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第三章「異性を魅了する花の話」
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それから瞬く間に一ヶ月が過ぎて、今日は王都へと出立する日。私は馬車に乗る前から顔面蒼白で胸元を抑えていた。
「フィリア、大丈夫か?気分が悪いのか?」
「いえ、違います。ここに来るまでが大変だったので、先に酔ったふりをしていれば体がそれに慣れたら少しはましになるかなって」
「まったく意味が分からない」
旦那様が私の腰元を支えながら、心配そうに瞳を揺らす。この一ヶ月で、なせが私と彼の距離はぐっと縮まったように思う。それは男女の仲というより、まるで兄妹みたいな意識に近い。旦那様は意外と世話好きで、私が庭園で自然を満喫している時にふらりと現れては、ブルーメルのことを色々教えてくれた。
自然豊かで気候が安定していて、領民同士も争い事が少なく、助け合って暮らしているのだとか。クイネ先生から聞いた話では、旦那様が陳情に細かく目を通していて、困りごとを放っておいたりしないおかげでとても住み心地が良いと、皆ヴァンドーム辺境伯家には感謝と尊敬の念を抱いているらしい。
一方であまり表舞台が好きではないと思われているみたいだけれど、それはきっと香りのせいなのだろう。旦那様にそんな気はなくても、否応なしに惹きつけてしまう。私は、花香より彼自身の魅力も大いに関係していると思うけれど、そう言っても信じてもらえない。
大旦那様と顔を合わせる機会はさほど多くないけれど、女主人としての役目を果たしていない私にも優しくて、やっぱり少し胸が痛んでしまうのだった。
「旦那様。私なら大丈夫ですから、どうぞ先に馬車へ乗ってください」
「じゃあ、中から手を伸ばして乗り込む君を支える」
「えっ、同じ馬車なのですか?」
単なる疑問だったのだけれど、彼はなぜか石でも投げられたような顔をしてみせる。
「そのつもりだったけど」
「行きが別々でしたので、てっきりお一人が好きなのかと思っていました」
ブルーメルから王都まで、休憩や宿泊を挟んでもかなりの日数がかかる。誰かに気兼ねしたくないという気持ちは、ちっともおかしなことではない。
「……フィリアは、別々の方がいいか?」
「もちろん一緒でも構いませんが、きっと醜態を晒してしまうと思います。ここへ来る時も、それはそれは酷い顔だったでしょうから」
思い出すだけで、足がふらつきそうになる。またあの体験をすることになるかと考えると、正直部屋に籠城したい気分だ。
「それなら、答えは決まった。一緒に行こう」
「よろしいのですか?」
「道中具合が悪くなったら、僕が看病する」
きりりとした表情でそう言った彼は素早く馬車に乗り込むと、先ほどの言葉通りに入り口からこちらに向かってまっすぐに手を伸ばす。
「おいで、フィリア」
「は、はい。ありがとうございます」
なんだか妙にむず痒い気分になりながらも、私はその手を取った。すらりと長い指に固い掌、私より体温が高くて温かいなと、そんなことをぼんやり思った。
「フィリア、大丈夫か?気分が悪いのか?」
「いえ、違います。ここに来るまでが大変だったので、先に酔ったふりをしていれば体がそれに慣れたら少しはましになるかなって」
「まったく意味が分からない」
旦那様が私の腰元を支えながら、心配そうに瞳を揺らす。この一ヶ月で、なせが私と彼の距離はぐっと縮まったように思う。それは男女の仲というより、まるで兄妹みたいな意識に近い。旦那様は意外と世話好きで、私が庭園で自然を満喫している時にふらりと現れては、ブルーメルのことを色々教えてくれた。
自然豊かで気候が安定していて、領民同士も争い事が少なく、助け合って暮らしているのだとか。クイネ先生から聞いた話では、旦那様が陳情に細かく目を通していて、困りごとを放っておいたりしないおかげでとても住み心地が良いと、皆ヴァンドーム辺境伯家には感謝と尊敬の念を抱いているらしい。
一方であまり表舞台が好きではないと思われているみたいだけれど、それはきっと香りのせいなのだろう。旦那様にそんな気はなくても、否応なしに惹きつけてしまう。私は、花香より彼自身の魅力も大いに関係していると思うけれど、そう言っても信じてもらえない。
大旦那様と顔を合わせる機会はさほど多くないけれど、女主人としての役目を果たしていない私にも優しくて、やっぱり少し胸が痛んでしまうのだった。
「旦那様。私なら大丈夫ですから、どうぞ先に馬車へ乗ってください」
「じゃあ、中から手を伸ばして乗り込む君を支える」
「えっ、同じ馬車なのですか?」
単なる疑問だったのだけれど、彼はなぜか石でも投げられたような顔をしてみせる。
「そのつもりだったけど」
「行きが別々でしたので、てっきりお一人が好きなのかと思っていました」
ブルーメルから王都まで、休憩や宿泊を挟んでもかなりの日数がかかる。誰かに気兼ねしたくないという気持ちは、ちっともおかしなことではない。
「……フィリアは、別々の方がいいか?」
「もちろん一緒でも構いませんが、きっと醜態を晒してしまうと思います。ここへ来る時も、それはそれは酷い顔だったでしょうから」
思い出すだけで、足がふらつきそうになる。またあの体験をすることになるかと考えると、正直部屋に籠城したい気分だ。
「それなら、答えは決まった。一緒に行こう」
「よろしいのですか?」
「道中具合が悪くなったら、僕が看病する」
きりりとした表情でそう言った彼は素早く馬車に乗り込むと、先ほどの言葉通りに入り口からこちらに向かってまっすぐに手を伸ばす。
「おいで、フィリア」
「は、はい。ありがとうございます」
なんだか妙にむず痒い気分になりながらも、私はその手を取った。すらりと長い指に固い掌、私より体温が高くて温かいなと、そんなことをぼんやり思った。
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