恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

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第6章 第二波:告発者を完全に潰す「手続きの暴力」

新人の証言

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委員会のドアが開いた瞬間、空気が変わった。誰かが入ってくるだけで、場の“結論”が一段固くなる——そんな種類の空気。

「参考人を入れます」

法務が淡々と言い、廊下へ目配せする。

入ってきたのは、新人だった。総務の奥に移したはずの彼女が、なぜここにいる。背中が小さく丸まり、首元が硬い。目は開いているのに、焦点が会っていない。そして——手に、例の「守秘義務注意喚起」の控えではなく、私が渡した“申出書(暫定)”を握っている。

吉岡が一緒に入ってきた。同席者。契約どおりの盾。でも盾は、薄い。薄いのに、ここまで連れてこられたことが、もう危ない。

佐伯が穏やかに言った。

「新人さん、ありがとう。緊張しなくていい。事実だけを——」

その言い方が、一番怖い。“緊張しなくていい”は、緊張を利用する前振りだ。

新人が椅子に座ろうとして、座れない。膝が言うことを聞かない。吉岡が椅子を引き、彼女を“椅子の近く”に寄せるだけ寄せた。触れない距離。私は席を立ちかけて、止めた。前に出たら餌になる。
代わりに、声だけを置く。

「開始前に確認します」

私は平らに言った。

「本参考人は体調配慮の申出を提出済みです。聴取は短時間、同席者あり、全文記録。当日署名なし。—これを議事録に」

法務が眉をひそめる。

「懲戒委員会の進行に——」
「進行より、適正手続きです」

私は言い切った。切り貼りされない速度で。

「守られない証言は、証言として壊れます」

外部弁護士が、紙をめくる音を立てた。

「では、短時間で」

その言い方も怖い。短時間は“追い込み”と紙一重だ。

佐伯が新人へ向き直る。

「あなたは昨日、福本さんに圧をかけられましたか」

——いきなり結論の質問。新人の肩が跳ね、喉が鳴った。息が浅い。彼女は口を開こうとして、言葉が出ない。出ないのは“嘘だから”じゃない。“出せない状況”だからだ。

「……」

沈黙が伸びる。伸びるほど、彼女は追い詰められる。

監査室の男が、柔らかく言う。

「今、言えないなら、答えは——」

「待ってください」

吉岡が小さく、でもはっきり遮った。

「本人の体調配慮の申出に基づき、質問は一問ずつ、言い換え禁止、誘導禁止です。—議事録に残してください」

佐伯が笑った。口だけ。

「吉岡さん、あなたは補助だ。主張は——」
「補助で十分です」

私は淡々と入れた。

「補助が止めないと、証言が壊れる」

新人が、紙を握りしめた。そして——私が渡した合言葉を、震える声で言った。

「……体調配慮の申出を、出しています」

声が小さい。けれど、言えた。

「面談は……総務経由で。お願いします。口頭では……回答できません」

場が一瞬、止まった。“口頭では回答できません”は、委員会にとって最も厄介な言葉だ。切り貼りができないから。

佐伯の声が、わずかに硬くなる。

「ここは委員会です。口頭で答えなさい」

新人の目が泳ぐ。崩壊寸前の目だ。

私は、仕様を繰り返す。繰り返しは原本になる。

「口頭で答えられない状態なら、文書で回答します。今日の目的は“事実認定”ですよね。—事実認定は、崩壊寸前の証言でやるべきではない」

外部弁護士が口を挟む。

「では質問を変えます。あなたは誰かに、言い方を指定されましたか」

——“変えます”が、罠だ。言い換えで、答えを引き出す。

新人の唇が震え、目から涙がにじんだ。声が細い。

「……指定、されました」

その瞬間、監査室の男が即座に被せる。

「福本さんに?」

新人の息が止まる。止まる音が、こちらに届く。

「誘導です」

私は即座に言った。

「主語を置くな。彼女の言葉を奪うな」

佐伯が、苛立ちを隠さず言う。

「福本さん、あなたは被疑者だ。参考人に話しかけるな」
「話しかけていません」

私は平らに返した。

「質問の仕様を守れと言っています」

新人が、膝の上の紙を見つめた。その紙のチェック欄に、彼女の指が触れる。“誰に”の欄。“何を言われた(原文)”の欄。

彼女は、そこに逃げ込んだ。逃げじゃない。原本への逃避だ。


「……監査の人に」

震えた声で言う。
「昨日……『この言い方で』って。……紙を見せられて」

監査室の男が笑みを作る。

「教育資料です。あなたの負担を減らすための」

新人が反射で首を振る。

「違います……“これ以外は言うな”って」

言った瞬間、彼女の呼吸が崩れた。肩が上下し始める。息が入らない。

「休憩を要求します」

吉岡が即座に言った。

「本人の体調が——」

佐伯が遮る。

「まだ一問だ。すぐ終わる」

終わる。一番危険な言葉だ。終わると言って終わらないのが罠だから。

新人の目が白くなる。崩壊の直前、視界が遠のくときの顔。

私は立ち上がった。前に出ないと決めていた。でも、今は“手続き”として立つ。盾になるためじゃない。崩壊を止めるために。

「ここで続行するなら、委員会は“崩壊寸前の状態での証言取得”を選んだことになります」

私は淡々と言った。

「その事実を議事録に。—そして、その証言は証拠としての価値が落ちます」

外部弁護士が、初めて手を上げた。

「……休憩を入れましょう。5分」

監査が口を開きかけて、閉じた。佐伯の目が細くなる。

新人は、吉岡に支えられるように立ち上がった。支え“られる”のではなく、壁を貸すように。彼女の歩幅は小さい。小さすぎる。

ドアが閉まる寸前、佐伯が私にだけ聞こえる声で言った。

「彼女は壊れている。証言は信用できない」

壊れている。それを言うために、ここへ呼んだ。

私は、条件を付けて返した。切り取られないように。

「壊れかけたのは、あなた方の手続きです。—彼女は、その被害者です」

休憩の間、室内には秒針の音だけが残った。そして私は知っていた。

次に来る質問は、必ずこうだ。

——「あなたは福本に指示されたのか」
——「社長との関係性を見て、福本は動いたのか」

新人の崩壊寸前の心を、恋愛禁止条項の刃に結びつける。それが、彼らの“勝ち筋”だ。

だから私は、次の五分でやることを決めた。新人の証言を、口頭の戦場から引き上げる。文書(原文)へ。全文へ。

崩れかけた声を、切り貼りできない形に戻すために。
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