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第4章 チャット切り貼り:主人公が“共犯”にされる
新人が壊れかける
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新人の子——小会議室で震えていた彼女は、総務フロアの端、ロッカー前で立ち尽くしていた。目は開いているのに、焦点が合っていない。手はスマホを握ったまま、指先だけが小刻みに震えている。画面の光が、彼女の頬を青く照らしていた。
「……呼ばれました」
私を見つけるなり、彼女はそう言った。声が、掠れている。
「誰に」
「監査の人。弁護士の人も来てるって……」
言いながら、彼女は自分の胸元を押さえた。息が入らないときの仕草だ。
私はすぐに、彼女の視線の先を見た。廊下の向こう、ガラス張りの会議室。中に黒いスーツが数人。机の上に並ぶ資料。——“正式な場”が、現場を飲み込む準備をしている。
新人が、紙を握りしめていた。例の“守秘義務注意喚起”。折り目だらけ。署名欄に自分の名前。その紙が、彼女の首輪になっている。
「……私、何を言えばいいんですか」
涙は出ていない。出す余裕がない泣き方だ。
「昨日は、言い方を……指定されて」
「うん」
「今日は、違う言い方をしたら……“嘘をついた”って言われる気がして」
彼女は小さく笑おうとして、口角だけが引きつった。
「私、どっちにしても、終わりですよね」
終わり、という言葉が出た瞬間、彼女の肩が落ちる。人はその瞬間に折れる。私は即座に一歩寄り、でも触れない距離で、声を落とした。
「終わりじゃない」
短く、強く。長い慰めは切り貼りされる。
「今あなたに必要なのは、“正しい答え”じゃない。正しい順番」
彼女が瞬きをする。順番、という言葉に反応する。昨日、監査が“順番”で殴ってきた。だから私は、順番を奪い返す形で言った。
「まず、体を守る。今、息が浅い。胸が苦しい?」
新人は頷こうとして、頷けず、喉だけが鳴った。
「じゃあ座ろう。——椅子のある場所へ」
私は廊下の角にある小さなベンチへ誘導し、彼女が座るのを見届けた。
「水、飲める?」
彼女はペットボトルを持っているのに、開けられない。指が言うことを聞かない。私は“開けて”と言わない。手を貸したら、それも噂になる。代わりに、彼女の手首の角度だけを、言葉で直す。
「親指でキャップを押さえて、他の指を添える。ゆっくり」
数秒かけて、キャップが回った。彼女が一口飲む。息が少しだけ入る。
「……私、昨日、福本さんに話したこと」
彼女が震える声で言う。
「もう、どこかに出回ってます。匿名通報に……“福本が新人に圧をかけて証言を翻させてる”って」
彼女の目が、また遠くを見る。
「私が喋ったせいで……福本さんが」
私は首を横に振った。
「あなたのせいじゃない。これは“量産”だよ。誰かが、あなたの口を使って、絵を作ってる」
「絵……」
「そう。被害者と加害者の絵。正しい顔の絵。共犯の絵」
私は言葉を一つだけ選び、ゆっくり置いた。
「あなたは、絵の道具じゃない」
新人の目が潤む。でも次の瞬間、彼女のスマホが震えた。通知。
【匿名通報窓口】
「新人は精神的に不安定。証言の信頼性に疑義」
彼女が息を呑み、スマホを落としかけた。——来た。壊れかけたところを、さらに壊して“証言の無効化”に持っていく。首輪の次の段階だ。
「……私、壊れてるって」
彼女が呟く。
「もう、言わない方がいいんですか」
言わない方がいい。黙った方が安全。そう思わせた瞬間に、向こうは勝つ。
私は、彼女のスマホの画面を見ずに言った。
「言う。——ただし、守られる形で」
「守られる形?」
「一人で会議室に入らない。監査と弁護士の前で、あなたが一人になる配置は作らせない」
彼女の目が揺れる。
「でも、福本さんも……狙われて」
「狙われても、やる。あなたのためじゃない。現場全員のため」
その瞬間、廊下の向こうから、監査の男が近づいてきた。柔らかい声。柔らかい刃。
「お時間です。——彼女に少し確認を」
新人の肩が跳ね、目が私に縋りつく。
私は立ち上がり、監査と新人の間に“書類”を一枚差し出した。さっき受領印を押させた申立書の控え。朱が乾ききっていない。
「確認は、正式手続きとしてやります」
私は平らに言った。
「本人の状態は不安定です。まず医療的配慮の手続きに入れます。今日の聴取は、私同席のもと“短時間”で、記録は全文。異議があるなら文書で」
監査の眉が、ほんの少しだけ動く。新人が、私の背中越しに小さく息を吸った。——息が入った。戻ってきた。
監査が口元だけで笑う。
「福本さん、あなたは彼女を“誘導”しているように見えます」
誘導。向こうの得意な言葉。私は即座に返した。
「誘導ではありません。保護です。守秘義務を“首輪”にして署名させたのは誰ですか」
監査の笑みが一瞬だけ止まる。
新人が、震える声で言った。
「……私、昨日、言い方を指定されました」
自分から言った。誰かに言わされた言葉じゃない。本当の順番で出てきた言葉。
私は、彼女の横顔を見た。壊れかけている。だけど、壊れきっていない。——ここで折らせない。
「大丈夫」
私は短く言った。
「あなたの言葉は、あなたのまま残す。切り貼りさせない」
そして私は、監査に向けて、もう一度だけ言い切った。
「彼女を、道具にしないでください」
「……呼ばれました」
私を見つけるなり、彼女はそう言った。声が、掠れている。
「誰に」
「監査の人。弁護士の人も来てるって……」
言いながら、彼女は自分の胸元を押さえた。息が入らないときの仕草だ。
私はすぐに、彼女の視線の先を見た。廊下の向こう、ガラス張りの会議室。中に黒いスーツが数人。机の上に並ぶ資料。——“正式な場”が、現場を飲み込む準備をしている。
新人が、紙を握りしめていた。例の“守秘義務注意喚起”。折り目だらけ。署名欄に自分の名前。その紙が、彼女の首輪になっている。
「……私、何を言えばいいんですか」
涙は出ていない。出す余裕がない泣き方だ。
「昨日は、言い方を……指定されて」
「うん」
「今日は、違う言い方をしたら……“嘘をついた”って言われる気がして」
彼女は小さく笑おうとして、口角だけが引きつった。
「私、どっちにしても、終わりですよね」
終わり、という言葉が出た瞬間、彼女の肩が落ちる。人はその瞬間に折れる。私は即座に一歩寄り、でも触れない距離で、声を落とした。
「終わりじゃない」
短く、強く。長い慰めは切り貼りされる。
「今あなたに必要なのは、“正しい答え”じゃない。正しい順番」
彼女が瞬きをする。順番、という言葉に反応する。昨日、監査が“順番”で殴ってきた。だから私は、順番を奪い返す形で言った。
「まず、体を守る。今、息が浅い。胸が苦しい?」
新人は頷こうとして、頷けず、喉だけが鳴った。
「じゃあ座ろう。——椅子のある場所へ」
私は廊下の角にある小さなベンチへ誘導し、彼女が座るのを見届けた。
「水、飲める?」
彼女はペットボトルを持っているのに、開けられない。指が言うことを聞かない。私は“開けて”と言わない。手を貸したら、それも噂になる。代わりに、彼女の手首の角度だけを、言葉で直す。
「親指でキャップを押さえて、他の指を添える。ゆっくり」
数秒かけて、キャップが回った。彼女が一口飲む。息が少しだけ入る。
「……私、昨日、福本さんに話したこと」
彼女が震える声で言う。
「もう、どこかに出回ってます。匿名通報に……“福本が新人に圧をかけて証言を翻させてる”って」
彼女の目が、また遠くを見る。
「私が喋ったせいで……福本さんが」
私は首を横に振った。
「あなたのせいじゃない。これは“量産”だよ。誰かが、あなたの口を使って、絵を作ってる」
「絵……」
「そう。被害者と加害者の絵。正しい顔の絵。共犯の絵」
私は言葉を一つだけ選び、ゆっくり置いた。
「あなたは、絵の道具じゃない」
新人の目が潤む。でも次の瞬間、彼女のスマホが震えた。通知。
【匿名通報窓口】
「新人は精神的に不安定。証言の信頼性に疑義」
彼女が息を呑み、スマホを落としかけた。——来た。壊れかけたところを、さらに壊して“証言の無効化”に持っていく。首輪の次の段階だ。
「……私、壊れてるって」
彼女が呟く。
「もう、言わない方がいいんですか」
言わない方がいい。黙った方が安全。そう思わせた瞬間に、向こうは勝つ。
私は、彼女のスマホの画面を見ずに言った。
「言う。——ただし、守られる形で」
「守られる形?」
「一人で会議室に入らない。監査と弁護士の前で、あなたが一人になる配置は作らせない」
彼女の目が揺れる。
「でも、福本さんも……狙われて」
「狙われても、やる。あなたのためじゃない。現場全員のため」
その瞬間、廊下の向こうから、監査の男が近づいてきた。柔らかい声。柔らかい刃。
「お時間です。——彼女に少し確認を」
新人の肩が跳ね、目が私に縋りつく。
私は立ち上がり、監査と新人の間に“書類”を一枚差し出した。さっき受領印を押させた申立書の控え。朱が乾ききっていない。
「確認は、正式手続きとしてやります」
私は平らに言った。
「本人の状態は不安定です。まず医療的配慮の手続きに入れます。今日の聴取は、私同席のもと“短時間”で、記録は全文。異議があるなら文書で」
監査の眉が、ほんの少しだけ動く。新人が、私の背中越しに小さく息を吸った。——息が入った。戻ってきた。
監査が口元だけで笑う。
「福本さん、あなたは彼女を“誘導”しているように見えます」
誘導。向こうの得意な言葉。私は即座に返した。
「誘導ではありません。保護です。守秘義務を“首輪”にして署名させたのは誰ですか」
監査の笑みが一瞬だけ止まる。
新人が、震える声で言った。
「……私、昨日、言い方を指定されました」
自分から言った。誰かに言わされた言葉じゃない。本当の順番で出てきた言葉。
私は、彼女の横顔を見た。壊れかけている。だけど、壊れきっていない。——ここで折らせない。
「大丈夫」
私は短く言った。
「あなたの言葉は、あなたのまま残す。切り貼りさせない」
そして私は、監査に向けて、もう一度だけ言い切った。
「彼女を、道具にしないでください」
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