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第2章 ホテル写真の裏:男を匿う社長
告発者の資料の端緒
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社長の車は、ビルの裏手に回り込んだところで止まった。エンジン音だけが低く残り、街灯の光がフロントガラスに薄く滲む。
「監査の車が来たって?」
「吉岡から」
社長は短く答え、スマホを伏せた。
「……本社だ。現地の“正しい顔”を揃えに来た」
私はシートベルトを外し、膝の上の鞄を抱え直した。ポケットの中のUSBが硬い。小さな金属片ひとつで、私の立場も、社長の立場も、告発者の命運も変わる。社長が言った。
「降りるな、って言ったけど――ここは大丈夫だ。人の目がない」
「人の目がない方が、怖いですね」
そう言ってしまって、私は自分の声の震えに気づいた。社長は笑わない。代わりに、助手席側のドアロックをもう一度確かめる。守り方が、徹底している。
「開けるか」
社長の問いは、許可ではなく確認だった。私は頷き、鞄からノートPCを出した。画面を点けると、青白い光が車内の距離をさらに濃くする。社長の横顔の影が深くなり、息遣いまで聞こえる気がした。——恋愛禁止条項。頭の奥で警報が鳴る。でも今は、仕事。守るための手続きだ。
USBを差し込む。小さな接続音が、やけに大きい。
フォルダ一覧が表示される。
【統合PJ】
【配置転換運用_標準テンプレ_改訂3】
【匿名通報_文案】
【採用_例外処理_履歴】
そして、最後にひとつだけ、短い名前のフォルダ。
【佐伯】
胸の奥が、冷たく締まった。社長の指が、ハンドルの上で止まる。彼も見てしまった。
「……本社人事部長の名前?」
「はい」
私は言いながら、喉が乾くのを感じた。
「これ、ただの現地の揉め事じゃない」
クリックする手が、ほんの少しだけ遅れる。開いた瞬間、まず飛び込んできたのはPDFのタイトルだった。
――『本人都合退職へ誘導する表現例(退職勧奨に該当しない言い回し)』
“誘導”。あの会議室で見た言葉が、ここにもある。標準。改訂。例文。人が辞めていく過程が、文章として整備されている。
次のファイル名が、さらに胃を冷やした。
――『ヒアリング想定問答(パワハラ)/証言の取り方』
――『新人向け_守秘義務注意喚起テンプレ(懲戒示唆)』
「……脅しまで、テンプレにしてる」
私が呟くと、社長が低く息を吐いた。怒りよりも先に、疲れの色が混じっている。守る側が一番嫌う種類の悪意だ。個人の暴走じゃない。仕組みの悪。
そのとき、ノートPCの画面の端に、メール受信のポップアップが出た。送信者は本社。件名が短い。
【至急】懲戒手続開始の件(本日付)
心臓が一拍遅れて跳ねる。社長が私を見る。
「来たな」
私は唇を噛み、USBのフォルダ【匿名通報_文案】にカーソルを合わせた。
——火は、もう消す段階じゃない。火元を、掴みにいく段階だ。
「監査の車が来たって?」
「吉岡から」
社長は短く答え、スマホを伏せた。
「……本社だ。現地の“正しい顔”を揃えに来た」
私はシートベルトを外し、膝の上の鞄を抱え直した。ポケットの中のUSBが硬い。小さな金属片ひとつで、私の立場も、社長の立場も、告発者の命運も変わる。社長が言った。
「降りるな、って言ったけど――ここは大丈夫だ。人の目がない」
「人の目がない方が、怖いですね」
そう言ってしまって、私は自分の声の震えに気づいた。社長は笑わない。代わりに、助手席側のドアロックをもう一度確かめる。守り方が、徹底している。
「開けるか」
社長の問いは、許可ではなく確認だった。私は頷き、鞄からノートPCを出した。画面を点けると、青白い光が車内の距離をさらに濃くする。社長の横顔の影が深くなり、息遣いまで聞こえる気がした。——恋愛禁止条項。頭の奥で警報が鳴る。でも今は、仕事。守るための手続きだ。
USBを差し込む。小さな接続音が、やけに大きい。
フォルダ一覧が表示される。
【統合PJ】
【配置転換運用_標準テンプレ_改訂3】
【匿名通報_文案】
【採用_例外処理_履歴】
そして、最後にひとつだけ、短い名前のフォルダ。
【佐伯】
胸の奥が、冷たく締まった。社長の指が、ハンドルの上で止まる。彼も見てしまった。
「……本社人事部長の名前?」
「はい」
私は言いながら、喉が乾くのを感じた。
「これ、ただの現地の揉め事じゃない」
クリックする手が、ほんの少しだけ遅れる。開いた瞬間、まず飛び込んできたのはPDFのタイトルだった。
――『本人都合退職へ誘導する表現例(退職勧奨に該当しない言い回し)』
“誘導”。あの会議室で見た言葉が、ここにもある。標準。改訂。例文。人が辞めていく過程が、文章として整備されている。
次のファイル名が、さらに胃を冷やした。
――『ヒアリング想定問答(パワハラ)/証言の取り方』
――『新人向け_守秘義務注意喚起テンプレ(懲戒示唆)』
「……脅しまで、テンプレにしてる」
私が呟くと、社長が低く息を吐いた。怒りよりも先に、疲れの色が混じっている。守る側が一番嫌う種類の悪意だ。個人の暴走じゃない。仕組みの悪。
そのとき、ノートPCの画面の端に、メール受信のポップアップが出た。送信者は本社。件名が短い。
【至急】懲戒手続開始の件(本日付)
心臓が一拍遅れて跳ねる。社長が私を見る。
「来たな」
私は唇を噛み、USBのフォルダ【匿名通報_文案】にカーソルを合わせた。
——火は、もう消す段階じゃない。火元を、掴みにいく段階だ。
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