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第10章 恋の着地:守りながら恋をする
未来の約束
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春の終わり。夕方の風が、冬ほど尖っていない。でも、油断できるほど優しくもない。ちょうどいい。“ちょうどいい”は、約束に向いている。
子会社ビルの前の小さな公園。ベンチの木目が、少しだけ温かい。
私はスマホを伏せて座っていた。通知が鳴らない静けさに、もう怯えなくなっている。仕組みが、少しだけ働くようになったから。
足音が来る。急がない足音。追いかけない足音。
「——福本」
振り返らないまま、私は頷いた。声の主を確認する必要はない。確認しなくても分かる距離で、彼は止まった。
「ここでいい?」
社長はそう言った。“二人きり”だけど、“閉じた場所”じゃない。光がある。人が通る。噂になりにくい距離。私が選べる距離。
「ここがいいです」
私は答えた。社長はベンチの端に座り、間を一人分空けた。空ける、という行為が、約束の最初の形だった。
しばらく、言葉はなかった。言葉がなくても、今日の空気は切り貼りされない。切り貼りできるのは、閉じた場所と、強い主語だ。
社長が先に言った。
「改定、施行された」
「はい」
「運用監査、次の四半期も続ける」
「はい」
仕事の話。それでいい。それが順番だ。
社長は、ポケットから紙を出さなかった。封筒もない。借りを作らない配慮。代わりに、手のひらを膝の上に置いた。何もしない手。何もしないことが、今日は一番の誠意だ。
「福本」
社長は言った。
「俺は、まだ——」
そこで止めた。止めることができる人は、信用できる。
私は代わりに言った。
「言わなくていいです」
「言葉は燃えるから」
社長が小さく笑った。
「覚えてるな」
私は頷く。覚えている、という言葉を借りにしない程度に。
そして私は、ここで初めて“未来”を口にした。未来は約束じゃなく、条件の形で出す。大人の約束は、条件から始まる。
「一年だけ」
社長が視線を向ける。私は続ける。
「一年、様子を見ます」
「改定が“紙”じゃなく“運用”になるか」
「噂が人を殺さないか」
「例外が本当に現場に届くか」
社長が頷いた。
「見ろ」
命令じゃない。“確認しろ”という同盟の言葉。
私は最後の条件を置いた。これが、私の未来の安全装置。
「一年後、もし私がまだここで呼吸できていたら」
「そのとき——肩書きを置ける場所で」
「私は、あなたに会います」
一拍。
「“人”として会います」
社長の喉が一度動いた。でも、甘い言葉は出さない。出せば、また燃えると知っているから。
「……分かった」
その二文字が、今日の誓いになった。
私は、さらに一段だけ踏み込んだ。踏み込み方は、情緒じゃなく手順で。
「その日まで、連絡は窓口で」
「会うのは公の場所で」
「私を中心にしない」
「あなたも、私を守らない」
「守るのは手続き」
社長は頷いて、同じ速度で言った。
「守るのは手続き」
繰り返しは、合意の印だ。
風が吹き、木の葉が一枚だけ落ちた。落ちる音はしない。でも落ちたことは分かる。それくらいの変化が、今はちょうどいい。
社長が立った。立つ前に、こちらを見ない。見ないで立つのは、私を“中心”にしない所作。
「今日はこれで終わりにする」
「はい」
「福本」
名前だけ。
「一年後、確認させてくれ」
私は頷いた。
「確認します」
社長は歩き出した。追わない。振り返らない。その背中が、今日の約束の完成形だった。
私はベンチに残り、空いた一人分の距離を見た。距離は寂しさじゃない。燃やさないための余白だ。
そして、心の中だけで言った。
——未来の約束は、甘い言葉じゃない。呼吸できる順番を、二人で守ること。それが、私たちの約束。
子会社ビルの前の小さな公園。ベンチの木目が、少しだけ温かい。
私はスマホを伏せて座っていた。通知が鳴らない静けさに、もう怯えなくなっている。仕組みが、少しだけ働くようになったから。
足音が来る。急がない足音。追いかけない足音。
「——福本」
振り返らないまま、私は頷いた。声の主を確認する必要はない。確認しなくても分かる距離で、彼は止まった。
「ここでいい?」
社長はそう言った。“二人きり”だけど、“閉じた場所”じゃない。光がある。人が通る。噂になりにくい距離。私が選べる距離。
「ここがいいです」
私は答えた。社長はベンチの端に座り、間を一人分空けた。空ける、という行為が、約束の最初の形だった。
しばらく、言葉はなかった。言葉がなくても、今日の空気は切り貼りされない。切り貼りできるのは、閉じた場所と、強い主語だ。
社長が先に言った。
「改定、施行された」
「はい」
「運用監査、次の四半期も続ける」
「はい」
仕事の話。それでいい。それが順番だ。
社長は、ポケットから紙を出さなかった。封筒もない。借りを作らない配慮。代わりに、手のひらを膝の上に置いた。何もしない手。何もしないことが、今日は一番の誠意だ。
「福本」
社長は言った。
「俺は、まだ——」
そこで止めた。止めることができる人は、信用できる。
私は代わりに言った。
「言わなくていいです」
「言葉は燃えるから」
社長が小さく笑った。
「覚えてるな」
私は頷く。覚えている、という言葉を借りにしない程度に。
そして私は、ここで初めて“未来”を口にした。未来は約束じゃなく、条件の形で出す。大人の約束は、条件から始まる。
「一年だけ」
社長が視線を向ける。私は続ける。
「一年、様子を見ます」
「改定が“紙”じゃなく“運用”になるか」
「噂が人を殺さないか」
「例外が本当に現場に届くか」
社長が頷いた。
「見ろ」
命令じゃない。“確認しろ”という同盟の言葉。
私は最後の条件を置いた。これが、私の未来の安全装置。
「一年後、もし私がまだここで呼吸できていたら」
「そのとき——肩書きを置ける場所で」
「私は、あなたに会います」
一拍。
「“人”として会います」
社長の喉が一度動いた。でも、甘い言葉は出さない。出せば、また燃えると知っているから。
「……分かった」
その二文字が、今日の誓いになった。
私は、さらに一段だけ踏み込んだ。踏み込み方は、情緒じゃなく手順で。
「その日まで、連絡は窓口で」
「会うのは公の場所で」
「私を中心にしない」
「あなたも、私を守らない」
「守るのは手続き」
社長は頷いて、同じ速度で言った。
「守るのは手続き」
繰り返しは、合意の印だ。
風が吹き、木の葉が一枚だけ落ちた。落ちる音はしない。でも落ちたことは分かる。それくらいの変化が、今はちょうどいい。
社長が立った。立つ前に、こちらを見ない。見ないで立つのは、私を“中心”にしない所作。
「今日はこれで終わりにする」
「はい」
「福本」
名前だけ。
「一年後、確認させてくれ」
私は頷いた。
「確認します」
社長は歩き出した。追わない。振り返らない。その背中が、今日の約束の完成形だった。
私はベンチに残り、空いた一人分の距離を見た。距離は寂しさじゃない。燃やさないための余白だ。
そして、心の中だけで言った。
——未来の約束は、甘い言葉じゃない。呼吸できる順番を、二人で守ること。それが、私たちの約束。
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