている。何処から現れたのか、その数は見る間に増えつつある。
 耳障りな、あまりに耳障りでかまびすしい東天紅の金切り声が、――迫る。


「『敵怪異であることは間違いないです、隊長!』」
「『分かった。……バーナード! 対空機銃で迎撃戦闘を開始してくれ。エスス本隊でも援護攻撃を頼む!』」
 私のに隊長が空かさず指示を下す。


『うふふ、……もう既にありますわ、ロバート。空をご覧遊ばせ』


 卒然、脳裏に響く無邪気な声。お転婆お嬢様ミリアムの言葉に驚く我々の耳に、先程から響いていた轟音が一気に大きくなる。人外の音ではない。重低音だ。


「『なるほど――』」
「『』」
「『4機編隊フィンガー・フォーとはな。ロンドンの空が懐かしいぜ』」


 雲の切れ間から――。
 轟音と共に戦艦大和に向かって降下してくる航空機の一団が見えた。上向きの――逆ガル型の翼を翻し、鋼鉄の塊である艦上戦闘機コルセアがでぐんぐんとこちらに向かってくる。いや、こちら戦艦大和ではない。あちら飛行型怪異、だ。


 斜め十字架に懸けられた眼を戴く鋼鉄の猛獣が、空を舞う巨獣に襲いかかった。

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