恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

swingout777

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第10章 恋の着地:守りながら恋をする

恋愛禁止条項の改定

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春先。子会社フロアの窓が、少しだけ長く光を入れるようになった頃。“嵐のあと”は、思ったより長く続いていた。でも、長い嵐ほど——止めた跡が残る。

改定の告知は、社内ポータルの一番上に固定された。タイトルは地味だ。地味でいい。派手だと燃える。

【規程改定】利益相反・ハラスメント防止規程(旧:恋愛禁止条項)
施行日:2026-04-01
備考:第三者審査勧告に基づく

“恋愛”の二文字が、そこから消えた。消えたのは恋が禁止されたからじゃない。恋を口実に、人を処理できなくするためだ。

社内説明会で配られた紙は、たった三ページだった。読む気が失せない分量。現場のための分量。

1. 禁止するのは感情ではなく、権限の乱用
 ・見返り(評価・配置・契約)と引き換えの関係の強要は 重大違反
 ・拒否後の不利益(配置・評価・面談・噂の流布)は 報復行為として処分対象

2. 利益相反は申告+関与回避
 ・評価者と被評価者、決裁に影響する関係は 申告義務
 ・申告があった場合、評価・配置決裁から当事者を 自動的に外す

3. 噂は取り締まる対象
 ・恋愛の噂・人格攻撃を含む“焦点ずらし”は 調査妨害 として扱う
 ・「みんなが言ってる」は根拠にならない、と明文化された

4. 面談は“同席が標準”
 ・同席不可は原則禁止
 ・例外は第三者窓口の事前承認が必要(事後承認は不可)

5. 参考人保護の強化
 ・参考人・通報者への接触は原則禁止(窓口経由のみ)
 ・不利益取扱いの疑いが出た場合、配置・評価の発令は 凍結

最後のページに、小さく一文があった。

「規程は“疑い”の根拠にしない。根拠は原本(証拠)と手続きのみ」

——あの日、私が置いた文が、条文になっていた。

子会社フロアで、誰かが拍手したわけではない。でも、チャットの空気が変わった。

「同席が標準になったの助かる」
「噂の注意喚起、初めて“会社が止めた”感ある」
「例外って、作れるんだな……」

“例外”という言葉が、久しぶりに人を救う意味で使われていた。

共働き夫婦の妻が、コピー用紙を束ねながら言った。

「これ、やっと呼吸できるやつだね」

夫が頷く。

「呼吸って、こういうことかも」

新人は、もう総務奥にはいない。部署は変わったが、消えていない。週一で第三者窓口に短い報告を送り、淡々と生活を戻していた。

告発者は外部の“原本”の中で戦っている。孤立しないように、窓口が繋がっている。直接連絡は、まだしない。ルールが二人を守る。

施行前の全社向けメッセージは、短かった。短いほど、燃えにくい。

「恋愛を取り締まる会社を、やめる」
「取り締まるのは、権限の乱用と報復だ」
「現場の声は、手続きで守る」

それだけ。甘さはない。でも、仕組みが残る言葉だった。

私は社内には戻らなかった。外部の協力者として、四半期ごとに“運用監査”の場にだけ出る。顔を出しすぎない。中心に戻らない。それが、私の選択の続きを守る。

施行日の朝、子会社フロアの窓際で、私はポータルの告知を閉じた。そして小さく息を吐く。

恋は、まだ怖い。怖いままでいい。怖いから、順番を守れる。

最後に、あの夜の言葉を思い出す。

「消えない仕組みにする」

——恋愛禁止条項は、消えた。代わりに、人を消さない条文が残った。

嵐のあと。エピローグは劇的じゃない。ただ、誰かが今日も席に座っている。その“普通”が、いちばん強い結末だった。
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