白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり

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7.電話の声

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 雪山で靖之が事故に遭ったという連絡が入った日のことを、真由子は今でも覚えている。

 真由子は炬燵こたつにあたりながらマンガを読んでいた。台所からロールキャベツが煮える匂いがして、早く食べたいなとぼんやりと考えていた。
 飼い猫のルビーは炬燵布団の上で、丸くなって眠っている。マンガに飽きた真由子はルビーに近づくと、その眠っている顔を見た。ルビーの真っ白なひげは、真由子が夏休みにする手花火のように広がっていた。
 ルビーは起きている時、そのひげにさわられることをひどくいやがるが、眠っている姿は無防備そのものだった。真由子はクスッとわらうと、そのルビーの真っ白なひげを軽く引っ張った。

 ルビーは目をつぶったまま、ほっぺたのあたりをぴくりと動かした。真由子がもう一度、ルビーのひげを引っ張ると、ルビーは目を開けて頭を起こし、迷惑そうな顔をして真由子をちらりと見た。しかしルビーは目を閉じて、また眠ってしまった。眠っているルビーのお腹は、規則正しく動いていた。
 いつもと同じ、平凡で平和な夕方。ご飯を食べて、お風呂に入って寝る、という昨日と同じ事をくりかえすはずだったあの日。

 夕刊を取りに行こう、と真由子が立ち上がった時だった。

 突然、隣の部屋にある電話が鳴った。
 おかしなことだが、真由子はその電話が鳴ったことに強い違和感をおぼえた。夕方に電話が鳴っても、別におかしいことはない。今までにも、夕方に電話がかかってきたことは何度もあった。
 しかし真由子にとっては、その日の電話の呼び出し音はひどくけたたましく、人驚かせの不愉快な雑音のように聞こえた。

「真由ちゃん、ちょっと電話に出てくれる? お母さん、手が離せなくて」
 台所から母の雪江の声がした。
「はーい」
 真由子は炬燵から立ち上がり、電話台の置いてある隣の部屋へ行った。そして受話器を取ると
「もしもし」とだけ真由子は言った。
 真由子は雪江から、電話では相手が名乗るまでは自分から名前を言ってはいけない、ときつく教えられていたので名前は名乗らなかった。

 電話の声は男性だった。

「もしもし、水上靖之君のお宅でしょうか。こちらはK大学登山部で同級生だった、スギムラショウタです」
 その声は何かにせき立てられているように、早口に言った。真由子は何だか、自分がスギムラショウタという人に失礼なことでもしたのかと思い、思わず口をつぐんだ。真由子はその人から、叱られているような気がしたからだった。
「……」
 すると、スギムラショウタと名乗った男は事情を察したのか
「もしかして、あの……靖之君の妹さんでしょうか?」と今度は少し落ち着いた声で話した。真由子はほっとした。
「はい、そうです」
「わかりました。今、近くにお母さんか誰か、おとなの人はいらっしゃいませんか。もしいらっしゃったら、すぐに電話を代わってください。靖之君が、お兄さんが大変なことになってしまって……」

 靖之が大変なことになっている、と聞いて真由子はあわてて台所まで走って行った。大変なことってなんだろうと思ったが、その時の真由子には見当もつかなかった。
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