恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

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第9章 ラスボス確定:縁故採用と「ルールの悪用」

第三者審査

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社長の告白で、空気は一度だけ“人”に戻った。でも第三者審査は、人の温度で動かない。動くのは、仕組み。手順。要件。閾値。

救うのも、殺すのも、仕組みだ。

外部弁護士が、机の上に新しい紙束を置いた。表紙のタイトルが、冷たすぎる。

「第三者審査:評価シート(暫定)」
副題:「事実認定/再発防止/人事措置の適否」

“人事措置”。言い換えれば、処分。仕組みが人を切る時の言葉。

外部弁護士は、感情を一切混ぜずに言った。

「ここから先は“物語”を排します」
「誰が悪いかではなく、何が起きたか」
「そして、仕組みとして何を止めるべきか」

法務が小さく息を吐いた。息を吐くのは、ここからが得意な領域だからだ。感情の場は苦手でも、仕組みの場なら勝てると思っている。

外部弁護士がシートを読み上げる。項目は、容赦なく整っている。

A:守秘義務運用(周知・制裁・例外)
B:参考人保護(接触禁止・不利益取扱い)
C:証拠保全(ログ・改訂履歴・提出経路)
D:人事措置の適否(配置・自宅待機・懲戒)
E:調査妨害の疑い(圧・削除・外部流出)
F:利益相反・条項運用(恋愛禁止条項の運用)

どれも、正しい。正しすぎる。正しすぎる仕組みは、人を“分類”して殺す。

外部弁護士が言った。

「各項目、認定がつけば自動的に是正措置に移ります」
「是正措置は、個人への処分ではなく、仕組みの変更を優先します」

“優先します”。それでも、最後に必ず来る。誰かの首が、仕組みの外に落ちる。

監査室長が口を開いた。

「評価は定量化できますか」

外部弁護士が頷く。

「します。主観を排するために」

主観を排する。正しい。でも主観を排した瞬間、弱い声が消えることがある。

情シス担当が、画面を切り替える。ログの時刻線。外部弁護士が淡々と“点”に変えていく。

・22:19–22:20 の1分閲覧 → E(調査妨害疑い)加点
・省略フラグON+後追い記録なし → C(証拠保全不備)加点
・説明会で「例外判断なし」「検討したことになる」発言 → A・D加点
・懲戒案の提示(証拠なし) → D・E加点
・新人への押印誘導疑い+訂正申出 → B加点

点数が積み上がるたびに、会議室の空気が乾いていく。乾いた空気は、涙を蒸発させる。現場の声が、紙に吸い取られていく。

私は胃が痛いまま、黙って見ていた。ここで「新人は壊れかけていた」と言いたくなる。言えば、その声は“主観”として減点される。仕組みは残酷だ。だからこそ、言い方が要る。

外部弁護士が、次のページを開いた。そこに書かれていたのは、条件分岐だった。

「Eが一定以上 → 監督官庁/警察連携を検討」
「Bが一定以上 → 参考人保護の即時命令/関係者接触禁止の拡大」
「Dが一定以上 → 人事措置の凍結/決裁権の一時移管」

移管。——社長の権限すら、仕組みが一時停止できる。

法務が、ここで初めて焦った声を出した。

「移管は過剰です」

外部弁護士が淡々と返す。

「過剰かどうかは、点数が決めます」

点数が決める。人じゃない。点数が、人を殺す。

社長が低い声で言った。

「点数に任せるなら、現場の声が消える」

外部弁護士が頷く。

「だから、現場の声を“証拠化”する必要があります」

社長の言葉が、ようやく仕組みに接続された。現場の声は、情緒じゃなく“証拠”にする。それしかない。

法務が、最後の抵抗に出た。柔らかい声に戻し、丁寧に言う。

「一連の運用は、規程の範囲内で行われました」
「守秘義務の周知も、勤務地変更も、面談も、必要な手続きです」

合法。制度の盾。外部弁護士は頷いてから、静かに刺した。

「規程の範囲内でも、運用が“通報者保護”を毀損したなら不適切です」
「そして、今日出たのは“運用の証拠”です」

法務が言葉を詰まらせる。詰まらせるとき、人は“形式”に逃げる。形式は、弱い人を殺せる。強い人を守れる。

ここで私は、初めて一言だけ足した。短く、証拠として。

「形式は、例外を作れます」
「でも現場には、例外がありませんでした」

それ以上は言わない。言えば、情緒になる。だから、外部弁護士に“証拠”を渡す形だけ作る。

吉岡が、机の上に紙を追加した。説明会の注記の写し。

「例外判断は行いません」

そして、法務司会の発言メモ。

「検討したことになります」

——現場の例外がないことは、紙で証拠化できる。

外部弁護士が、淡々と認定欄に丸を付けた。

A:運用不適切(暫定)
D:人事措置運用の凍結(暫定)

丸は、優しい形をしている。でも丸が付いた瞬間、会社の歯車が方向を変える。

外部弁護士が、最後に言った。

「第三者審査は、“誰を救うか”を決めません」
「“何を止めるか”を決めます」

一拍。

「止めた結果、救われる人が出る。——それが目的です」

目的。ここまで来て、ようやく目的が“信用”ではない形で置かれた。

社長が頷く。

「現場が呼吸できるようにしろ」

外部弁護士が答える。

「仕組みでやります」

仕組みで殺す。仕組みで救う。どちらにもできる。

私は胃の石を抱えたまま、冷たい芯だけを保った。ここから先の戦いは、言葉じゃない。ワークフローを、誰のためのものに戻すか。

そして私は、静かに理解する。第三者審査は裁判じゃない。でも会社にとっては、裁判より怖い。

なぜなら——一度“仕組み”に判定が入ると、誰の顔色も、もう効かなくなるから。
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