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最終章 未来に希望はあるか
20-9 黒き御方――NYARLATHOTEP
しおりを挟む護衛空母から事前に発艦して上空待機していた青い塗装の艦上戦闘機隊が、バリバリと音を立てながら12,7粍機銃から朱色の曳光弾を吐き出し猛進していく。
象ほど大きい怪異は円を描きながら舞っている。鴉のような俊敏な動きは出来ないようだ。多くの怪鳥に向かい、一直線に降下していく様はまさしく猛禽類の狩りそのものだ。
生物的な非生物の凶鳥に、人類の英知と異能が融合したコンドルが襲いかかる。勇猛果敢に高速で一撃離脱を行い、パチパチと光環が瞬く中、怪異は対抗する術が見つからないと見える。
現実と虚構の中を編隊飛行で滑りながら、神聖化された銃弾で怪異を切り裂き、悠然と上昇し雲の中に消えていく。
僅かな隙も見逃さぬように、護衛空母の舷側機銃がけたたましく唸り、曲がりくねった軌道を描く機銃弾が気持ちいいほどに敵怪異に吸い込まれていく。こっちも英知と異能の合わせ技だ。皆が上空の戦闘に気を取られる中、スティグラー博士が静かに後ろに近づいてきた。
『恐らくシャンタク鳥だな』
私だけに言葉を掛ける。
『遠目には詳細は分からんが、あの翼で分かる。きっと馬頭の化け物だろう』
『……やれやれですわ。本当はあちらにいる種族ですのに――、見境がないのはよろしくありませんわね』
ミリアムも呆れた様子で念話に加わってきた。
『ナイアラルトテップの手下、ですか……』
『まぁ、そうですわ。それにしても――、お気立てに難がおありのようですわね』
意地悪、ということだろうか。
『やっぱり、アレを使うしかありませんわね。……博士、ウラベさんに』
『――あぁ。ウラベ、これを持って行ってくれ』
僅かな静寂を突き、博士が身体を近づけながら拳銃を手渡ししてきた。手に取るとズシリと重いが、何よりもその色と特徴的な銃身に目が行く。
通常の拳銃ではない。あまりに寸胴な銃身は3糎はあろうかと言うほど巨大で、回転式の弾倉すら見当たらない。挙げ句、真鍮の鈍い黄金色は最早装飾の世界である。
『これは……』
『第一次世界大戦の折に使われた信号拳銃ですわ。使い方は拳銃と同じで簡単ですのよ』
ここに来て――、それだけな訳があるまい。
『……中にはかなり特殊な銃弾が装填されている。使うのは一発こっきり。花火の様に銃身から射出される。撃つ時は10メートル以内だ』
それは銃弾なのだろうか?
こんな玩具のような武器で、……きっと、奴に撃ち込めというのだろう。
『いいですこと? 必ず当ててくださいね。その一発が、あの自信がおありの新参者をこの世からご退場いただく唯一の方法ですわ』
上品な言い回しに明確な殺意が浮き沈みするお嬢様に、私は肩を竦めるしかなかった。ちょうど間の一区切りと言うべきか、隊長が我々を振り返り指示を下した。
「『――各員! 援護が続いている内に船首に向かうぞ!』」
「『おうさ!』」
「『よくってよ!』」
クラウディアとミエコのぴったり合った息、煥発する華々しい意気に、その場にいる皆が大きく頷き歩みを進める。
『ウラベ――、頼んだぞ』
進む我々、後退る博士。
第一砲塔を境に、前線と銃後は別れる。
意識を失ったヒノエを守る為、私は死地に赴く。
視線の先では大舞台の上で、上半身しか見えない魔王サタンが、筋骨隆々の巨腕を大きく振り回り、風を打ち砕く轟音と共に近くを飛び交うシャンタク鳥を蠅の如く叩き落としている。まるで大太鼓をあらん限りで叩いたような重低音が響き渡っている。
更に見れば、肩に乗った大天使の邪眼だろう――、叩いてもいない、機銃弾も喰らっていないシャンタク鳥が爆ぜ飛び、錐揉みながらに墜落した。生々しく肉肉しい、バンッと気色悪い音と衝撃が頬を滑った。
――漸く怪異の姿がハッキリ分かった。
博士の言う通り、白みがかった馬の頭と、蝙蝠じみた翼を持った黒い巨大怪異だ。空を飛ぶ巨大な羽根は蝙蝠のような皮膚で、身体全体が羽毛ではなく鱗で覆われており、鈍く艶がかかっている。象、あるいは米軍のハーフトラックに似た大きさの巨体を横たえ、大天使の邪眼に貫かれた個体は、硝子を引っ掻いたような耳障りな喘ぎ声を漏らしながら、パタリ――と動かなくなった。
この戦艦大和を中心に、そんな光景が見渡す限り、だ。
怪異と銃弾と異能の三重奏が、調子っぱずれの不協和音を奏でるばかり。そんな中、船首に佇む黒い男は、ルシフェルの巨体とサリエルの邪眼を前に、後ろから私達人間に退路を断たれている。
機関銃の銃弾が確実に命中を期待できるところまで近づいた頃、俄にシャンタク鳥共の声が静かになってきた。距離を取り始めた――、そう認識した直後、脳内に奴の言葉が響き渡った。
『やれやれ。斯くも蒙昧なるままに邪魔ばかりされては、急がねばなるまい』
第一主砲塔付近で何かが動く音がした途端に――、意図せざる重力が全身を揺さぶった。電車が急発進したように、身体が後ろに引っ張られ、全員が体勢を崩しているのが見えた。
「そ、そんな! 機関室は止まっているはず――!」
いの一番に牧野さんが驚きの声を荒げた。
「『これは……、大和が……』」
「『う、動いてるぜッ! 振動はほとんどしてねぇのに!?』」
皆の驚きは常識故の感嘆。
……奴のことだ。
ボイラーなど動かさなくとも、タービンかスクリュー自体を回したか、そもそもこの船体自身を押しているのかも知れない。何万馬力必要になるか見当も付かないが――、私に驚きはなかった。
しかし、驚嘆はそれだけに留まらない。
波を打ち砕き始めた戦艦大和全体を、――今度は前のめりに、まさしく急停車するように身体が引っ張られる。前方には艦首をぎりぎりと掴み、六枚の翼を震わせている悪魔王が見える。必死の形相で、大和の暴走を一身に受けて押しとどめている。
いくら悪魔王と言えど263米の巨体をいつまで止められるか分からない。
私達も急がねばなるまい。
「『全員! 敵怪異に接近するぞ!』」
隊長の怒号が耳を劈き、ぬるい潮風が頬を駆け抜けていく中、重い足を持ち上げて早駆け気味に前へと進むしかなかった。
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